第5話 紫光
「やっと着いた…」
萌が肩を落としながら我が家の扉を押す。
今日の事件はかなり衝撃的だった。
まず中学ではちらっと話に出る程度の魔術の恐ろしさ。授業で学ぶ魔術なんて基礎中の基礎で実践では全くと言っていいほど役に立てないレベルの威力である。
そして次に兄である明人とその友人である冬真の剣士としての実力。兄は剣士としての才能が人より並外れており元々運動神経が良いのも相まって本職レベルだとは思っていたがまさかあそこまで強いとは。そもそもそんな兄の隣に立ち息を合わせることのできる冬真もなかなか常識外れだ。
あとはあの不審者の男のあっけない死亡のシーン。確かに衝撃的だったが兄が目を塞ぎ周りを注意してくれたから記憶には強くは残っていない。
それよりも、自分の無力さ。これには本当に呆れてしまう。魔力適性220はたしかに間違いなく誇れる数値だ。伝説に謳われる勇者の仲間の魔術師と魔力適正の数値だけは同じなのだから。
(でもやっぱり魔術もちゃんと実戦でも戦えるようになりたい…お兄ちゃんや冬真くんはどちらかと言うと剣士寄りだから…危険だからって教えてくれない先生たちじゃだめ。だけど本職の魔術師の「先生」が欲しい…)
もし次ーもちろんない方が嬉しいがー戦うことになるなら1人でも戦えるように、足でまといにならないように。
(よし!)
萌は自分の頬をパンパンと両手で叩く
「ただいま!」
家に着いて冬真を見送り1人思い耽ながら自室から夜空を眺める明人。
決してたそがれている訳ではなく今日のことを思い返していた。
(冬真とあの男の会話…もしなにか裏の組織が動き始めたとするなら厄介だな。今の世間では魔術を取り入れ始めたばかりだ。もし本職の魔術師たちによる殺戮が行われたりしたりすればこの街も魔王復活を待たずして滅びるだろうな)
しかしすぐに行動するとは思えなかった。魔力適性200以上の者を集めるために動いていると言っていた。ブラフじゃなければまだまだじがんはあるはず。もし萌の魔力適性200越えが本当だとするならあの男の仲間は萌を狙うはず。
「…つーか全員揃って魔力だの魔術だのいいやがって」
昔やけくそになりつつも魔術の練習をしたことを思い出す。練習と言っても手を前に突き出し「はぁっ!」と言ったりしたり萌の魔術を放つところを盗み見たりとしょうもないことばかりだったがなにか無駄じゃなかったことはあっただろうか。
そんなことを考えていた時
「うん?」
家の外にある倉庫の辺りで紫色の小さな光が目に入った。もちろん見間違いかもしれない。しかし紫の光というものの発生源が自分の家からなら万が一がある。
「どうせまだ眠くねーし。明日学校休みだし少しくらい…な」
何も無ければ何も無いでいい。明人は玄関に向かうのであった。
明人は念の為に萌を連れて、親には散歩と告げ外に出て家の裏側に周り倉庫辺りまで進む。
「おにぃちゃんの見た紫の光ってこの辺だったの?見間違いじゃなくて?」
「んー見間違いだったのか?でもあの光は見間違いで済ませたらダメだと思うほど強い光だったんだよな」
いつも通りの風景を前に2人は佇む。
気のせいだったかと判断し家に戻ろうとした時、萌が倉庫の前にある岩に目をつけた。
「こんな岩うちにあった?」
言われてみれば確かに見たことの無い岩だった。
「父さんの趣味の園芸に使う岩だと思ったけどそれなら俺たちにも何か言うよな」
萌は何気なしにその岩にぺたぺたと触れる。
「うーん…?微かにだけど魔力を感じるような??」
「まじか!ちょっと詳しく調べてみようぜ」
その岩を隅々まで調べ始める。萌による魔力探査の魔術によりこの岩が地下と繋がっていることが判明。
「つまりこの岩が地下と繋がってる出入口ってことか?」
「魔術式的にそうだと思うんだよね。転移魔法に似た魔法陣だからもしかしたらだけど」
もしこの岩が本当に地下へと繋がるならかなりの大発見だろう。
この世界にはダンジョンがあると言われているがその数は不明。今のところ確認されているダンジョンの数は140程。
既知のダンジョンは基本国が冒険者を送り込みモンスターを討伐させる。そうすることで探索難易度が下がり明人達のようにバイトでモンスター討伐を依頼するレベルにはなる。
しかし未知となると話は変わりどんなモンスターがいるか、どんなトラップがあるかななどなど不明な点が多い。
探索難易度が高すぎるダンジョンがこの家の敷地内にあると考えたくはないが萌いわく単純な術式ではあるが高度が高いものとのこと。そんな術式を扱える存在がいるのは間違いないと考えた方がいい。
(というかこいつもこいつだな。高度な術式とか言ってたがなんでそんなの分かるんだ?俺が魔術使えないからおかしいのか?)
妹の驚異的な能力に驚いているところでちょうど岩の分析が終了したようだ。
「一応術式に介入して私達も入れるようになったけどどうしよっか。やっぱり討伐隊呼んだ方がいいのかな」
「さすがにな。俺らじゃ太刀打ちできない敵なんてゴロゴロいるからな。ないとは思いたいけどドラゴンとかいたら即死だろうし」
とりあえず両親にも報告だなと話していると岩が突然光り始める
「「え!!?」」
2人はこの流れに嫌な予感を覚え家に戻ろうとするも体が岩の方に引き寄せられていく。周りにちらばっている草や石ころなどは何事もないのに自分たちだけを吸い込んでいるようだった。
「萌!お前!術式に介入したって言ってたけどその術式正しいだろうな!」
「も、もちろん!ほら見て!」
萌が明人にも読めるように術式を見せる
明人は魔力や魔力適性などは壊滅的だがだからといって知識がない訳では無い。むしろ自分のできないことだからこそ覚えておく必要があった。
ーだがまぁ1度それは置いといて
「お前それ…俺ら2人を送れるじゃなくて送るじゃねぇか!!任意と強制は違うんだぞ!」
萌があおい顔をしてあたふたし始め、目尻に涙を浮かべ始めた。
明人は信じてもいない神にどうか無事に帰って来れますようにと祈りながら岩に吸い込まれていく。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
気づけば萌の謝罪の叫びのみがその場に残った。
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