第10話 もしも

「やけに自信ありげだけど本当に大丈夫なのか?信じてるぞ?」

グラディエーナが自信ありげにニコニコしているのを少し不安に思った明人は改めて問う。

慢心してやっぱりダメでしたなんて笑えないし先程から感じる違和感からも不安感じる。

もし、自分の気のせいだけならいいなと言う程度で1度グラディエーナに確認してみることにする。


萌は変わり果てた両親の姿から放たれる魔術を捌きながら後ろに控えるグラディエーナを気にする。

もうとっくに術式は完成しているはずだし出来たら直ぐに打つと言っていた。それなのになぜ魔術を放つ気配がないのだろう。

そう思いちらりと後ろを伺うとどうやらグラディエーナと兄が話しているようだった

(な!?こんな時になんで立ち話を…!?いや、お兄ちゃんのことだから今聞かないといけないことなのかな…それならいいけど出来れば早く…!)

両親の攻撃は徐々に勢いがなくなっていることもあり周りを見るくらいには余裕が出来てきている

(あれ?さっきまで司会をやっていたコウモリは…?)

見渡しても見当たらず、もしかしたら魔術を跳ね返した際に巻き添えを食らったのかもしれない。事実観客席にはかなりの被害が及んでおり4割程のモンスターたちは倒れ伏している。

「気になるところはあるが萌ちゃん!大丈夫じゃとは思うが一応気をつけるんじゃぞ!」

何をとは聞かない。その言葉の直後にとてつもない魔力の反応を感じたためである。

大きく跳び退き両親から距離をとる。

「『分離魔法 ハースストロア』」

萌の知識の中にも無い魔術が発動され、両親に直撃する。もし、失敗したらと考えてしまうが今はグラディエーナの魔術の腕と神様を信じるしかない。

「くっ…!」

「な、なんだこの魔術は…!力が抜けていくような…!!」

萌は魔術の効果をしっかりと見届ける。

考えたくないがもしかしたら親がこれで最期になる可能性だってある。

グラディエーナの元まで後退すると兄の姿がないことに気づいた。

「あれ?お兄ちゃんは?」

「明人くんはちょっと外に出ておるのぅ。ワシの魔術の腕を信じると言って飛び出して行った」

先程から兄の行動することは不思議なことが多い。頼りないとはいえ相談くらいしてくれてもいいのでは。そんなことを考えるも紫の光の出処を確認しに行く際声をかけられたので戦力としては認めているのだろう。だとすれば…

(1人でいた方がいい…?それとも私がいるとなにか不都合が…?)


「くっそ、どこ行きやがった?」

明人は真っ暗な街中を走り続ける。息を整えつつもそれでも自分が出せるスピードを高く保ちながらただ走る。

街灯などで多少は見えるが脇道などになったら見えないだろうという位の暗さだ。

それもそうだ。今の時刻は深夜の2時半を回っているところだ。むしろこんな時間で走り回る自分の方がおかしい。

そんなことを考えていると目的の影を見つける

1回見たら見間違いなんかありえないシルエットのため間違いない。

「うぉら!」

明人の一閃にそれは即座にかわし、ふわりとこちらに振り向く

「おっとぉ!虫のくせに鼻はきくようだ!せっかく静かに抜けてきたのに無駄だったということかぁ!?」

それは先程いたコウモリだった。

「てめぇ。うちの親に何しやがった?家はまだいい。多分だがあの人ならどうにかはなるはずだ。まぁそれでも許せねぇが」

あの人とはグラディエーナの事だ。なんとなくだが、あの人なら魔法レベルの魔術を使えるのではと考える。

明人の冷たい視線を一身に受け止めてなおコウモリは平然とした態度でパタパタと飛んでいる。

しかし明人を見つめ面白そうにニヤつくとコウモリの体が闇に包まれる。

逃げると思ったが闇はすぐ消える。闇が消えた後にはコウモリはおらず、1人の青年がいた。

その青年はやや大きめな眼鏡をかけたどこにでも居そうな青年だった。しかしその瞳は光がどこにもなく漆黒だった。背としては明人より若干小さい170位のところだろう

「それがてめぇの正体か」

「うーん、どちらかと言うとこれは人間の姿、さっきのは色々と用をすませるための姿だよ。コウモリは便利なんだ」

明人はなるほどなと呟きつつ先程グラディエーナから受け取った剣を青年の首に構える

「その姿なら首を切りやすいな」

「はははっ。ばっかだなぁ見え見えの剣を前にこの姿になったってことは傷つけられない確信があっての事だと思わない?それにこの剣…近くに寄せてくれてありがとう。どこかで見たことあると思ったんだけどおかげで思い出したよ。」

