第5話 銀座のバーのママから直木賞作家先生へ
残念ながら、私は直木賞作家になった今でも、料理は得意ではなく、オムレツひとつ満足に焼けない。
パートナーがある日、君の手料理を食べたいというと、それだったら出前でもとりましょうかと提案した。
「いや、僕は君のオリジナルの手料理が食べたいんだ。僕のために料理をつくってくれないかな。出来なかったら出来ないなりでいいから。
それとも君は、最初から僕のために料理をつくろうという気がないのかな」
私は真っ向から言い返した。
「私は確かに料理は出来ないわ。でもその分、自分で稼いでお手伝いを雇ってるじゃないの」
彼は、なかば呆れたように言った。
「その理屈は合っているようで、まるで間違ってるな。
それじゃあ、君は金さえ渡せば、人工授精でも売春でもいいっていうのかい。
俺は、料理がうまい下手ではなく、男の為に料理をしてやろうという心意気の問題だ」
私はなかば発奮して、慣れない手つきでラーメンがつくった。
もちろん、お湯をかけて終わりのインスタントではなく、生麺から茹で、野菜と肉をスープと一緒に煮てチャンポン風にした。
まるで、編集者に原稿を差し出すように、ラーメンとお茶を載せた盆をうやうやしく、彼の前に置いた。
「うまい。スープに野菜がからんでちょうど、野菜の臭みが消えている。これだったら、俺の苦手のピーマンも食べられそうだ」
男は、まるで小学生の遠足のときの弁当の包みを開けたかのような、無邪気な笑顔を浮かべた。
私はその笑顔を見たとき、ああ、彼のためにつくってよかったと、母性愛にも似た暖かい感情がわいた。
私がいちばん、うらやましくも、かなわないとも思う人種。
それは、子供を抱いた専業主婦である。
いくら、銀座バーが流行ろうと、作詞でレコード大賞を射止めても、直木賞のトロフィーを抱えても、やはり平凡な専業主婦にはかなわない。
得恋(恋を得る)と失恋のスパイラルはやがて、真実の恋の迷路となり、いつしか恋の行方はひも好みとなってしまっていた。
ひもと野球選手は、男の憧れの職業であるという。
女に金をもらうのは、サービス料として正当な料金を頂くだけ。
少しでもうしろめたさがあれば、商売終わりで看板を降ろさねばならない。
そして、もう一度会いたいと思わせるには、日常の生活臭があればダメである。
一期一会という言葉どおり、昨日の続きの自分ではなく、常に新しい自分を演出しなければならない。
まるで、俳優の如く、あるときは正義のヒーロー、あるときはお涙ちょうだい同情役といろんな引き出しをもっていなければ、お呼びがかからない。
もちろん同情といっても、女性のようにただお涙ちょうだいだけではなく、その中に「俺についてこい。絶対、君を幸せにしてみせる。俺についてくれば人生、間違うことはない」という気概と限りないパワーを感じさせなければならない。
それをワンパターンではなく、いろんな形で表現せねばならない。
プライぺートのない有名人の如く、四六時中、一分も休みなしの商売である。
しかし、ひもと私との間には、結婚という未来はない。
あくまでも、刹那のつきあいでしかない。
だから、お互い緊張感がわく。
このことは、私が小説を書くためのエネルギー源となっている。
ネオン街にふさわしいつきあいなのかもしれない。
あくまでも夜空のもとでしか存在せず、朝日が昇ると同時に陽光に照らされ、霧が散るように、消えてしまうひとときのふれあい。
いつまでこの関係が続くのだろう。
考えてみても仕方がないが、私は男に別れの陰が見え始めた時点で、こちらから身を引くようにしている。
泣いて追いすがるなんてことは、銀座の女のすることではない。
いや、それこそがいちばん惨めなことなのだ。
銀座の女は、常に男の目を意識する夜の蝶であるべき。
シャンデリアの下をひらひらを舞う蝶であり、誰のものでもない。
ホストクラブに行っても、面白くもなんともない。
だって、水商売同志、接客の手の内は、見え透いているからね。
同じ世界に住む同業者同志、接客合戦をしても仕方がない。
だいたいホストが惚れ、同棲するのは銀座のホステスが多い。
同じホステスでも銀座というとステイタスがあり、知識も豊富なので、接客の勉強になるという理由でもある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます