第2話 ”バイスタンダー”
天目先生はすぐに見つかった。
大きいからだ。
日本人ではあるようだが、立体的な顔立ちをしており、体格も良くがっしりしている。
遠目にも、色男と分かった。
天目先生は医師医局前で何やら駐車場に関してのプリントを熟読しているようであったが、人の気配にきづき、顔を上げ、飛川先生の方を向き、軽く会釈をした。
低い声で、
「天目供介です」
彼の寡黙な性格は、喋り下手の飛川先生のほうから喋りかけなければならない程であったが、医者としての実力に不足は無かった。
アセスメントには漏れがなく、大胆でごまかしのない鮮やかな方針を立てた。
ある日の夕頃、飛川先生がなんとなしに処置室の中を覗くと、左膝のぱっくり割れたチビッコを、体を丸めた天目先生が黙々と縫合していた。
チビッコは麻酔がきいているのか、その気迫にあてられたのか、泣くのも忘れジッと天目先生の手元を凝視している。
それを見た飛川先生は思わず感動の涙を流しそうになった、長年の悲願が今まさに叶ったのだ。
これまでは少し複雑なナートの必要な外傷がくるたび、飛川先生が___外科医であるからと言うだけで!___昼飯を食べている最中であろうとも、トイレの最中であろうとも!___のべつ幕無しに、呼び出されていたものだ。
嬉しくなった飛川先生はそのまま天目先生を晩御飯に誘った。
天目先生は羊のように素直にそれに同意し、馬のように大量の酒を飲み、牛のように大量の揚げ物を消費した。
飛川先生はこの、まさに外科医と言うべき豪快な食べぶり飲みぶりを大いに喜び、若い医者がやってきた嬉しさを露にした。
「いや、こんな良い男に出会えるなんて、長年こんな辺鄙な所で外科医をやっていた甲斐があったというものだよ!」
それを聞いて天目先生は控えめに笑う。
「ご期待に沿えるかどうか」
だが手術の腕前に関しては控えめなんてものじゃなかった。
信じられない、というのが飛川先生の率直な感想であった。
スピード、精巧さ、どれをとっても努力だけでは説明のつかないほど熟練されており、まるで筋肉や血管内皮、神経細胞ひとつひとつを把握してるんじゃないかと思うくらいだった。
助手をしている院長先生が、
「血管は一針、ひとはり、同じ程度の力をかけながら縫いましょう、それに関しては、まだまだ未熟者」
と、父親のような愛情を以って天目先生を諭しているとき、飛川先生は自分が学生になって手術を見学しているように錯覚した。
未熟者?どこが?!?!……そう叫びだしたい気分であった。
日本でここまでの腕前を持つ外科医もそういないだろう。
オペをビデオ録画して、だれかれ構わず見せ付けて、どこがどのように凄いか解説してやりたい気分になった。
院長先生の言った通り、医者の数も増えた。
凄腕の医師ばかりであった。
不眠という主訴から初期の腎不全を言い当てる病理医あがりの内科医や、ほんの小さな肺野の結節を、『間違いなくスモール、限りなく悪性、被害最小限に見積もって半年でステージⅢ』
と言い切る放射線科医など。
飛川先生は何が何だかわからないが、すごいことが起きているんだということは分かった。
突如として現れた凄腕の医師のおかげで、台無地域医療センターの評判が全国的に上がっているということも分かった。
何より、飛川先生の仕事が楽しくなった。
勤務医にふさわしい休暇、勤務医にふさわしい患者数。
凄腕の医師達とのカンファレンスは洗練されており、この年齢になって、毎日わくわくするような新しい発見がある。
そういえばこの春から、新しく研修医も来るという。
半年くらい前には、とてもじゃないが未来ある若い研修医達にメリットのある職場とは思えなかった。
今や飛川先生は、地域医療に関してはここが全国でも1,2のクオリティの病院であると確信している。
飛川先生は思う。
すべて半月英一院長のおかげだ。
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