第10話 作戦

「本作線の指揮を執る伊賀村だ。これより諸君らへ作戦の概要を説明する」


 作戦開始を三日後に控えた今日、ブリーフィングルームに集められた私たちは、伊賀村海将によってようやく作戦の全貌を知ることになった。


 それにしてもこの伊賀村という人、どこかで見たことがあると思っていたが、やはり”まっしぶ”に乗っていた司令官だ。


 無事に……とはいえないのかもしれない。彼の左腕は肩からなくなってしまっている。


 表情にどこか鬼気迫るものがあるのは、そういうことなのだろう。


「我々は三日後、この横須賀を発つ。目標は知っての通りハワイ沖に存在するマグロの巣の破壊だ。今作戦では出撃可能な艦艇の大半が参加することになる」



再編成第一護衛艦隊


 旗艦 対マグロ護衛艦 まっしぶRepaired


 護衛艦 いきいきくろず


 護衛艦 めこんがわ


 護衛艦 あぶらみ


 護衛艦 ふうじん


 護衛艦 らいじん


 護衛艦 がいじん


他、小型艦多数



第二護衛艦隊


 旗艦 イージス艦 ふしだら


 護衛艦 じょがくせい


 護衛艦 わいせつぶつ


 護衛艦 ろしゅつきょう


 護衛艦 こうれいしゃ


 護衛艦 むしょく


 護衛艦 姫星(きてぃ)


他、小型艦多数



……艦艇の命名規則について戸惑いを覚える人もいるかもしれない。


 かつて大日本帝国海軍ではこのような命名規則が存在していた。


 戦艦 主に旧国名(大和、山城、長門など)


 重巡洋艦 山の名(金剛、愛宕、比叡など)


 軽巡洋艦 川の名(長良、天龍など)


 ※重巡最上などが川の名前なのは、当初は軽巡洋艦として造られているため。


 駆逐艦 植物 気候現象 等(吹雪、島風、竹など)


 だからその帝国海軍の血を引く現代自衛隊でも、かつてを連想させる命名規則になっている。


 具体的には、


 対マグロ護衛艦 熱くなる名前 強い感じの名前


 イージス艦 グッと来る名前、いいなって思う名前!


 通常型護衛艦 かっこいい地名、健康食、ムラっとくる名前、美味しそうな名前、世界で一つだけの可愛い名前! その他気分による



 一見めちゃくちゃなようでいて、このように理路整然した道理によって命名されているのだ……。


 私たちの世界ではゆとり教育が元禄三年から三百年以上続いているので、そういう影響があるのだと思う。


 さて、伊賀村司令官が続きを言いたそうにしている。



「今回、まっしぶ含む第一艦隊はハワイ沖に展開後、敵に対する陽動作戦を展開する。本命はイージス艦ふしだらを旗艦とする第二艦隊だ」


「まっしぶが最大戦力じゃないのか? それなのに陽動?」


 はまぐり拾いの銀次が声をあげた。


「だからこそだ。そもそも艦艇ではマグロに対しては対マグロ艦をもってしても有効打を与えられないことは前回の戦いが証明している。だからマグロに対して大規模な陽動をかけ、高機動部隊による突入でマグロハンターを巣へと届け、攻略するのが最善だと判断した」


「まっしぶのような大型艦は陽動にふさわしいということか」


「そのとおり。そして知っての通りマグロの巣はハワイ沖の一千メートル下の海底に存在している。前回はこれを超対潜ミサイルで破壊する作戦だったが、今回は君たちマグロハンターを送り込み破壊する」


「まてまて、素潜りでもさせるつもりか?」


「マグロハンターならばそれも可能なはずだ」


「……確かに一千メートル程度、漁師経験者なら息継ぎなしで潜れるだろうがな」


「何か問題があるのか?」


「……塩加減だよ。ハワイ周辺は日本の海と違って潮の流れが遅く、塩分が濃い。だから海水が口に入ればその塩分で高血圧になってしまう。巣に辿り着く前に全員お陀仏だ」


「……塩分。日本人の弱点が露呈してしまうということか。わかった、あれを使おう」


「あれだと?」


「対マグロの巣専用小型潜水艦。これを複数用意する。マグロの巣の上で護衛艦から射出し、海中を潜航。君らを巣の中にまで運ぶ」


「そうか」


 なら最初からそれでいいじゃん。


 誰もがそう思った。


「アメリカさんはいったい何をしてくれるんだ?」


 他のマグロハンターが質問すると、伊賀村は答えた。


「艦隊は我々と共に陽動を行う手はずになっている。そして巣に突入するマグロハンターはすでに日本に到着している」


「アメリカのマグロハンターがここに!? 制海権がマグロに取られているのに、いったいどうやって」


 銀次が声をあげたが、


「チャリで来たに決まってるだろ」


 と伊賀村司令官がすかさず突っ込む。周囲もそれにうなずく。


 銀次はそんなこともわからないのかという顔をみんなから向けられて、とても寂しそうだった。


「……で、アメリカのマグロハンター、できる奴なの?」


 私が質問すると、伊賀村は不敵な笑みを浮かべてこう答えた。


「アメリカからやってきたマグロハンターは三人。いずれもマグロ大リーグ優勝クラスの猛者ばかりだ」


「なっ……マグロ大リーグですって!?」


 マグロ大リーグとは、マグロの大きめのリーグのことだ。


 巨大なアメリカという国にいる数多くのマグロハンターから選びぬかれた者だけが所属できる組織。


 プロフェッショナル中のプロフェッショナル。


 対マグロ戦においては世界でも先進的だという自負のある日本でも、このマグロ大リーガーにだけは勝てないと噂された。


「実は三人に君らを紹介するつもりだったのだ」


 伊賀村はそう言ってから、ブリーフィングルームの出口に向かってこう叫んだ。


「オープンザ、ウインドウ!」

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