16,派閥争い

「これで登録ができたので、お二人は貴族街に入ることができます。身元保証人はテディ様ですし、基本的にはもう出入りは自由ですよ。こうやって一度でも登録してもらったら、後はいちいち身分確認などは必要ありません。次からは普通に城門を素通りできますよ」

「……そうなのですか? それでどうやって登録している人間かどうか判別するのでしょう?」

「この城門には監視用の魔術道具がありますから。登録されていない人間が入ろうとしたらすぐに分かります。その場合はすぐに門番が飛んできます」

「ははあ……魔術道具というのはすごい物なのですねえ」


 魔王は感心した口ぶりで頷いていた。

 そう、魔術道具というのは本当に便利なのだ。

 これがあるとないとでは社会基盤の質は大きく変わると言っていいだろう。


 魔術がなければ人間は全てを人間の手で作業しなければならない。

 労働を代替させられるのは馬や牛、犬などといった家畜だけだ。それでも単純労働を代替させることしかできない。


 だが、魔術によって生み出された道具や機械があれば、人間は様々な単純労働をそれらに代替させることができるようになる。

 これはおれが昔から思っていることだが、人間がやるべき労働というのは〝想像的労働〟であり、なるべくその時間を増やすべきなのだ。


 〝非想像的労働〟は全て機械に代替させればいい。

 そうすれば人類社会全体の進歩は格段に早まり、より豊かになっていくはずである。進歩した人間の文明は、いつかやがてへ行くことだって出来るはずだ。


「貴様ら、道を開けろ!」


 なんてことを思っていると、城門を機械馬きかいばの集団が通っていくのが見えた。

 城下街の方から貴族街へと入っていくところだ。


 見たところ、全員が騎兵のようだった。けっこうな人数だ。

 そいつらが現れるや否や、他の馬車や陸行艇は慌てて道を開け始めた。

 ……もしかして近衛騎士団だろうか? いや、いまは守備隊と呼ぶんだったか。


「そこの者! はよどかぬか! 我々が通れないだろう!!」


 先頭の騎兵が声を荒げて、無理矢理に道を開けさせていた。

 そいつらが通るために他の馬車や陸行艇は道の端に避けて停まるしかなかった。

 わざわざど真ん中を通っていく必要もないだろうに、そいつらはまるで我が物顔で道を進んでいった。


「……なんか、随分と横柄な人たちですね。もしかしてあれが近衛守備隊ですか?」


 おれが訊ねると、リーゼは少し難しい顔をした。


「ええ、あれは第1近衛守備隊です。いわゆる〝一番隊〟ですよ」

「この国の近衛騎士ってあんなに横柄おうへいなんですか?」

「あんなに偉そうなのは一番隊と二番隊だけです。三番隊と四番隊はちゃんと騎士道と礼節を重んじています。連中とは違いますからね」


 リーゼの言葉におれは「おや?」と思った。彼女にしては珍しく声の響きにけんがあったからだ。


「リーゼさんが所属している守備隊とはまた別なんですか?」

「近衛守備隊は全部で四つありますが、わたしが所属しているのは第3近衛守備隊――ようは三番隊です。一番隊と二番隊はティンバーレイク家の派閥ですから、わたしたち三番隊、そして四番隊とは犬猿の仲なんですよ」

「ティンバーレイク?」

「中央の大貴族です。いまはノアという男が当主ですが、そいつが現在の近衛守備隊の総長です。一番隊、そして二番隊は実質的にノアの直轄部隊ですからね。だからあんなに偉そうなんですよ」

「三番隊と四番隊はまた違う派閥なんですか?」

「ええ、わたしたちはマギル家の派閥です。この国ではもう何年も前から、守備隊はティンバーレイク家とマギル家の派閥で大きく分かれているんです」

「派閥、ですか」


 ……なるほど、貴族同士の派閥争いか。

 いつの時代になっても貴族社会ってのは変わらないな。

 それにしても、と思った。マギル家と言えばテディの家のことだ。テディは自ら率先して派閥争いなんてするような性格には見えないけどな……?


