第2話 遭遇

 艦内を自衛隊員たちが慌ただしく、しかし統率を保ちながら駆け巡る。


 私もマグロを迎え撃つべく甲板へ上がろうとした時、声をかけてきた者たちがいた。


「待ちな、嬢ちゃん」


 三人組の男。この光景には見覚えがある。


 いや、この男たちにも見覚えが。なるほど、彼らはマグロハンターたち。私以外にも呼ばれていたということ。まあ当然か。


「俺は山下。別名”山下殺しの吉田”、と言えばわかるかな?」


 気になる点が同時に二つ以上あると、人間は一瞬思考が停止してしまう。


 しかしそんな私の感情を無視して彼らは自己紹介を始める。


「おっと高木にばかり良い格好はさせられないぜ! 俺っちは吉岡。別名”太い方の木村”、覚えておいてくれよな!」


 さらに三人目が静かにこう自己紹介した。


「すまんな田辺の奴、気が立ってるんだ。俺の名はやみつきカレーチキン。よろしくな」


 心がカオスに侵食されそうになる。青森での戦いの後遺症? いや、これは現実だ。


 私が硬直していると、彼らはそれを緊張と受け取ったのか「まあ、お互い頑張ろう」とフェアプレイ精神のような事を口にして立ち去ろうとした。


 そのとき、やみつきカレーチキンが私の肩を叩いて耳元で囁いた。


「俺がなぜ、やみつきカレーチキンと呼ばれるのか、教えてやろうか」


「気になる」


 思わずそう言ってしまって、私は頬を赤らめた。


 そしたらやみつきカレーチキンは微笑んでこう言った。


「……生きて帰ったら、教えてやる」


 彼はそう言うと、私の反応を待たずに甲板へと出て行った。


「待って!」


 私は咄嗟に彼の後を追う。


「待ってよ!」


 喉が張り裂けそうなほど叫んだ。


 だってその答えを聞けることは絶対にない気がしたから。


 私の頭はやみつきカレーチキンでいっぱいになってしまい、甲板への階段を駆け上がるように上った。


 そして外の世界へ出ると、私は様々な物を同時に”浴びた”。


 それはさきほどまで話していたマグロハンターたち、そう、山下、吉田、高木、吉岡、木村、田辺ら二人とそして……


「やみつきカレーチキン……」


 私が浴びたのは彼らの四散したその肉片だったのだ。


 その光景は私の精神を現実に呼び戻した。


 いったい何を夢想していたというのか?


 この世がまるで冗談のように滑稽で、笑いに満ちた世界だと錯覚していたのか?


 これがこの世界の現実だ。つまり。


 マグロに出会えば人は喰われる。


 思い知らされた現実を、今日もただ目の当たりにしただけなのだ。


 前方に飛翔するマグロ、ニ体。こちらに狙いをすましている。


 私は背負っていた獲物。つまり、”対マグロ用ボルトアクション式全自動オートマチックライフル「ショットガン」”を取り出し、奴らに狙いを定める。


 手前のマグロはインドマグロの小型、奥にいるのはメバチマグロの中型。


 こいつらがさっきのマグロハンターたちを殺ったのか。


 いや、マグロはすでに艦隊を取り囲んでいる。気にすることに意味はない。


「くたばれ、マグロめ」


 私が銃の引き金を引くと同時に、銃口が赤く火を放つ。


 それと同時に襲いかかる二匹のマグロの胴に無数の銃創が出来上がる。


 マグロが叫び声をあげた。


 マグロの叫び声と聞いて、どんな声をイメージするだろうか。


 まず彼らはエラ呼吸を中心とした水生生物であるため、そもそも声を持たないと長年思われてきた。

 しかしマグロとの接触が深まるにつれ彼らが様々な呼吸法を体得していることが判明した。


 様々な、と言ったが主に肺呼吸である。しかし肺がなんと3000個もある。


 そのせいなのか、人間のように言葉を話すこともできる個体が確認されている。


 なぜ音が伝導しにくい水中で声によるコミュニケーションを得たのか謎に包まれているが、彼らは声を出せる。


 さて、その声がどういうものかという話に戻りたい。


 しかしその前にマグロがなぜ空を飛ぶのかということについて触れる必要がある。


 古代エジプトの壁画には”天駆けるマグロ”と題された作品が遺されていたことを知っているだろうか?


 つまる古代エジプト人はマグロを神のように認識していたと思われており、その時代からマグロは飛ぶことができたのである。


 さて、それはいいとしてマグロの声がどういうものかという話に戻りたい。


 戻りたいのだが、事態は予断を許さないのでまた別の機会にすることにする。


 私は二体のマグロのを撃ち抜いてすぐに次弾を装填した。


 マグロがあの程度で死ぬはずがないと知っているからだ。


 マグロは水中に深く身を潜らせ、姿を見せない。機を伺っているのだ。


 奴らが水上に姿を現すのを待つ?


 馬鹿な、敵はそこら中にいるのだ。


 見渡すと、護衛艦隊各艦が戦闘状態に入っている。


 マグロに致命傷を与えうる武器は、マグロハンターが持つ物を除けば、艦載兵器レベルでなければ有効打を与えられない。


 そのため各艦ともに艦首の速射砲および対艦対空ミサイルを惜しみなく投入し反撃を行っている。


 とうぜん甲板にいる私の耳元でそんなものを撃たれては鼓膜が爆発してもいおかしくない。


 だからマグロハンターには特製の耳栓が貸与されることになっている。


 この耳栓は”都合の悪いものはシャットアウトし、都合の良いものはよく聞こえる”という非常に優れた未来の技術で作られおり、だいたい通販でも買える。


 だから私は甲板で艦載兵器がいくら火を吹こうと、ちょっと風が強い程度にしか感じないのである。


 これはマグロハンターを知る者なら常識なので、気をつけたほうがいい。

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