30,ヨハンの実力

「ぐえー」


 にされた。

 おれはまるでぼろ雑巾のように地面に転がっていた。


「ストーップ!! そこまで!!」


 ケイティが待ったをかけておれたちの勝負をやめさせた。

 彼女はすぐにおれの元へ走ってきた。


「だ、大丈夫かシャノン!?」

「うーん……ダメかもしれないです……」

「ちょっと待っていろ! すぐに傷薬を持ってくる!」


 ケイティは慌てて走り去っていった。


「……ボロ負けではないか」


 魔王が近寄ってきておれをつんつんしてきた。

 地面に倒れたままのおれは為す術もなく魔王につんつんされた。


「くっ……気をつけろ魔王……ヨハンのやつメチャクチャ強いぞ……!?」

「いやお前がクソ弱いだけでは????」

「いやマジで強いんだって!? ちょっとビビったわマジで!?」

「……」(ナメクジを見るような目)

「その目は信用してねえな!? いいか、なら今起こったことをありのまま話すぜ!? おれはヨハンに打ち込んだが、気が付いたら地面に倒れていた……何を言ってるか分からねーと思うが、おれも何をされたのか分からなかった……ッ!!」

「いやそれ単純に打ち返されただけでは????」

「くそ、ヨハンめ……! 何か大貴族特有のすごい必殺技を隠してやがったな……! そうに違いない……! 汚いさすが大貴族汚い……!」

「いや単純に腕の差で負けただけだと思うんだが????」


 そんなことを魔王と言い合っていると、ヨハンが向こうから近づいてきた。

 倒れたまま地面から見上げると、ヨハンは勝ち誇ったような顔をしていた。


「へへん、どんなもんだい。ボクこれでも剣術には自信あるんだよね。相手が年上でも負けるつもりはないよ。ま、シャノンも動きは悪くなかったけど……ボクから見れば全然ダメだったね。もっとたくさん稽古した方がいいよ?」


 年下(※精神年齢差およそ70歳)に思いきり見下された。

 ……こ、こんなクソガキにあっさりやられるなんて……おれが前世で積み上げたものはいったい何だったんだ?

 おれは身体の傷よりも深い傷を心に負った。


 心身共に朽ち果てたおれを尻目に、ヨハンは魔王に向き直った。

 いかにも余裕そうな顔だった。


「じゃあ、これでエリカと勝負できるね。大丈夫だよ、ボクもさすがに女の子には本気は出さないし。シャノンよりも手加減してあげるよ」


 ……ん? あれ?

 おれってもしかして手加減されてたの……?

 10歳の子供に?

 心の傷がさらに深くなった。


「……それはお気遣いありがとうございます、ヨハン様」


 魔王は立ち上がると、いつものエリカスマイルを浮かべた。

 だが……不思議といつもより迫力があるように見えた。


「ですが、そのお気遣いは必要ありません。最初から本気を出した方がいいですよ? でないとわたしの方が勝ってしまいますから」

「……なに?」


 余裕そうだったヨハンの顔が一瞬で険しくなった。

 一方、魔王は鉄壁のエリカスマイルのままだ。

 何やら両者の間に見えない火花が散り始めていた。


 ……な、なんだ?

 魔王のやつ、やけにやる気満々だな……?



 μβψ



 ……さて。

 感触を確かめるために木剣で何度か素振りした。

 ふむ。ちと軽いな。


「おい、エリカ。防具を着け忘れてるぞ」


 と、ヨハンが妾に言った。

 なので、妾はこう答えた。


「いえ、必要ありません。むしろ動くのに邪魔ですから」

「……なに? 防具がなかったら怪我するぞ?」

「あらあら、ヨハン様は怪我するのが怖いのですか? あれだけ自信があったわりには臆病なのですね?」

「!?」


 ヨハンは驚いた顔をすると、すぐに自分の防具を脱ぎ捨てた。


「さあ、来いエリカ! ボクだって防具なんて必要ない!」


 ヨハンが大声を出した。

 どうやらやる気は十分な様子だ。


 妾は木剣を構えてヨハンと対峙した。

 すると、ヨハンも構えた。

 その構えた姿勢を見て、少し感心した。


 ……ほう。こいつ思ったより出来るな。

 こいつらの剣術とやらの型はよく分からんが……隙がないのは分かる。


 そう、ヨハンには隙がなかった。

 ……なるほど。これは確かに認識を改める必要があるな。

 所詮は子供だと思っていたが、大賢者の言うとおりヨハンはこちらが想像する以上に出来る相手のようだ。


 ……と言ってもまぁ、思ったよりも出来ると言った程度ではあるが。

 このまま修練すれば、将来は立派な戦士になるだろう。

 いや、ここでは戦士ではなく〝騎士〟と言うのだったか。


 だが、今はまだ子供だ。

 妾から見れば、撫でるだけで飛んでいきそうな相手だ。


 ……まぁ、大賢者あいつの仇くらいは取ってやるか。

 普段ならこんな子供相手にムキになるようなことはないのだが、今は不思議と少し手に力が入っていた。


 ……おっと、いかんいかん。

 あまりやり過ぎたらあいつがうるさいからな。

 ちゃんと手加減せねば……。


「両者とも準備は良いか?」


 テディが交互に妾たちを確認した。防具がないことを咎める様子はなかった。ふむ、無粋なことは言わぬか。さすがはテディだ。


 どちらも頷くと、テディはすぐに開始の合図をした。


「では、始めッ!!」


 すぐにヨハンは突っ込んできた。

 先手必勝、というつもりだろう。

 思ったよりも素早く、そして踏み込みもしっかりしていた。得物の先がまったくブレていなかった。


 どうやら本当にらしい。

 ちょっと感心してしまった。

 年齢を考えれば十分な動きだ。


 だが……妾には止まって見えるほど遅かった。

 ヨハンの打ち込みを防いだ。

 こんな軽い打ち込みなら片手でも十分だったが、見せるために木剣を両手で握り込んでいた。


「な――ッ!?」


 ヨハンがかなり驚いた顔をした。

 さぁ、どうする?

 ムキになってすぐに打ち込んでくることを想定していたが、しかしヨハンはすぐにこちらから距離を取った。


 ……おや?。

 すぐに打ち返してこなかったな。

 ほほう、とまたもや感心してしまった。

 こいつ、咄嗟の判断も悪くないな。


「――」


 ヨハンの顔から余裕が消えていた。

 気配がより鋭くなったような気がする。

 ……なるほど。


 妾はほんの少しだけ口元に笑みが浮かんだ。

 これは――思ったより面白くなるかもしれんな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る