第7話 平和の糧に
私が六坂に連れられてあるテントに向かうと、中には彼らがキャプテンと呼ぶ壮年の男がいた。
テントの中で六坂とキャプテン、そして私の三人で向かい合う形になる。
キャプテンと呼ばれる男がこのコミュニティを取りまとめているリーダーらしい。それは私に対してぶっきらぼうな態度を取る六坂が彼に対しては一定の配慮を持って接していることからも察せられた。
ところでコルシカと呼ばれた外人は用が済んだので帰国した。と、六坂が言っていた。そういうことなのだろう。
それはさておき、私はこのキャプテンに”頼み”というものを聞いてみることにした。
なぜなら、そうでもしなければこの奈良から外に出さないという彼らの薄暗い感情を私が感じ取っていたからだ。
本当ならばすぐにでも東京の自宅へ帰ってこのマグロ酔いを治したいところだけど、そうはさせないという強い気持ちを彼らは見せていた。
「……それで、私に狩ってほしいというのはもちろんマグロよね?」
そう問いかけた私だが、キャプテンの返事は煮え切らないものだった。
「マグロか……あれをマグロというかどうかは難しい。そもそもマグロというのは哲学上では人間と境界の無い存在だからだ。君はマグロの産声を聞いたことがあるか? 一つ話をしてやろう。あれは二十年前のある夏の日……」
キャプテンが想定外の長話をし始めたので私は白目を剥いて寝てしまった。
それから三日後。
キャプテンの話を要約するとこうだ。
奈良県には各家庭に一体、大仏がある。
そうやって各家庭の仏パワーを東大寺(によく似た別の寺)に置かれている巨大な大仏へ転送し、奈良を守護するバリアを展開しているのは周知の通りだ。
このバリアに現在、マグロが突き刺さっている。
このマグロをどうにかしてほしいというのがキャプテンの望みということだった。
私は奈良市の中央にそびえ立つ奈良タワーに登り、その様子を眺めた。
二度見三度見してようやくこれが現実なのだと理解できたけれど、確かに奈良県上空のバリアに一体のマグロが刺さっていた。
種類はおそらくキハダマグロの中型。
キハダはよく刺さることで有名だ。だいたい刺さっているのはキハダで間違いない。
このキハダはバリアに突き刺さったまま微動だにしない。
「卵を産もうとしているんだわ……」
通常、マグロの産卵は戦略級の個体が”巣”の奥深くで行う。
産卵にはパワーが必要なため、戦略級以外の個体ではできないのだ。
しかし例外もある。
中型以上が稀に行うケースでは、産卵に必要なパワーを別の手段で入手することが確認されている。
例えば今目の前にいるメスのキハダは、オスの到来を待っている。
すなわち、オスの個体が上空から降ってくるのを待っているのだ。
そうして突き刺さっている自分にオスが衝突することで強制的にドッキングし、勢い任せの交尾を行うことでパワー不足を補い、そのままブリッと産卵する狙いなのだ。
もしそうなれば……想像するだけでも恐ろしい。
上空で突き刺さったマグロが産卵したことで壊滅した都市は世界でも結構ある。
ばら撒かれたマグロの卵は重さにすると4トンほどに達し、それが地面に衝突することで地殻をぶち破りマントルにまで突き抜けてしまう。
街がどうとかそういうスケールじゃないことは伝わるはずだ。
なんとかしてこれを止めなくては……。
「あれを使うしかないわね……」
私は腰につけたポーチに手を伸ばし、ある物を取り出す。
このポーチは都合の良い物はだいたい入ってる優れものだ。
「強制マグロ交尾射出器”ムラサメ”……これだけは使いたくなかったけれど……」
このムラサメは、例えばバリアに突き刺さったマグロのメスが上空からやってくるオスを待っているケースでの使用を想定して開発された兵器で、オスの代わりになる生命体を射出することでマグロ以外と交配させ、ショックで殺す武器だ。
マグロの代わりに何がやってくるかは確率で定められており、URが排出されると嬉しい。
私はムラサメを上空に向けて構え、その引き金を引いた。
「来い! UR!」
ガチャ演出が上空に表示されると、ワクワクする音と共に上空から何かが降ってきた。
「……あれは……」
見間違えではない、あれは先程まで一緒にいた六坂達郎だった。
彼は上空から勢いよく降下すると、そのままメスのマグロめがけてM字開脚したまま猛スピードで突っ込んでいった。
「ああああああああああっ!」
彼は絶叫しながら降下していく。
そして彼は最後に、
「愛・地球博!」
と叫ぶとメスのマグロとドッキングし、そのまま消滅していった……。
「……」
私はいつかも覚えたことがある感情を胸に思い出していた。
誰かの犠牲なくしては戦い抜けないのはわかっている。それでも……。
もしこの地球上からマグロを追い出すことができたら、そのときは──。
彼らの墓に花を添えよう。それがせめてもの償いだから……。
メスのキハダマグロを倒したことで、奈良に平和が戻った。
その平和の傘の下にいる人々は、彼の生命にわずかにでも感謝を告げるだろうか。
そうして私はまた、自身が修羅の道を征く途上にあることを改めて認識したのだった。
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