「ダリル様のご両親が一番隊におられた時代は、あのようなことはなかったらしいですけどね」


 ふとリーゼが漏らした言葉に、おれは思わず顔を上げていた。


「……え? それって……ぼくの祖父母のことですよね? 確かヨーゼフとカサンドラっていう名前の……」

「そうです。当時はノア・ティンバーレイクが一番隊の隊長でヨーゼフ様が副隊長でしたが、まだ若かったノアに代わって実質的に隊をまとめていたのはベテランのヨーゼフ様だったそうです。その頃は隊の規律はちゃんと守られていたと聞いています。あのようになったのはヨーゼフ様たちがいなくなった後だとか……」

「……」


 おれはまるで他人事のようにリーゼの話を聞いていた。

 ヨーゼフ。

 そして、カサンドラ。

 おれはつい最近になってから祖父母の名前や、昔のケネット家のことを聞かされたばかりだ。


 正直、ケネット家が近衛騎士の家系だったと言われてもピンと来なかったし、未だに祖父母の名前にも実感がなかった。

 だから何と言うか、リーゼの話もどこか他人事のように聞こえたのだ。


「シャノンくんは、ダリル様からお爺様とお婆様の話を聞いたことはありますか?」

「いえ、ほとんど聞いたことありません。名前すら最近知ったくらいですから……」

「そうですか……まぁ、ご両親も少し話しづらかったのでしょうね。ケネット家の貴族社会における地位と名誉はハンブルク事件で地に落ちてしまいましたし……それに犠牲になった市民の遺族の中には、ケネット家に対して今もまだ恨みを持っている人たちもいると聞きます」


 その話を聞かされたとき、おれはふとエルマーの顔が浮かんだ。


 ――わたしは妻と子供をハンブルク事件で亡くしておりまして……お恥ずかしながら、それからはずっと独り身なのですよ。


 彼はどこか頼りない、儚い笑顔を浮かべていた。

 エルマーはとてもいいやつだった。

 でも……もしおれがそのケネット家の人間だと分かったら……エルマーはどうしていたのだろうか?


「ですが、お二人のことを直接知っている人間はハンブルク事件のことは誰も信じていません。もちろんわたしもです。まだ小さかった頃ですが、わたしはシャノンくんのお爺様とお婆様には直接お目にかかっていますから、お二人の人となりはよく知っています。本当に素晴らしい人たちでした。騎士としても、人間としても。それは間違いありません。ですから、シャノンくんも祖父母のことを信じてあげていてください」

「……ありがとうございます、リーゼさん。もちろん、ぼくはお爺様とお婆様のことは信じていますよ。父さまの両親なんですから」


 リーゼはおれを見て安心したように少し微笑んだが、すぐに険しい顔に戻った。

 そこには怒りのようなものが混ざっているように見えた。


「あの二人のことを――いや、ケネット家のことをおとしいれたティンバーレイクの連中のことは、わたしも絶対に許せません。シャノンくん、わたしを含め、マギル家の派閥はみんなあなたの味方です。我々はあなたと共に戦いますので安心してください」

「……? えっと、すいません。ってどういうことですか……?」

「――え?」


 おれが首を傾げると、リーゼは完全に虚を衝かれたという顔になった。

 それからすぐに慌てたようになった。


「あ、あれ? シャノンくん、ハンブルク事件のことなどはすでにテディ様から聞いているのでは……?」

「それは聞いています。その事件でケネット家が降格したことも。でも、それがティンバーレイクっていう貴族と何か関係があるんですか?」

「……え、うそ。もしかして、知らないんですか?」

「知らないって何をです?」

「――」


 おれがきょとん、としていると――リーゼは完全にという顔になっていた。やべぇやっちまった、という感じの顔だ。


「……えっと、どうかしました?」

「へ!? い、いえ!? なんでもありません!?」


 リーゼは我に返り、急に慌て始めた。


「い、今の話は聞かなかったことにしてください!」

「いや、そう言われても……」

「と、とにかく行きましょう! いやぁ、久々の王都は空気が美味しいですねえ! ははは!」


 リーゼは明らかに話を誤魔化し、一人で歩き出してしまった。

 おれは訳が分からないので首を捻ることしかできなかった。

 

 ……何だったんだ?

 不思議に思いつつも、とりあえず後ろについておれも歩き出した。


「……ん? どうかしたか、魔王?」


 魔王が後ろを振り返ったまま立ち止まっていた。

 どうやら遠ざかっていく近衛守備隊の連中を見ているようだ。


「……がこの国の〝戦士〟か。随分と程度が低いな」

「え? 何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 魔王は頭を振ってから、おれの横に並んだ。

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