第4話 銀座バーのママの成功の秘訣

 幸い、店には五木寛之、野坂昭如、吉行淳之助など、そうそうたる作家のメンバーが来店して下さっていた。

 酔っぱらっては、じゅうたんに寝転び、ストリップまがいのことをする作家先生もいた。

 家庭では、恐妻家のマイホームパパが、バー妃(きさき)ではプレイボーイに変身する姿を見るたびに、どちらが男の実像だかわからなくなってしまう。

 

 私は作家として「一ダースの情事」が初めて月刊誌に掲載されたとき

「所詮、銀座クラブのママが、異次元の昼間の世界など務まるはずがない。夜の蝶は、決して昼の太陽の下をひらひらと飛ぶなんてことは、考えないことだね」

 聞えよがしの悪口を幾度となく、聞かされたことだろう。

 口だけ笑顔で、目はちっとも笑っていない興味本位の笑顔で、近づいてくる週刊誌の女性記者。

 まあ、無理もない。高価な着物に華やかなドレス。

 座るだけで7万円必要であり、お客様は、高名なスポーツ選手、作家、ときにはお忍びで政治家もいらっしゃるという異次元空間であるが、なかにはそれに溺れ、家庭不和になったり、身を持ち崩す若い男性も少なくはない。

 いわば、サンサンと温かいた陽光を浴び、昼の世界に生きる主婦の天敵と言えなくもない。

 まるで針のむしろのような冷たい人の目こそが、私を作家として成長させてくれたかもしれない。


「書きたいことだけを書け。嘘は書くな。本当のことだけ書け」

 これは、私の師匠であり、芥川賞作家の近藤啓太郎氏の言葉である。

 彼は、芥川賞作家であるが、私を水商売の女というより、あくまで一人の人間として向き合ってくれた、数少ない貴重な存在である。

 欲望もなければ、偏見もない。

 あくまで、一人の仕事人として私を見てくれた。

 近藤氏の海のような広く温かく、そしてときには岩に飛び散る水しぶきのように、厳しく私を包んでくれた。


「よう、銀座のママさん、主婦の天敵。今日もまたつけの集金かい?」

「銀座のソファに座るには、最低七万円必要。財布がしびれそうな電気椅子だね」

 聞えよがしの嫌味と妬み半分やっかみ半分の攻撃。

 しかし、こういった噂をたてられるうちはまだ銀座では、大輪に咲き誇る牡丹のような華でいられる証拠である。

 こういったスキャンダルこそが、かえって日常とは違った異次元空間を醸し出しているのだ。

 地位や名誉、権力をもったばかりに、責任の重圧感に押しつぶされそうになり、表面は笑顔で笑っているが、内心は腹に一物なんて連中に囲まれた檻のような孤独と将来への不安を抱えた中年以上の男性が、ひとときの異次元空間に身を置くことで、明日への活力をネオン街で味わってくれることが、せめてもの償いである。


 実際、銀座の店は、ホステスやボーイは全員わき役である。

 主役はもちろん客であり、ソファは舞台の板である。

 舞台の幕があいた時点から、誰でも王様である。

 銀座ホステスは、キャバクラホステスのように、やたら酒をねだるわけではないが、謎のベールに包まれている。

 ベールをはがしたい一心で、男は店に通い詰める。


「今度の直木賞候補、なんと銀座のバーのママだってさ。これじゃあ、直木賞の審査員なんてあほらしくてやってられないね」

 ある大御所が嘆きの声をもらした。

 それを聞いた作家の吉行淳之〇氏が、

「いいじゃないか。人殺しだろうがバーのママだろうが、いい作品を書けばいいじゃないか」

 まるでお笑い草だ。

 しかし、私はその偏見ともねたみともいえる世間の目を吹き飛ばし、直木賞を受賞した。

 それからは、銀座のバーのママから、白い修正液を塗ったように、作家先生と呼ばれるようになった。


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