第8話 銀座ママの聡明な世渡り術

「ねえ、ママ、僕は最初あなたを見たときから、あなたに一目惚れだったんだ。

 だからこうやって、毎日通い続けてたんですよ」

 当時、私は水商売十年選手だったが、ここまでシラフで告白されたことは初めてだった。

 隠れていた純情さが、ふと顔を出すようだった。

 男は私の目をじっと見つめ、せかすように

「さあ、今すぐ僕のものになって。僕はあなたのような女性を探し求めていたんだ」

 ああ、ようやく現れた。私を幸せにしてくれる白馬の王子様。

 私は九割方、あきらめていたが、心の片すみではあなたのような、陽の光に包まれた白馬の王子様を待っていたのよ。

 まるで、絵に描いたような、未来の構図がふと頭をよぎった。

 ようやく、ネオン街のママから、陽光に包まれた妻と呼ばれる日が訪れた。

 これで、今までの苦労は水の泡にとけるようにチャラになる。


 しかし、そのときの私は、ヘアピースで髪をカチカチにまとめていたのだ。

 ヘアピースをはずすと、たちまちボサボサ頭になる。

 惚れた男に、そんな姿を見せられようか。

 私は口ごもって言った。

「今日はちょっと」

 男は、私をさらうように、やや強引に言った。

「どうして?」

 しかし、私はヘアの事情を説明できず、うつむくのみだった。

「でも、僕はママさんをあきらめませんよ」

 男はきっぱりと言い放ち、去って行った。


 その翌日、私の旧知の銀座のママが、首つり自殺未遂を図ったのを聞いたのは。

 なんと、その男はたちの悪いヒモであり、旧知のママはその男と同棲した挙句、店舗も家も皆、その男名義にした挙句、騙されたことに気付いたのだった。

 私は、ヘアピースとカチカチにまとめた神のおかげで、ことなきを得たのだった。

 全く、私は悪運の強い女である。


 そういえば、こんなこともあったっけ。

 ある日、ボーイの面接を受けにやってきた二十四歳くらいの男の子がいたの。

 ジャニーズ系の美青年。

「あなた、ボーイなんて職種は、ここではいちばん下の階級よ。ホステスにはこちらから話しかけてはならない。つきあったら、相当な額の罰金よ。

 それにホステスのなかには、ボーイに八つ当たりする子もいるわ。それでもいいの?」

 美青年は、神妙な顔でうなづいた。

 履歴書を見ると、なんと一流国立大学出身である。

 青年は、ぽつぽつと話し始めた。

「実は僕、少年院に二回入ってたんですよ」

 えっ、今度は私が絶句する番だった。

 どう見てもさわやかで、笑顔のかわいいアイドル顔負けの容姿。

「正直に言っちゃいますと、僕、両親を早く亡くして、姉と二人暮らしで、姉が僕の高校の学費を出してくれてたんですよ。ところが、姉がときどき家出をするようになった。不思議だと思っていたら、姉が勤務していた保険会社の金を遣い込み、不倫相手に貢いでたんですよ」

 やれやれ、ときどきあるパターン。私はため息をついた。

「ところが、その不倫相手という男が、僕の彼女とも不倫した挙句、妊娠中絶に追いやった男なんですよ。僕の彼女は、当時まだ進学校の高校一年だったのに、中絶したんですよね。まったくとんでもない女性の敵ですよ」

 重苦しい空気を和らげようと、私は話題を変えた。

「あなた、ひょっとして出身は長野県?」

「えっどうしてわかるんですか」

「ふと、そう思っただけよ。長野県って淫行条令がでてるし、軽井沢があり、夏の間だけ観光客が来て、華やいだ気分になるでしょう。

 軽井沢銀座なんていうのもあって、夏は大賑わいなのよね。だから、田舎の人って背伸びして都会に憧れるんじゃないかな。それがあやまちの元になったりしてと思って」

「さすが、作家先生ですよね。やはり想像力抜群だ。まあ、ほとんど当たってますね」

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