明人も正直剣を構えていていつでも首を跳ねることの出来る体勢のはずだが切れる自信がなかった。というのもコウモリの時は気づかなかったが何かがビリビリと明人の本能に訴えかけてくる。逃げろと言っているようにも捉えられるが…

「さっきの質問に答えさせてもらうよ。実は君の家をダンジョンにしたのは僕じゃないんだ。たしか…あの方自身が…そう!サクシャ様と名乗っていた!僕はサクシャ様の命令のもとあのダンジョンの監視をしていた。それだけさ」

「つまり自分は特に何もしてないから自分は悪くないと?」

「悪いとかじゃないさ。だってサクシャ様の行われることは全て正しいんだ。強いていえば悪いのはサクシャ様の尊いご意志を理解できない不埒な者達かな」

その言葉にはこの場にはいない誰かを確かに尊敬して、敬っているように感じた

「それで?聞きに来たのはそれだけ?ならもう僕帰るけど?」

「いいや、てめぇの素性も聞きてぇとこだがあのダンジョンはなんだ?なんで最上階、地下から1番遠いところに主が控えてんだ?」

グラディエーナの話によれば魔力が濃い地下にダンジョンの主は好んで居座る。

しかし今回は最上階、魔力が薄いところである。

「面白いところに目をつけるね。でも実は僕もさっぱりなんだ、サクシャ様ほどの頭脳をもってすれば僕達配下の考えなんか余裕に凌駕するからね、」

なんだそれは。結局分からずじまいで呆れそうになるも敵を目の前にして隙を見せる訳にはいかずすぐ意識を切り替える。

「じゃ、聞きたいことも無くなったみたいだし僕はこれで」

そう言った瞬間明人はまた一閃するも闇が少し揺れただけでその場には何も残っていなかった。

「何がどうなってんだ…」

取り逃した悔しさもあるが目の前の問題が無くなった今、家に帰り親の調子を見るのが第一だろう。明人は来た道をとぼとぼと帰って行った。



「ーとあの虫は言ってましたけどサクシャ様としてはどう考えられていたのですか?」

眼鏡をかけた青年がサクシャを前に片足をつきひれ伏す

「いやこれが実は結構単純でさ。地下の魔力はかなり濃い。今のあの二人…まぁ正しくは3人なんだけど、彼らが地下の魔力を浴びまくった素質持ちと戦うのはちょっと危険だからね。僕の作る物語には3人は必須だ。だけど敵という存在がいるということは知っておいた方が修行に励んでくれると思ってね」

「しかし、あの下っ端を虫共にぶつけたではありませんか。敵という存在を知らしめるにはあれだけでも十分だったのでは?」

「あれはどちらかと言うと敵の影をチラリと見せ、その後に影ではなく目の当たりにしたらその存在を危険視すると思ったからさ。一応最上階にもそれなりの魔力を溜め込んでおいたしね。常識を覆すはずだから悩むだろうね」

なるほどと呟き青年はさらに自身の主に敬意を感じる

「というかさ。」

サクシャがそう言ったその刹那、闇がうねり鎌の形になり青年の首元に突きつけられる。

先程似たようなことにはなったが恐怖が段違いだった

「僕のお話の役者を虫呼ばわりはなんのつもり?君をそう作ったのは確かに僕だけど僕を不快にさせるためにそうした訳じゃないよ?」

自身の主から感じるのは殺意、恐怖、侮蔑。

冷たい無数のナイフが四方八方と突きつけられた気分になる。実際に突きつけられているのは首元だけだと言うのに。

「も、申し訳ございません。サクシャ様がお許ししていただけるのであれば次からはそう呼ばないように致します。」

「まぁいいよ許してあげる。君は優秀だから。でも次は脅しじゃなく消す。わかった?」

「はっ!慈悲深きお言葉に感謝致します!」

話は終わりというようにサクシャは夜空を見上げる

「さぁ、敵という存在が見えた君たちはどう踊ってくれる?君たちはこれから強くなるだろう。もしかしたら僕の元までたどり着くかもしれない。そうだといいなぁ…」

決して殺して欲しい訳では無い。自分を殺める可能性のある存在なら早く間引いてしまった方が後先気にせずに済む。しかしサクシャの描くストーリーはそれを許さない

「僕の物語は絶対だ。決まったシナリオが流れ、決まった結末を迎える。それが物語というものさ」

少年は嗤う。先の未来に必ず現れるであろう6人の強敵となりうる存在を思い浮かべて。

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