第9話 親

時が戻ること2時間ほど前

明人と萌が夜の散歩に行くと告げ5分程経った頃2人が帰ってくるまでは起きていようと待つ母の沙絵子はウトウトしながら本を読んでいた。タレ目で泣きぼくろの似合うおっとりした雰囲気を放つ美人な彼女は本を閉じ2人の可愛い子供たちのことを考える

(あの二人も学力とか運動神経とか、色々と正反対なのにほんとに仲良いわよねぇ…正反対だからかしら?)

可愛い子供たちが仲のいいことはとても喜ばしいことだ。兄の明人は妹を可愛がり、妹の萌は兄をとても慕っている。2人とも優しい性格をしており今まで1度も手を煩わせたことも無い

(だからこそちょっと心配なのよね…反抗期が無いと将来暴力的になるとも言うし…明人が暴力的な人になるのはちょっと考えづらいけど)

明人は運動神経がいい故に少し力を出したら人が簡単に傷つくのを知っている。萌もあの魔力量でよく制御できているとも思う。

(正直あの魔力量は本当に羨ましい…私も萌ぐらいの歳であの魔力量ならダンジョンに潜ってたのかしらね)

天は二物を与えずと言うが2人とも一般人の自分から生まれたにしては才能がずばぬけている。

そんなことをぼんやり考えていると2人の父、そして沙絵子の旦那である成仁が寝起きからか元々でもあるが無愛想な顔をしてリビングにやってきた。成仁は見た目は厳しそうな中年というイメージだが実際は家族が1番大事で仕事か家族のイベントかと聞かれたら無愛想な顔で家族と答えるほど家族思いの立派な父である。

「成仁くん…ごめんなさい、起こしちゃった?」

「いや、私も元々寝る前に本を読んでいたから気にしないでくれ沙絵子」

いつもの調子の旦那にふふっと微笑むと成仁は気まずそうに顔を背け、わざとらしく周りを見回す

「2人は自分の部屋か?」

「いいえ。夜の散歩に行ったわ。もしかしたら寝る前の運動かもしれないわねぇ」

「そうか。2人が仲のいいことは嬉しい限りだ」

相変わらず顔と言ってることが一致しないわねと思うものの口に出さずに微笑むだけにとどめる

「あの子たちも本当に立派に育って、明人なんか私の身長を超えているからなぁ。それで腕も私より立つときた。父親として不甲斐ない」

「そんなことないわ。あなたは立派な父親よ。あなたが父親だからこそあの子たちも立派に育ったのよ」

これは決して慰めだけの言葉じゃない。沙絵子は事実そう思っている。1人では決してあんな真っ直ぐな人間に育てることは出来なかっただろう。というのも…

「ど、どうした?急に微笑んで。沙絵子、君はいつも微笑んでいるがその微笑みはなんか違うな…」

「いいえ、昔のことを思い出しただけよ。そう、私たちの学生時代のね」

学生時代というのは要は2人の馴れ初めのようなものだ。

「懐かしいな。あの頃の沙絵子も確かに魅力的だったが私は今の君の方が好みだな」

「無理しなくていいのよ、昔の私は、そう、本当に荒れてた。でもそれとは反対にあなたはとても真っ直ぐだった」

今のおっとりな性格の沙絵子からは考えづらいが、実は過去に番長を背負っていたことがある。最強の座に居座り歯向かうもの全てを蹴散らす。そんな彼女の前に現れたのは今の夫、成仁だ。

「強く気高い沙絵子も確かに魅力的だがどうも危ないことをしてる君を止めたかったんだ。」

成仁から聞いた話だと最初は興味もあったがそもそもヤンキーや番長などを良いように思っていなかったから止めに来たというのが気づいたら…

「まさか出会って直ぐに告白、しかもプロポーズされるとは思わなかったわねぇ」

ー僕と結婚を前提に付き合ってくれ!君のような気高い女性は見たことない!僕と一緒になったら君をもう危ない目にあわせないから!!ー

プロポーズの内容を思い出し若干頬を赤く染めてしまい微笑む

「ちなみに今は強くて気高くはないのだけれど今の私も好きなのかしら?」

「何を言ってる?昔は物理的に強くて気高かった君だが今も十分気高い。それに私は君がどう変わろうとずっと愛している。」

ずっと愛しているという言葉に沙絵子は若干いつもより深い微笑みをしてしまう

そんなふたりだけの世界に入りかけた時に家の扉がガチャっと音を開けて開いた気がした。

2人が帰ってきたのだろう。さすがに両親のイチャイチャなど見たくはないだろうから顔を少し引き締める。引き締める意味などないがこのまま2人に会うと機嫌がいいことに不思議に思われてしまう

「おかえりなさ…え?」

2人だと思ったら1人だった。しかも明人か萌のどちらかという訳でもない。現れたのは黒い帽子をかぶった青年。

2人が家を出た際に鍵が閉まっているのは確認済み。とするとこの青年は…?

