インタールード
教団の使徒
――スクラヴィア王国。
――王城。
――貴賓室。
「そして――ッ!!
と、老騎士は暑苦しくその時の状況を熱く語った。
確か名前はテディ・マギルとか言ったはずだ。この国では大貴族で、名のある男のようだ。
ここはスクラヴィア王国という国だ。
なんてことのない〝小国〟である。この〝ミッドガルド〟には多くの国があるが、その中でも特に秀でたところはない。ごくごく普通の国――それが教団のスクラヴィア王国に対する評価だ。
「わたしの周囲は急に発生した煙のせいで何も見えなかったのですが……しかし、確かに〝声〟を聞きました。通りすがりの魔術師と名乗っておりましたが、あれはきっと女神様に違いありませぬ。気が付くと
と、テディは感極まったように咽び泣き始めた。
随分と暑苦しい男である。
ジェイド・スターキーはそんな暑苦しい男のことを冷めた目付きで見ていた。
(……〝奇蹟〟などあるわけがないだろうに、まったく。これだから貴族の連中は低俗だな)
ジェイドは生まれつき〝使徒〟だ。
使徒階級にも、貴族階級と同じように身分階級がある。
上位使徒、中位使徒、下位使徒という具合だ。
使徒階級ではないが、使徒に付き従う人間たちのことは〝信徒〟と呼ばれる。たいていは貴族だが、たまに平民を信徒に従えている使徒もいる。
ジェイドは聖アシュクロフト皇国の生まれである。
異端審問会に所属しているが、聖騎士としての実力は申し分ない。
ちなみによく男と間違われるが女だ。
まぁ本人が並みの男よりは高身長で、かつ髪も短くしているからそう見えるのも無理はないだろうが。
いわゆる男装の麗人と言う雰囲気だが、本人は別にそうしているつもりはない。周囲が勝手に言っているだけだ。
男の話が一段落すると、部屋の中にパチパチと手を叩く音がした。
軽い拍手のような感じだった。
もちろん、手を叩いたのはミア・ドレスターである。
彼女の頬をつうっと一筋の涙が伝った。
「……素晴らしい。何と信仰の篤きお方でしょう。テディ様、それは確かに我らが崇拝する女神ブリュンヒルデ様のご加護に間違いありません。あなたの篤き信仰の心が、きっと我らが頭上に輝くアスガルドの楽園へと届いたのでしょう。わたくしはそう感じました」
「はッ――!! ミア様のご寛大なるお言葉、この身にあまる光栄にございますッ!!」
と、テディはその場に膝を突いた。
「ブリュンヒルデ様は決して我らを見捨てません。かつてこの世界が魔族に蹂躙された時、楽園の神々の中で唯一我ら人間に慈悲をくださった女神様です。正しい心は必ずブリュンヒルデ様の御許へと届くでしょう。あなたの心は間違いなく楽園へと至りました。この身がそれを保証しましょう」
「有り難き幸せにございます」
「我ら教団の使命は、女神様が授けてくださった神の叡智が正しく使われるよう、その行く末を見守ることです。初代教皇ブルーノ様がそうされたように。知は力です。人は何度もその力に溺れました。いくら賢くとも、心が未熟では力は誤った使い方をされてしまいます。どうやらこの国では、きちんと信仰が行き届いているようですね。とても安心しました」
と、ミアはフレドリックへと目を向けた。
フレドリックは深々と頭を下げた。
「はっ。そう仰って頂けて感慨無量にございます。我が国は14年前、フェンリルが出現した折にも教団のお力によって国を救われております。故に教団への忠誠と信仰は他国よりも一層深く我らの胸に刻まれていると言ってもよろしいかと」
「それは良いことですね。ですが、その信仰は我らではなく女神様に向けてください。我らはただの代理人に過ぎませんから」
ふふ、とミアは笑い――こう続けた。
「それで――その奇蹟の証拠とやらはどこにあるのでしょうか?」
少しだけミアの目が薄く開いた。
顔はにこにこと笑っているが……相変わらず目が笑っていない。
ジェイドはミアのことを心から尊敬しているが――同時に怖れてもいる。
なぜなら、ミアは最年少で〝
つまり〝
神具とは、初代教皇ブルーノ・アシュクロフトが神託を受けて創造したとされる〝神の力〟の片鱗を宿した魔術兵器だ。
全部で13機あるが、ミアはその内の一つである〝レーヴァティン〟を教団より貸与されている。
神円卓が13席なのも、神具の数に合わせてあるためだ。
彼女は、この数年では最も多くの異端者を狩ってきた異端審問官だ。
神円卓の序列は五位だが、異端審問会の序列では事実上の三位である。そう、彼女は異例とも言える早さで出世した希代の異端者狩りなのだ。
相手はどうやらそれを知らないようだが……まぁ、しょうがあるまい。色々と運が無かったということだ。
「それに関しましては、このラウレンツがご説明させて頂きます。どうぞこちらへ」
と、フレドリックが言った。
どうやら場所を移すようだ。
フレドリックたちの案内で、ミアとジェイドは別室へ移動した。
μβψ
「こちらがその証拠でございますじゃ」
フレドリックとテディが後ろに少し下がり、代わりにラウレンツが前に立った。
このラウレンツという老人がこの国の魔術師の代表者のようだ。
ミアとジェイドの前には、不格好な残骸が鎮座していた。
(……なんだこのガラクタは? これが奇蹟の証拠だと? まさかこいつらは我らのことを馬鹿にしているのか?)
