31,エリカvsヨハン
「……これは。思っていた以上ですね」
「であろう、ケイティよ」
驚くケイティに、テディはニヤリと笑い返していた。
それはまるでとっておきのオモチャを自慢する子供のような顔に見えた。
……うーん。勝負になってねえな。
おれはさきほどケイティに治療してもらって、顔には布をぺたぺた張られて頭には包帯を巻いている状態だ。
その状態で言うようなことではないが……魔王とヨハンではまるで勝負になってない。
というのも、見るからに魔王が優勢だった。
さっきからヨハンばかり全力で木剣を打ち込んでいるが、魔王はと言えば涼しい顔だ。明らかに体力を消耗しているヨハンに対し、魔王は息一つ乱していなかった。
その様子にケイティは目を見張っていた。
「ヨハンの剣があれほど通用しないとは……見たところ、エリカはまだ本気を出していないように見えますね?」
「そうだろうな。あやつが本気を出したらヨハンなど瞬殺だろうて」
「ですが、少し剣の扱い方はぎこちないように見えますが……あれはどこの流派の動きでしょう? あまり見ない動きをしていますが」
「それがな、あやつはちゃんと剣術などは習ったことがないらしくてな。だからそもそも剣術の型も知らんのだ」
「……は? 剣術を知らない? なのにあれだけ剣を扱えるんですか?」
「驚愕であろう? あやつは恐らく無意識に〝武器〟の扱いを心得ておるのだ。これからあやつが学校に入り、ちゃんと剣術を学び始めたらどれほどすごいことになるだろうな。考えるだけで楽しみではないか?」
「それは確かに……末恐ろしいですね」
ケイティはごくり……と息を呑んでいた。
一方、ヨハンと魔王の勝負はじりじりとヨハンが不利に追い込まれていた。
……魔王はおれが手加減しろと言ったからか、自分からは積極的に打ち込んでいない。だが、ヨハンはとにかく手数で勝負とばかりに打ち込みまくっている。このままならいずれ、ヨハンの体力が底を突いて勝負は終わるだろう。
それはヨハンにだって分かっているだろうが、なぜか打ち込み続けることを止めなかった。
「くそッ! くそッ!」
ヨハンは完全にムキになっていた。
恐らく魔王に一撃も決まらないことに苛立っているのだろう。
そこにはさっきまで見せていた余裕など欠片もなかった。
……最初はけっこう冷静な判断が出来ているように見えたんだけどな。
今はただがむしゃらに打ち込んでいるだけだ。
よほどムキになっているんだろう。
おれはハラハラしながら二人の勝負を見守った。
……このままなら何事もなく勝負は終わってくれそうだ。
魔王も今回はちゃんと手加減してくれている。これならヨハンが怪我をすることはなさそうだ。
とりあえず、今回の怪我人はおれだけで済みそうだな。
ははは。
……はあ。
おれって何だったんだろうな……?(遠い目)
「~~ッ!! おい、エリカ!! お前本気でやってないだろう!?」
突然、ヨハンが怒ったように叫んだ。
自分の剣がまるで歯が立たないことがよほど悔しいのか、目尻にちょっと涙が浮かんでいた。
両者は一旦手を止めて、少し距離を開けた。
「いえ、決してそのようなことはありませんが……」
「嘘吐け! さっきから全然打ち込んでこないじゃないか! ちゃんと本気でかかってこい! これは勝負だぞ!? 勝負で手を抜くって事は相手を馬鹿にしてるってことだ!! お前はボクを馬鹿にしてるのか!?」
ヨハンは悔しそうに叫んだ。
……ヨハン。
いや、お前さっき自分で言ったこと覚えてるか????
「……なるほど。それは確かにそうですね」
魔王が静かに応えた。
思わず「え?」と振り返ってしまった。
魔王の雰囲気が明らかに変わったのだ。
「申し訳ありませんでした、ヨハン様。確かにその通りですね。では少し本気を出しましょう」
と、魔王が鋭く剣を構えた。
明らかに雰囲気が変わったので、ヨハンも含めテディもケイティも驚いたような顔をしていた。
もちろん、おれは慌てた。
ちょ、ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!?!?!?
それはダメだろ!?!?!?!?!?
お前が本気なんて出したらヨハンが死ぬだろ!?!?!?!?!?
おれは素早く魔王の視界に入る場所へ移動し、懸命にサインを送った。
本気はダメだ!!!!!
(相手の挑発に)のるな魔王!!!! (正気に)もどれ!!!!
「……?」
魔王は怪訝そうに小首を捻った。
どうやらおれのサインはまるで通じてないようだ。
「ぐ……ッ!! このッ!! こっちだって本気の本気だッ!! 怪我してもしらないぞッ!!」
ヨハンが魔王に突っ込んでいった。
魔王はすぐに構えた。
あ、これはやばい――
とっさにそう思った。
魔王の一撃は、明らかに剣を扱うような構えではなかったのだ。まるで鈍器を思いきり振り回すかのような振りかぶり方だった。
ブオン!!!!!!!!!!
空気をぶった切るような音がしたかと思うと同時にヨハンが吹っ飛んでいた。
ついでにヨハンの木剣はへし折れて真っ二つになっていた。
「な――」
その光景がやけにゆっくりと見えた。
吹っ飛んだヨハンはそのまま地面をごろごろと転がり、やがて止まった。
静寂が舞い降りた。
……ちょ。
ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいい!?!?!??!?!?!?
何してんの!?!!?!?!?!?
マジで吹っ飛ばしてんじゃねえか!?!?!?!?
おれは焦ったが、すぐに「いや待てよ?」と思った。
……いや、いくら何でも魔王だって本当に本気を出すはずがない。なんせ相手は子供だ。
ヨハンが本気を出せと言ったから、それに応えるようなフリをしただけだろう。
きっと派手に吹っ飛ばしたように見えて、うまく力を加減したに違いない。吹っ飛んだのは魔力の流れがどうたらのあれでそうなったに違いない。
ああ、きっとそうだ。そうに違いない。
そうだろう、魔王!?
バッ!! とおれは魔王を振り返った。
「……」(あ、やっべ。ちょっとやり過ぎたかも……)
と、魔王の顔がちょっと青くなっていた。
「ヨ、ヨハン様ー!?」
おれは慌ててヨハンに駆け寄った。
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