take2
一本目 55歳のオッサン
平日の昼間から魔法を使い、海の上に座って火を起こすと空いた手から骨付き肉を生み出して焼き始める。
55歳のオッサンの俺がこの世界で生きていくにはあまりにも
この世界では魔法が使える。
若ければ冒険にも出れるだろうし、好きなこともできるだろう。
小学生から剣を振るって魔法を学び、仲間を集めてパーティをつくり世界へと旅立つ。そんな光景はこの世界では見慣れた風物詩だ。
モンスターがいて。魔王がいて。聖女がいて。巫女がいて。精霊がいる。
そんな冒険を、今の俺の
俺は今年で56になる。他の仲間を集めるにしても全員、老けた中年しか集まらないし。いい年した加齢臭のする中年のおっさんやおばちゃんどもが集まっても今更冒険なんてできるわけがないし体が動かない(腰をやるぞ。ギックリとな)。
冒険するパーティーを作るなら、やはり俺一人に若い女子高生(15)ばかりを集めたハーレムがいいが、それをやるとマジでカクヨムから警告が来る。既にもう二回(合計四作品)も警告を受けたらしい。俺ではないが。
ならば一人で居たほうがマシだし、身動きも取りやすい。
だから今もこうして一般の人間が立ち寄れない場所に踏み入っては、肉を焼いたりコーヒーをすすったり本を捲ったりインスタントラーメンを鍋で作ったりして。一日中、大自然の景色をボーっと眺めて何も考えずに過ごすのが最近の
今日は海の上で肉を焼きながら、何も考えずに水平線を眺めようと決めていた。幸せだ。骨付き肉は魔法で生みだした。炎も魔法で生みだしている。海の上に座り込んでいられるのも魔法の力だ。パッと見、空気椅子だが足はプルプルしていない。普段と同じ椅子に腰掛けた感じで非常に楽だ。魔法で腹も減ることはない。腹も減ることがないのに、なぜ肉は焼いているのか? それは肉が焼きたいからだ。肉を焼きたいという欲求に理由は必要だろうか? 必要だな。しかし残念ながらながら理由は無い。すまないことだ。
ここで魔法の原理を説明したほうがいいだろうか? 面倒なのでやめておこう。とにかく魔法が使えるということだけ覚えてくれればいい。ストレスフリーは非常に大事だ。なにせ、ここは地球と違い異世界ファンタジー世界なのだから。
俺は海の上でぐるぐる肉を回して骨付き肉を焼きつづけた。同じ単語を何度も使う。太陽の光で肌も焼けそうだが魔法で陽射しを遮ることはできるし、汚れて擦り切れたマントに身を包んでいるので心配はない。
水平線の彼方では数隻の帆船の姿が見え。遠くの高い空では飛空艇が飛空艇雲の尾を引いて飛んでいく。
目の前ではイルカだと思ったら大きなドラゴンがジャンプして海面から現われた。
「異世界転生トラックドラゴンッ!」
海面からいきなり勢いよく飛び出してきた青いドラゴンが翼を羽ばたかせて大声で叫んだ。強大な魔力で空中に浮かんだまま背中を向けて咆哮を続けている青ドラゴンを無視して、俺は実家のような安心感で肉を焼き続ける。
「出てきた。戦うぞ」
「うん。わかってる」
「これを倒すの?」
「大丈夫だ。俺たちならできる」
いつの間にか小舟で近づいてきた四人組の男女パーティーがドラゴンを前にして武器を構える。どうやら戦闘が始まるようだ。
四人の男女が名乗り始める。
「俺は地球の日本から異世界転生してきたッ。無職童貞五十歳男! ハズレスキル「ズル」が神スキル「チート」に進化したので今度は手軽にこの異世界で無双しますッ」
残念ながらこの異世界にはスキルなどという都合のいいモノは存在しない。現実を見ろ。
「私は地球の日本で眠りについて次に目を覚ましたらこの世界の悪役令嬢になっていた独身四十歳の彼氏なしオバサンッ! 今度は勇者のヒロインになって幸せに暮らしますッ!」
多くは言わないが、恐らく地球の日本での思い出のほうが夢だったのではないだろうか。あと悪役令嬢じゃなくて、ただの令嬢ではないかとも思う。なぜわざわざ悪役と付けたいのだろう? 現実逃避だろうか?
「私は地球の日本からこの異世界に召喚されてしまった独身五十歳の未婚処女ッ! 巫女だと言われて喜んだら既に巫女はいたので、魔法で若返って人生をやり直しますッ!」
確かにこの世界では魔法を使えば若返ることも不可能ではないが、この子の場合は最初から若かったのではないかと邪推する。あと地球から転移してきたという話はこの子の
「俺は地球の日本から異世界転移してきた社畜オッサン。若返った俺だけレベルが上がることを隠し続けたら追放されたがもう遅い! 勇者パーティーと共に冒険しますッ」
だから現実を見ろッ! この世界は地球と同じくレベルもスキルもステータスも全く存在しない魔法だけが使える地球とは違うファンタジー異世界だッ!
そんな簡単にレベルだ。スキルだ。ステータスだ、なんだと簡単に言って頼っているから呆気なく現実の人生に失敗して挫折をするのだッ! もっと世の中のことをよく考えて生きる癖を身につけろッ! 安直がッ。
まったく。無職や童貞や社畜や処女やオッサンやおばさんなどという人間どもは、こんな子供じみた考えしか思い浮かばないのかッ? 同じ(彼らは実際は違うと思う)おっさん世代として俺は悲しい。
「我は異世界転生トラックドラゴンッ! 異世界転生を司るドラゴン、トラックドラゴンなりッ! 我の攻撃で即死する者はトラックに轢かれて即死したことと同じッ! 我の攻撃は全てトラックだと思えッ! 我の神スキル「異世界転生」発動ッ! これで
ドラゴンもドラゴンで無茶苦茶を言い出した自称、異世界転生を司るトラックドラゴン(トラックドラゴンと呼ばれる種族名のドラゴンは実際に存在する)と、若い高校生ほどの男女四人組のパーティーによる戦闘が、海上で肉を焼く55歳オッサンの俺の目の前で始まった。帰りたい。
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