第8話 ハマグリ採ると密漁
「そうか、やってくれたのか」
奈良上空のマグロを消滅させた私にキャプテンはそう言った。
「六坂が逝ったか……」
キャプテンと呼ばれたその男は、まるで散った戦友を思い浮かべるような様子でそうつぶやく。
「あいつは……私がこの奈良県で漁師をしていたころから面倒を見てやってたんだ。毎日私とあいつでイワシを網でとるんだ。そうやってずっとやってきたんだ」
「……」
「あいつと一緒に航海した奈良の海……最高だった」
「……あなたがキャプテンと呼ばれるのは、漁船の船長だったから?」
「ああ……」
「そう……」
東京に戻らなくては。例えばどんな犠牲があっても、私にはやるべきことがあるから。
この奈良での彼らとの出会いは、私にとってどのような意味があったのだろう。
「……聞いてやってくれないか、あいつと俺の物語を」
私はキャプテンの問いかけに対して、顔をそむけることで答えた。
たぶん、何もない。
だって奈良に海ないし。
マグロ酔いの薬が強く効いているときは、キャプテンなんて男の声や姿、どこにもなかったから。
這ってでも東京へ帰らなくては。
私はJR奈良の本拠地へ足を向けた。
「見つかったのか、ついに」
「ああ、間違いない。青森の英雄はハワイ沖で漂流したあと、奈良県に漂着していたようだ」
「奈良に海はなかったはずだが」
「おそらく勢いがついて、三重か和歌山を貫通したと思われる」
「なるほど。それで、彼女は今どこに」
「JRの車内で昼寝をしていたところを部下が見つけ自宅まで送っていったところだ。マグロ酔いの症状が出ていたからな。近くこちらに来てくれるだろう」
「しかしこれでようやく目処が立つな、松伏」
「ここからはお前の腕の見せ所だぞ柘植よ。今のところ世論はマグロに対する報復派がかろうじて上回っている。チャンスは次の一度だけだ」
「わかっている。我々に失敗はもう許されない」
「第二次ハワイ沖遠征作戦。日米の力を再結集しなきゃな」
***
防衛省に足を運ぶのはこれが初めてではない。
それはマグロハンターならば当然。第一種マグロ狩猟許可は国家資格なのだから。
ちなみにマグロハンターになるための難易度はだいたい日商簿記三級と同程度と言われており、反応に困るレベルだ。
まあ少なくない数の人間が毎年試験に合格してハンターとなるわけだが、実に7割が実務についた初年度で生命を落とす。
ひどいときは合格した瞬間に試験解除にマグロが降り注ぎ生命を落とした、なんていう事例もあった。
この現代の地球にいる限り、安全な場所などどこにもないのだ。
そう考えると、少しでもマグロに対抗しうる能力を得るためにマグロハンターになってみるのは、もしかしたら悪くないのかもしれない。
こうやって国の人間に呼び出され、無理難題を押し付けられることさえなければ。
「さて、集まったな」
プロジェクターのスライドの前に立つのは柘植統合幕僚会議議長。自衛隊制服組のトップ。
本来ならば彼のような立場の人間が私達に直接指示を出すことはありえない。これはよほどの内容と見てよいのだろう。
あるいは彼のような人間が出てこなければならないほど、もう人材がこの国には残っていないかのどちらかだ。
はるか昔に絶滅したと思われていたマグロが再び現れてから数ヶ月で、この世界は様変わりしてしまっていたのだ。
そして私達マグロハンターが集められる理由は一つしか無い。
「君たちを呼び出した理由は他でもない。ハワイ沖にできた”マグロの巣”。これを破壊するための作戦に力を貸してほしい」
柘植をそう言って一度居並ぶマグロハンターたちの反応を見た。
そして彼らの無言の返答、つまり、”そうは言うがお前ら自衛隊は先の遠征で大ヘマこいたばかりじゃないか”という言葉を、わかっているとばかりにうなずいて、言葉を続ける。
「無論、我々とて同じ轍を踏むつもりはない。先の戦いの教訓をもとに勝算を導き出しての上での第二次遠征作戦だ」
「その勝算とは?」
マグロハンターの一人が静かに尋ねた。
私はこのハンターを知っている。
魚介類大好き、食べたハマグリはパンより多いという猛者。”ハマグリ拾い”の銀次。
たった一人で千葉県九十九里海岸一帯のハマグリを食べ尽くし、ハマグリの養殖をしていた漁協に壊滅的打撃を与えたという伝説を持つ男。
戦術級のマグロと渡り合ったとも聞く。ここに集められたのはこうした国内屈指のハンターなのだろう。
柘植は銀次の言葉に平然と答える。
「陽動、そして高機動部隊による巣の強襲。この二つが成功の鍵を握る」
柘植はプロジェクターの光を顔に受けながら言葉を続ける。
「先の戦いの敗北の原因は、マグロとの艦隊決戦に固執したことだ」
プレジェクターに映し出されたパワーポインツのページがめくられ炎上する護衛艦が映し出される。
「中型以上のマグロを前に通常兵器は効果的ではない。機動力に優る奴らを捉え、鋼鉄を上回る装甲を持つ奴らを撃破できるだけの武装を命中させる手段がないからだ。そして奴らの火力を受けて耐えられる装甲もこちらには存在しない。そんな敵と正面からぶつかりあえばこのようになる。高い授業用であったが、我々は学んだ」
「ずいぶん死なせたみてえだしな」
銀次の嫌味のこもった一言は、防衛省制服組を一瞬で殺気ださせた。
柘植は周囲に目配せをし、それを制した。
だが次に発した言葉には、わずかに怒気が含まれているように思われた。
「勝つ。我々の威信に、いや、国民へ誓って」
銀次はこの言葉に対し、冷やかしの言葉は言わなかった。
「決行は一週間後。諸君らはそれまで我々の施設で生活してほしい。無論外出の制限はしないが、遅くなる前に帰ってきてくれ。寮長が飯を作って待っているからな」
作戦の詳細はまだ明かさないということらしい。
「なあ嬢ちゃん、あんた青森の英雄だろ」
銀次がふと私に話しかけてきた。
「……そう呼ぶ人もいるわね」
「ならちょうどいい。あんたみたいな腕利きとゆっくり話してみたかったんだ。せっかく知り合ったんだし、これからあそこにでも行かないか」
「どこへ連れて行く気?」
「……決まってるだろ。お台場ラーメン温泉さ」
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