彼女が黒猫になって帰ってきた。
@SEIRA3AU
短編
いつもの通り、「なんでもない」と重要なことを誤魔化したものだから、「猫の方が素直なのに。」と皮肉を込めて言った。
それから彼女は帰ってきてなかった。
俺は彼女の顔も見に行ってなかった。
そして今日、彼女は黒猫になって帰ってきた。
家に帰ったら、いつも彼女が座ってる席に、黒猫が意気揚々と座っていた。
「おかえり、僕の彼女さん。」
そういうと、にゃ。と、小さく返事をし、くるんと丸まって、寝始めた。
俺は携帯を見る。
数十件と溜まった受信履歴を見ずに消去した。
*
ある日、彼女は、俺の反対を押し切り、成功率が極めて低い手術を受けると言った。
そして、帰って来なくなった日、あいつは、きっと俺に「手術につきそってほしい。」そう言いたかったんだと思う。
だが、プライドの高い俺だ。こんな時まで、いや、こんな時だからこそ、「一緒に居て。」と言わせたかった。言って欲しかった。だが彼女は「なんでもない」と。言葉を飲み込んでしまった。
手術の日は俺の教務員試験の日だった。
こんな時まで俺のこと考えて、自分のことを知らぬ顔していると思うと腹が立ち、俺は、馬鹿な俺は、手術に立ち会わなかった。
正直、今までなんでも乗り越えてきた彼女なら、こんなので死ぬわけないと思っていた。
手術当日。夜19時。
彼女の母親から、彼女の死の電話が来た。
頭が真っ白になった。
同時に自分を責めた。
その日から、俺は何もできなくなった。
ひたすら、彼女との思い出を振り返る日々だった。
ある時、ふと彼女の言葉を思い出した。
『私が、君より先に死んだら、黒猫になって会いに行くね!』
生前元気だった彼女の冗談。
それから俺は、今まで通り過ごせるようになった。
黒猫がくれば、黒猫がいれば、俺の罪は償われると。勝手に思っていた。
だが、出会う猫はあっちもこっちも三毛や白。
黒なんて不吉な猫はいなかった。
*
待ち望んだ黒猫を前に、俺はたくさん尽くしたはずだった。彼女の分も、可愛がったはずだった。
いつか、黒猫は俺の家から消えていった。
その代わり、彼女の遺書を机に残した。
唯一の免罪符を失った俺は、慌てて遺書を開き、読み狂った。
『彼氏くんへ。これを読んでるってことは、私は君の隣にいないんだろうね。』
そう始まった文は、彼女らしく、『他の女の人と幸せになってください。』と締められていた。
俺は涙が止まらなかった。
彼女が死んで初めて出た涙だった。
初めて『生きていいよ』と、言われた気がした。
黒猫に縋ってた俺が馬鹿みたいだった。
彼女が、俺を許してくれないわけがなかった。
一番に俺を考えてくれてる彼女だ。
一番に俺を愛してくれた彼女だ。
そう思うともっと涙が止まらなかった。
少し落ち着いて、いつも通りのミントタブレットを口に含む。
彼女と初めてキスした時の味がした。
黒猫が嬉しそうに、にゃあ。と鳴いたのが聞こえた気がした。
彼女が黒猫になって帰ってきた。 @SEIRA3AU
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