ジェイドは思わずそう思ってしまったが……ミアは違った。
何も言わずに残骸に近づくと、まず小さなガラクタに手を伸ばした。
見たところ
「……」
ミアは何も言わず、じっと
あまりにも何も言わないので、ジェイドは不思議に思って近づいた。
「ミア様、どうされたのですか?」
「……」
ミアは返事をしなかった。
とても真剣な表情だった。いつも表面に貼り付けている笑みがない。
「いかがでしょう、ミア様。ここにある残骸は、我らには到底理解不能な代物なのですが……何かお分かりになりますでしょうか?」
「……ラウレンツ様。この改造された機械馬の魔術回路についてですが……なにかしらデータなどは取っていますでしょうか?」
「いえ、決してそのようなことは。これは我々には過ぎる物であると思われたため、ただ保管だけしておりました。大いなる叡智への冒涜は一切しておりませぬじゃ」
「そうですか。それはとても正しいご判断ですね。ラウレンツ様は非常に優秀な魔術師のようです。ちなみに、この存在はどれだけの人間が知っているのでしょうか、フレドリック様?」
フレドリックは少し前に出た。
「ここにいる三人と、現場にいた騎士が一人のみです。ことが大きくならぬよう、
「そうですか。それも正しいご判断ですね。
「
フレドリックがそう言うと、ミアの顔に笑みが戻った。
「あなた方の敬虔かつ真摯な姿勢……このミア・ドレスラーは感服いたしました。この件について、我々があなた方に異端審問を行うことはないでしょう」
と、ミアは言った。
明らかに三人には安堵の気配があった。
だが――とミアは続けた。
「しかしながら、これが本当の〝奇蹟〟であるかどうかの調査は行う必要があると判断しました。そのためしばらくはこの国に滞在する必要があります。滞在する許可を頂けますでしょうか?」
「もちろんです、ミア様。我が国はみなさまを歓迎させていただきます。すでにそのご準備も整っておりますので、ご安心くださいませ」
「ありがとうございます、フレドリック様。それでは……少しの間、ここでわたくし達だけにしてください。この奇蹟の証拠をもう少し念入りに調べますので」
「畏まりました。それでは、我々はいったん失礼させて頂きます」
フレドリックたちは慇懃に頭を下げ、部屋を辞した。
室内にはミアとジェイドだけが残った。
一瞬だけ静寂が舞い降りたが……すぐにミアの小さな笑い声が響いた。
「……ふふ」
「どうされたのですか、ミア様? 何やら楽しそうなお顔をされていますが」
「そりゃ楽しいわよ。これは久々に〝大物〟が引っかかったわ」
と、ミアは嗤った。
彼女はいつも人の良さそうな笑みを浮かべているが、あれは他者を油断させる仮面のようなものだ。
ミア・ドレスラーの本当の顔はこっちなのだ。
ジェイドは首を捻った。
「大物、ですか?」
「ええ。この木で造った
「……確かに、とても細かいですね」
ジェイドも魔術の基礎くらいは学んでいるが、特級聖魔術師の称号も持っているミアほどの知識はない。それでも、確かにこの魔術回路がすごいことは何となく分かった。
「これ、恐らく
ミアは興味深そうに
「それとこっちの機械馬の残骸だけど……これ、ぱっと見ただけでは何なのかまったく見当もつかないわね」
「ミア様が見ても分からないのですか?」
「ええ、全然」
ジェイドは改造された魔術回路をじっくりと観察してから、ミアに向き直った。
「なら、これはただのガラクタではないのですか? ミア様ほどの方が見て分からないものなどないでしょう。程度の低い魔術師が何とか直そうとしただけではないでしょうか」
「いえ、これは間違いなく〝何か〟よ。ガラクタではないわ。さっきの無駄に暑苦しいオッサンの証言から察するにもしかしたら〝光束縮写管砲〟ではないかしら」
「……は? それってあの……
「そうよ。まぁ魔力の流れをちゃんと図式に書き起こしてみないとはっきりとは分からないけれど……」
