第七章
33,母親
で、結局一人でヨハンを追いかけてきた。
テディに連行された魔王のことは諦めた。
「どこ行ったんだろうな、ヨハンのヤツ……?」
廊下をきょろきょろしていると、向こうから誰かやってきた。
「……ん? あれ、ケイティか?」
ケイティだった。
……あれ? 一人だな?
ヨハンの姿はなかった。見つからなかったのだろうか?
おれは彼女に駆け寄ろうとして、そこでふと気が付いた。
ケイティは少し肩を落としているように見えた。
前も見ずに、手元に目を落としながら歩いているのだ。
……どうしたんだ? 見るからに元気がないな?
「ケイティ様、ヨハン様はどうなりましたか?」
近づいて声をかけると、ケイティはハッとしたように顔を上げた。
慌てて手に持っていた物をポケットに入れようとしたようだったが、うっかりそれを落としてしまった。
それはロケットペンダントだった。パカッと開いて中に写真を入れておいたりするやつだ。
ケイティはすぐにそれを拾い上げたが……おれにはペンダントの写真がちらっと見えてしまった。
あれ、今のって……もしかして二人の母親の写真か?
おれは昨日の肖像画の女性を思い出した。
ケイティはすぐにペンダントをポケットにしまった。
「あ、ああ、シャノンか。あいつならいま、自室でウラに治療してもらっているところだ。まぁ擦り傷ばかりで大した怪我はないそうだ」
「そうですか……それは良かった。すいません、エリカのことは後で叱っておきますので……」
「叱る? 別にその必要はない。むしろちゃんと本気でやってくれて感謝するよ」
ケイティは少しだけ笑った。
……なるほど。ケイティもマギル家の人間ということか。
そう思ったのだが、何だかケイティは少し浮かない顔をしていた。
やはり、明らかに元気がない様子だ。
「……あの、どうかしました?」
「何がだ?」
「いえ、元気の無い顔をしているように見えるんですが……」
「……わたしはそんな顔をしているか?」
「はい。見るからにもう」
おれが頷くと、ケイティは笑った。
それはちょっと自嘲気味な笑顔だった。
「そうか……この程度で感情を表に出すなど、わたしもまだまだだな。ヨハンのことは言えないな、まったく。実はさっき、あいつに二度と顔も見たくないと言われて部屋から追い出されたのだ。だから治療はウラに任せてきた」
「……え? ヨハン様がそんなことを言ったんですか?」
「ああ、きっぱりとな。はは、さすがにちょっとショックだったな……」
「……ケイティさん」
「まぁ、仕方あるまい。さっきの言葉は君も聞いていただろう? 確かにあいつの言うとおりだ。わたしはいつもあいつのことを偉そうに叱ってばっかりだったからな。まぁ、こんな姉では嫌われて当然ということだろう。というか、自分では嫌われても構わないというつもりでやっていたつもりだったのだが……実際に言葉にされると思ったよりきついな」
と、ケイティは仕方なさそうな笑みを見せた。
それからぽつりと漏らした。
「母上がいてくれたら、こういう時なんというのだろうな……」
どこか縋るような言葉だった。
恐らく無意識だったのだろう。
ケイティはすぐにハッとしたようだった。
「いや、すまない。今のは独り言だ。気にしないでくれ」
「すいません、さっきちらっと見えてしまったんですが……ペンダントの写真って、やっぱりお二人のお母様ですよね?」
おれがそう言うと、ケイティは驚いた顔をした。
「そうだが……なぜ母だと分かった?」
「お二人のお母様のことは、昨日ヨハン様から聞きましたので……」
正直、かなり不躾なことを言っている自覚はあったが……さっき彼女が見せた表情のことがどうしても気になったのだ。
ヨハンが母親のことを口にした時、ケイティは本当にショックを受けたような顔をしていた。
ヨハンがつい感情的に言ってしまった言葉は、恐らくヨハンが思っている以上にケイティのことを深く傷つけてしまったのではないだろうか。
でなければ、あの凛とした顔がこんなにも情けない顔になったりはしないはずだ。
部外者が踏み込んでいいような話ではないとは思うのだが……こんな顔をしているケイティを放ってはおけなかった。
「お二人のお母様はその……すでに亡くなっているんですよね?」
「ああ。六年前だ。ヨハンがまだとても小さい頃だった。わたしもちょうど今のあいつと同じくらいの年齢だったよ」
「どんな人だったんですか?」
「そうだな……太陽のように明るくて、本当に素晴らしい人だったよ。わたしもあいつも、そんな母上のことが大好きだった」
ふっ、とケイティの表情が綻んだ。
おれは黙って彼女の話を聞いた。
「だが、あいつはわたし以上にとにかく母上のことが大好きでな。そんなヨハンのことを、母上もとても可愛がっていた。子供ながらにちょっと嫉妬したこともあった。だが――重い病が発覚してから、母上はほんの1年足らずで死んでしまった。本当にあっという間だった」
「……」
「母上は死の間際、わたしに『ヨハンのことを頼む』と言った。わたしは母上の痩せ細った枯れ木のような手を握ってこう言ったよ。任せてください――とな。あいつは長男だから、いずれこの家の家督を継ぐ身だ。甘やかすことはあいつのためにはならない――そう思って、ずっと厳しく接してきた。それで母親の代わりを務めているつもりだったんだ。だが……さっきはっきりと分かったよ。わたしはただ、あいつに負担を強いていただけだったんだとな」
はあ――と深い溜め息を吐いてから、彼女は再びハッとしたような顔になった。
「って、すまない! 君にこのような話を聞かせてしまって……! わ、忘れてくれ!」
「……ケイティ様は、とてもヨハン様のことを大事に思ってらっしゃるんですね」
「え?」
「大丈夫ですよ、ケイティ様。あなたの気持ちはきっとヨハン様にも伝わりますから。今はほんの少しだけすれ違いが起きてるだけです」
「……シャノン?」
「大丈夫です、ぼくに任せてください」
おれはケイティに向かってサムズアップしてみせた。
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