青年はこちらを見ると暗すぎる笑顔を向ける

「やぁやぁこんばんわ、沙絵子さんに成仁さん」

沙絵子は直ぐに手を突き出し臨時体制をとる。成仁も剣を引き抜き油断なく構える

「誰?」

「今はまだ名乗る程のものじゃないさ。強いて言うならこの物語の作者。そうだね。サクシャと呼んでくれ。…まぁもう君たちは僕と会うことはないんだけどね」

青年…いやサクシャはニヤリと笑いそれと同時に両手に黒い炎を纏う

「魔術師!?下がれ沙絵子!」

沙絵子とサクシャの間に成仁が割り込み庇うように立つ。

「君たちはこの街のかなりの実力者。それは認めよう。でも君たちの真の強さはこんな狭い家じゃ発揮されない。違うかい?」

「我が家に土足で踏み込んでおいてどの口が言う」

「アハハ、それはすまなかった。用が終わったらすぐ出ていくよ。僕を狙う人達が次々に増えてるからね」

あの侍もその1人さとつぶやくも2人に理解してもらう気は無いようだ

「用だと?何をするつもりだ」

「いや何、すぐだよ」

サクシャの手に纏う炎が一瞬のうちに2人を囲う。それが原因か、気が遠くなっていく

「君たちの強さは素質があってこそだったんだ。ちょっとその力。利用させてもらうよ」

気が薄れていく中、沙絵子は成仁に抱きつく

「沙絵子…すまない…」

「謝らないで…成仁くん…ずっと一緒よ…」

「あぁ私たちはずっと一緒だ」

突然現れた青年に幸せな日常を壊され腹ただしくも思うも不安など一切なかった。最期までそばを離れず2人は倒れてしまった。


「大丈夫。君たちの人生はまだ終わらない。むしろこれからだよ。さぁ楽しませてくれよ?」

そんなサクシャの楽しそうな声を聞くものはいなかった


ーそして現在

「明人、萌!こんなに強くなって、母さん嬉しいわ!」

「ああ!さすがは私たちの自慢の子供だ!」

母の雷の魔術をかわし、父の魔力の込められた剣の一振りを剣で受け止める

「俺は使ったことないから知らなかったが剣に魔術纏えるのはずるだろ!!俺以外の家族全員魔術使える現実!泣いていい!?」

「後で愚痴ぐらい聞いてあげるから今は攻撃捌くのに集中してよお兄ちゃん!」

実は自分は拾われたのではと現実逃避を始めた明人に軽く蹴ってツッコミ入れる萌。

作戦としては両親を人間に戻すための魔術の詠唱グラディエーナが終了させるまで2人で時間を稼ぐというもの。

しかし成功する確率は1割弱。もし失敗したら有無を言わせずグラディエーナが2人を殺すとのこと。能力の活性化されてすぐなら大して強くないためあっさり倒すのは余裕とのこと

「グラさーーーーん!あと何分!?実の両親と手合わせするの結構厳しいんだけど!」

「ダメだよ今グラさん詠唱中だから!あと1分くらい!頑張ってこらえて!!」

正直そこらのモンスターなら有無を言わず切り捨てるのみだった。しかし相手は実の親。攻撃を捌くだけとはいえ攻勢に出ないため相手は問答無用で攻撃してくる

「何を企んでいるかわからんが私たちの邪魔をしないでくれ明人」

「父さんこそ何企んでんだよ!どうしちまったんだよ本当に!家族バカのあんたはどこに行っちまったんだ!」

剣を大きく振り払い父と一定の距離を維持する

「私たちの企み?そんなもの世界征服だよ、この力を使って世界を支配する」

また世界征服かよとうんざりするももしかしたら素質を暴走させられたものたちは同じ考えに行くかもしれない。

「父さんと母さんの素質はなんなんだ…それが分かれば多少は立ち回りが分かるんだが…」

「父さんは多分…『剣の硬質化』、母さんは『魔力上昇』だと思う。単純に自分の能力値をあげる能力だよ!」

じゃあ立ち回りもくそもねぇじゃん、と呆れていると

「2人とも、待たせたのぅ。完成したぞ」

後ろを向くとグラディエーナが突き出す両手の前には複雑な術式がある。

「さーて信じてる訳では無いがワシも神とやらに祈ってみようかのぅ?」

自信ありげにニコッと笑った

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