「……いえ、ですがこれは旧式の機械馬の魔術回路ですよね? それを改造してそんなものが造れるのでしょうか? それに、普通はもっと大きくなると思いますが……使用する魔力エネルギーも桁違いでしょうし」
「そうね。自分で言っておいてなんだけど、かなり荒唐無稽だわ。既存の魔術回路を無理矢理改造してまったく別物を造るなんて、わたしにも無理よ。それこそ魔術式そのものを丸暗記でもしてなければね。まぁそんなやついるとは思えないけれど……」
と、ミア難しい顔になった。
「しかしこれが〝何か〟だとして、長距離射程兵器で〝光球〟を発するような物は他に思い浮かばないのよね。まぁ仮にこれがそうだとすれば、もはや〝
「わたしにはとてもそうは見えませんが……」
すぐには信じられなかった。
しかし、ミアはとても優秀だ。魔術師としても、異端審問官としても。
その彼女がそういうのだから、本当にそうなのかもしれないなとジェイドは思った。
「……仮にこれがミア様が言うように高度な魔術兵器なのだとすれば、誰がこんなものを? 貴族の魔術師たちにそれほどの知識があるとは思えませんが……もしかして逃亡中の聖魔術師ジーナ・マロヴァでしょうか?」
「可能性の一つとして考慮はしてもいいけれど……あの〝裏切り者〟らしくないわね。こんな目立つようなことをするやつじゃないだろうし。証拠なんて残さないわ」
「なら、この国の魔術師が……?」
「その可能性もある。けれど、国は関与していないでしょうね。連中はとにかく自分たちが異端審問の対象になることだけを怖れている――こうして正直に報告を上げてくること自体、それを証明しているわ。教団に対して秘密裏に技術革新を行っているのなら、絶対に隠しておくでしょうし。まぁそれも調べてみないとはっきりとは分からないけれどね。しかし――間違いなく〝何者か〟がこれを造った。それだけは看過できない事実だわ」
「もしかして……〝真理〟に到達した何者かでしょうか?」
「まぁ、世界は広いからね。自力で〝真理〟にたどり着くようなやつだっているでしょう。少なくとも、これを造ったやつは間違いなく〝真理〟のことを知ってるわ。教団でも一部しか知らない〝真理〟をね。とにかく、しばらくは調査する必要があるのは間違いないわね」
「調査は行うのに、この国への異端審問は行わないのですか?」
「あら、だってわたしは平和主義者ですもの。異端審問なんて本当はしたくないのよ? だからなるべく、穏便に調査するの。ふふ」
ミアは小さく笑った。
それは絶対に嘘だ、とジェイドは思った。
「……では、他の異端審問官にも協力を要請しましょう。さすがに我々だけでは手が足りないでしょうし」
「あら、それはダメよ。他の奴らの手なんて絶対に借りないわ」
「……は? どうしてですか?」
「だって、手柄を横取りされるかもしれないじゃない? それじゃあ異端審問をしない意味がない。こいつはわたしの獲物よ。わたしが捕まえるの。分かったかしら?」
「……分かりました」
「あ、いま『まーたこき使われるのか……』って思ったでしょう?」
「ええ、思いました」
「あらあら……正直ね、ジェイドは。でも大丈夫よ。〝あいつ〟もいるじゃない。こき使われるのはあなただけじゃないわ。安心しなさい」
「いや、〝あいつ〟の世話が一番大変なんですが……やっぱり拾ったところに戻してきてもいいですか?」
「でも、役には立つでしょう?」
「それは、まぁ……」
「ふふ、やっぱり生かしておいて良かったでしょう?」
「……今さらですが、本当に良かったのですか? 〝あいつ〟のことがもしバレたら、ミア様が異端審問にかけられますよ?」
「わたしは使えるものは何でも使うのよ。目的のためなら手段は厭わないわ。それが例え〝魔族〟であろうが――ね」
ふふふ――とミアは嗤った。
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