第2話 銀座バー妃(きさき)の夜の蝶たち

 自分の若さと女らしさを切り売り、まるで花びらが一枚ずつ枯れ落ちていくかのような銀座ホステスの運命に逆らったことをしている。

 不倫などというのは、男性の方は安定な家庭をもった人ゆえのただの遊びでしかない。たとえば、妻が家具とすると、愛人は家具の上にチョコンと乗っているアクセサリーのような観葉植物のようなものである。

 家具はなくては生活できないが、観葉植物がなくても生活は可能であり、アクセサリーはいつでも取り換え可能である。

 それがわかっていても、女性は父親世代の男性の甘い言葉と、若い男性のように欠点を叱る潔癖さよりも、まあまあと包み込んでくれる包容力に魅かれる。

 本当は、叱ってくれる人の方が、本音をさらけだし、真剣につき合っている証拠だというのに。


 結婚しようなどというとんでもない甘い嘘をうのみにし、夢を見させ、セックスへと流れていく片方の羽根のもげ落ちた夜の蝶。

 どうして、自分を安売りするのかと叱ってやりたいところだが、しかし、彼女の気持ちは痛いほどわかる。

 たとえ、芝居でもうわべでも、甘い言葉をささやかれたい女の欲望を満たしてくれる家庭持ちの男

 潔癖な独身男にはない、安定感と許容感。

 それにおぼれていく蝶は、あとで苦い夢だと気づき、夢の続きを見るために、この世の現実と決別する意味で、死の道を選ぶ。

 しのぶも、羽根をもがれた蝶でしかなかった。


 子連れホステスもいた。

 小学校三年と五歳の女の子を抱えて、奮闘しているママさんホステスみどりがいた。帰宅するのはいつも夜中の二時。

 しかし、二人の女の子は、おとなしく留守番をしているわけではない。

 私は見るに見かねて、近くの託児所に預けてはどうかと提案した。

 しかし、みどりは金銭的な問題もあったので断った。

 託児所で引き取ってくれるのは、五歳までの児童で、小学校に上がる頃には引き取ってくれないという問題もあった。


 しかし、私はある意味、みどりがうらやましくもあった。

 私はもう、子供を産めない身体なのだ。

 だから、母性愛を抱きながら守ることのできる子供達二人がいるだけで、大きな心の支えになり、人生の指針になることを知っていた。

 女は弱し、されど母は強し。

 心の支えがあるというだけで女は強くなれ、間違いのない人生を歩むことができる。自分が人を守れば、神はそういった人を守って下さる。

 のちに、みどりは銀座バー妃(きさき)を辞めた後、再婚したという。


 私は、みどりの次女真由ちゃんに親しみを感じた。

 目が大きくて、いつも私に手を振り、私に失いかけていた家庭のやすらぎを与えてくれた人懐っこい真由ちゃん。

 ひょっとして、みどりがリーダーシップをとり、客に笑顔を振りまけるのも真由ちゃんを守りたいという一心からだろう。

 みどりにとって、真由ちゃんの存在は太陽そのものである。

 銀座のママもホステスも、結婚詐欺にひっかかり、同棲に持ち込まれたあげく、全財産を吸い取られ、自殺を図ったという事実は枚挙にいとまがないが、妙な男にひっかからずに済んだのも、真由ちゃんというお守りがあったからだろう。


 みどりが辞める日、真由と二人で挨拶にやってきた。

 真由は小学校に入学するという。

 自分でいうのもなんだが、私は小学校の頃、いつも成績トップの女子クラス委員だった。のちに再会した男子クラス委員は、医者になっていたが。

 自分で近所の子の勉強をみてやり、それで小遣いを稼いでいたくらいだった。

 あの頃に戻って、真由ちゃんに勉強を教えてやれたらと思った。

 今、どうしてるんだろうなあ。

 

 

 

 


 







 

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