第3話 銀座バー妃(きさき)ストーリー
私が水商売を始めるきっかけになったのは、私は京都の大学付属の私立高校一年のとき、育ての親と暮らしていたが、仕送りは実母から受けていた。
私の実母は、実はある中華料理店の妾であり、相手の主人は金持ちであると聞かされていた。
仕送りが打ち切られたということは、主人の商売も傾き始めたということだろう。
のちに、その主人に会ったとき「洋子、苦労したんだねえ」という温かいねぎらいの言葉どころか、けんもほろろの冷たい態度に心臓が凍り付いた。
「洋子か、今水商売をしてるって。ケッ」と背中を向け去っていった。
だいたい、私の世代は、貧困で水商売の世界に飛び込むことが多かった。
初めての水商売は、十六歳の頃のダンスホールだった。
ドレス代わりに、セーラー服をはさみでジョキジョキと切り、客と踊っていたがまるで竹ぼうきを抱いてるみたいとののしられ、先輩姉さんの義理で、なんとか食いつないできた。
それからは経営者の立場にまわり、ビルの一室にスナックを開店したが、七人座ればいっぱいの小さな店だが、私の話術で連日大繁盛していた。
今の子は、水商売さえすれば、簡単に金を稼げるという甘い考えで、アルバイト感覚で入店してくる。
その要因のひとつは、キャバクラやホストを、若さと可愛ささえあればラクをして金を稼げるだなんて持ち上げるマスコミにも原因があるのだが、だいたい、水商売に限らず事業で成功する人は、明日食う米もないのではないかという、貧乏な家庭に生まれ育った人が多い。
あほぼんには、務まらない世界なのだ。
また、拝金主義の人は絶対失敗する。
借金を抱え込んだり、詐欺師にひっかかるのがオチである。
しかし、この頃は銀座バー妃(きさき)もそんなホステスが増える一方である。
そういったホステスにつくのは、甘ちゃんのボンボンと相場が決まっている。
だいたい、そういう客は、最初は背伸びして高価なスーツを着ているが、靴や時計の趣味がいかにも安物なのですぐわかる。
ある日、サラ金の督促状だけを残して、行方不明になるのも、たいていこのパターンである。
こちらは、つけ(売掛金)を踏み倒されて困るだけである。
若い頃の苦労は、買ってでもしろというが、私は、貧乏の苦労がこやしになったり、欲望を制御するブレーキになっているのではないかと思うことさえある。
水商売というのは、心と心の切り売りだという。
そして、成功する秘訣は、やはり客を好きになり、褒めることしかないと思っている。客は、ホステスと議論するのが目的ではないのだ。
このネクタイ素敵ですねを含めて、褒めまくると男は弱い。
男の欲望は、下半身だけでなく自尊心である。
それを満足させてやるのが、銀座バーの役目だと自負している。
私は、水商売の頂点というより、最も華やかで安全な、いずれは花びらが落ち枯れ果ててしまう生花よりも、透明なケースに保護されたブリザードフラワーのような上澄みの部分だけで生きてきたラッキーな人間である。
しかし、子供の頃から作家になりたいという夢だけは、捨ててはいなかった。
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