彼女が黒猫になって帰ってきた。

@SEIRA3AU

短編

いつもの通り、「なんでもない」と重要なことを誤魔化したものだから、「猫の方が素直なのに。」と皮肉を込めて言った。

それから彼女は帰ってきてなかった。

俺は彼女の顔も見に行ってなかった。

そして今日、彼女は黒猫になって帰ってきた。

家に帰ったら、いつも彼女が座ってる席に、黒猫が意気揚々と座っていた。

「おかえり、僕の彼女さん。」

そういうと、にゃ。と、小さく返事をし、くるんと丸まって、寝始めた。

俺は携帯を見る。

数十件と溜まった受信履歴を見ずに消去した。

ある日、彼女は、俺の反対を押し切り、成功率が極めて低い手術を受けると言った。

そして、帰って来なくなった日、あいつは、きっと俺に「手術につきそってほしい。」そう言いたかったんだと思う。

だが、プライドの高い俺だ。こんな時まで、いや、こんな時だからこそ、「一緒に居て。」と言わせたかった。言って欲しかった。だが彼女は「なんでもない」と。言葉を飲み込んでしまった。

手術の日は俺の教務員試験の日だった。

こんな時まで俺のこと考えて、自分のことを知らぬ顔していると思うと腹が立ち、俺は、馬鹿な俺は、手術に立ち会わなかった。

正直、今までなんでも乗り越えてきた彼女なら、こんなので死ぬわけないと思っていた。


手術当日。夜19時。

彼女の母親から、彼女の死の電話が来た。

頭が真っ白になった。

同時に自分を責めた。

その日から、俺は何もできなくなった。

ひたすら、彼女との思い出を振り返る日々だった。

ある時、ふと彼女の言葉を思い出した。

『私が、君より先に死んだら、黒猫になって会いに行くね!』

生前元気だった彼女の冗談。

それから俺は、今まで通り過ごせるようになった。

黒猫がくれば、黒猫がいれば、俺の罪は償われると。勝手に思っていた。

だが、出会う猫はあっちもこっちも三毛や白。

黒なんて不吉な猫はいなかった。

待ち望んだ黒猫を前に、俺はたくさん尽くしたはずだった。彼女の分も、可愛がったはずだった。

いつか、黒猫は俺の家から消えていった。

その代わり、彼女の遺書を机に残した。

唯一の免罪符を失った俺は、慌てて遺書を開き、読み狂った。

『彼氏くんへ。これを読んでるってことは、私は君の隣にいないんだろうね。』

そう始まった文は、彼女らしく、『他の女の人と幸せになってください。』と締められていた。


俺は涙が止まらなかった。

彼女が死んで初めて出た涙だった。

初めて『生きていいよ』と、言われた気がした。

黒猫に縋ってた俺が馬鹿みたいだった。

彼女が、俺を許してくれないわけがなかった。

一番に俺を考えてくれてる彼女だ。

一番に俺を愛してくれた彼女だ。

そう思うともっと涙が止まらなかった。

少し落ち着いて、いつも通りのミントタブレットを口に含む。

彼女と初めてキスした時の味がした。


黒猫が嬉しそうに、にゃあ。と鳴いたのが聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女が黒猫になって帰ってきた。 @SEIRA3AU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る