17,貴族街

 城門から中に入ると、がらりと街の雰囲気が変わった。

 城下街が雑多でごみごみした下町といった感じだったのに対し、貴族街は理路整然としたとても綺麗な街並みだった。


 ……ああ、な。

 思わずそう思った。

 いかにも貴族社会らしい街の雰囲気だった。


 いわゆる貴族様式という建造物は、おれの感覚でいう中世の名残を色濃く残している。貴族にとってはそれが〝伝統〟だったからだ。

 どうやら現代でも貴族様式に対する美意識みたいなのは変わってないようだ。


 道は綺麗な石畳で舗装されており、そこを当たり前のように陸行艇や機械馬が往来していた。ここではむしろ馬車の方が少ないくらいだ。

 ……まぁ、普通ならこれだけでも別世界に来たって感じはするだろうな。


 歩いている人たちもみな紳士淑女という感じで、実にお上品な感じだ。いかにも上流階級の世界、って感じがする。ただの通行人のように見えるが、あれはみんな貴族の人間なんだろう。


 城門から入ってすぐはまるで広場のようになっており、その周囲はロータリー交差点になっていた。

 広間の中心には大きな噴水があって、ちょっとした憩いの場のようだ。


「ちょっと待っててください。迎えを寄越してもらえるように連絡してくるので」


 そう言って、リーゼは近くにあった小さな細長い箱の中に入っていった。

 人が一人入れるくらいの、小さな細長い箱だ。それがいくつか道ばたに並んでいた。


「……? あれはなんだ?」

「ああ、たぶんあれは〝伝話機でんわき〟だな」

「なんだそれは?」

「遠くにいる人間と話すための魔術道具だよ。ちなみに街中にああやって設置されてるのは公衆伝話って言ったりする」

「どういう原理で遠くの人間と会話するのだ?」

「魔力導線で機械が繋がってて、音声を魔力信号に変換してやりとりするんだ。伝話機はその信号の変換と復調を行うためのものだ」

「なるほど……分からん」


 魔王は腕を組んで大きく頷いた。

 ……しかし、街並みを見る限りでは本当に昔の貴族の街そのものって感じだな。

 特に目新しい物はない。おれが知っているようなものばかりだ。


 そう、本当におれが知るの街並みだ。

 ……これが〝現代〟の貴族社会か。

 これまでずっと辺境で平民と同レベルの生活をしていたおれからすれば本当に別世界のようなところだが……でもやっぱりなんだな。


 以前、機械馬の魔術回路を見た時からおれはずっと疑問だった。

 それは、どうして200年も経ってるのに魔術がまったく進歩してないのか、ということだ。


 もしかしたら、たまたまテディたちの装備が旧式だっただけなのかもしれない。

 そういうことも考えたが、ここに来てはっきりと分かった。

 


 陸行艇や機械馬がさっきからずっと往来を行き来しているが、どう見ても昔と同レベルの代物だ。そりゃ外装は違うが、それだけだ。多分、使われている魔力機関や基本構造は昔のままだろう。

 街並みだってそうだ。何も変わってない。


 ……いや、200年だぞ?

 それだけあればもっと技術だって進歩するだろ?

 なのに、どうして何も変わってないんだ……?

 おれはこの目の前の光景に対して、正直なところしてしまっていた。


「しかし、まるで別世界のようだ。これが貴族社会なのか……」


 魔王がきょろきょろと周囲を見回していた。

 何もかもが珍しい――そういう顔だった。


 ……そうだな。普通、田舎から出てきたらこういう反応になるよな。

 おれだって本当の貴族社会へやって来るのはなのだから、表向きはこんな感じにしてないと怪しまれるな。


 ……だが、二百年も経過しているのに新しい技術が生み出されていないわけがない。リーゼの話を聞く限りでは、恐らくそういうのは全て全知教団が独占しているはずだ。

 現代世界の最先端技術がどれほどのものなのかは、やはり教団が保有している技術を知らないとダメだろう。


 おれはまだ教団のことを何も知らない。

 大人たちがみな口を揃えて『決して逆らうな』と声を潜める存在――それが教団に対するおれの認識だが、それ以上のことは何も分かってない。


 ……いったいどれほどの〝力〟を保有していれば、全ての国家を支配できるほどの権力を手に入れられるというのだろう?


 技術レベルもさることながら、恐らく相当な軍事力だって保持しているはずだ。聖騎士団ってのが教団の保有する軍事力の要なのだろうが……しかし、果たしてそれだけで世界を支配することなんてできるだろうか?


 そんなことを考えているとリーゼが戻ってきた。


「テディ様に連絡を取りました。すぐに迎えを寄越してくれるそうです」

「ありがとうございます。これでやっと一休みできますね……」


 おれはほっと一息吐いてしまった。

 ……とりあえず疲れた。できるならふかふかのベッドで一眠りしたいところだ。

 そんなことを思っていると、リーゼがしゃがみ込んでおれたちと目線を合わせた。


「これからお二人はテディ様の邸宅――マギル家へ招かれるわけですが……マギル家はこの国ではかなり家格の高い大貴族です。これまでと色々と勝手が違って戸惑うかもしれません。でも、マギル家の方々はとてもいい人たちばかりですので、そんなに心配しないでも大丈夫ですよ。中央貴族の中には地方貴族を露骨に見下しているような輩もいますが……テディ様を含めて、あの家ではそのような方はいませんからね。自分の家に帰るような気持ちでいてください」


 にこり、とリーゼは笑顔を見せた。

 きっとおれたちを安心させようとしてくれているのだろう。確かに子供が二人で見知らぬ土地で見知らぬ家に行くのだ。普通は心細くて当たり前だと思う。リーゼはおれたちが心細くならないようにと思ってくれているのだ。


「ありがとうございます、リーゼさん。でも大丈夫ですよ。の家ですし、そんなに心配はしていません」


 おれがそう答えると、リーゼはちょっとくすりと笑った。


「まぁ、それはそうですね。あ、でもラファエル様には少し気をつけた方がいいかもしれませんね……」

「ラファエル様、ですか?」

「ええ。テディ様のご子息です。見た目は似てますが、性格はあまり似てないんですよね。マギル家の家督や近衛守備隊副総長の座は全てラファエル様が継いでいますから、まぁ現在のわたしにとっては直属の上官のようなお方なんですが……よく怒られるんですよねえ……寝坊とか遅刻には殊更厳しくて……」

「へ、へえ、そうなんですか」


 はあ、とリーゼは溜め息を吐いた。

 いや、それは寝坊や遅刻をする方が悪いのでは……? と思ったが口には出さなかった。ていうか一応部下を預かる身なのに遅刻とかしてるのか、こいつは……?


「というか、それならテディ様ってとっくに隠居してるはずですよね? どうしてフォ――ワイバーンの討伐にテディ様が参加してたんです?」

「まぁ、そこはテディ様ですから……としか言えませんねぇ。それに副総長の座こそ譲りましたが、騎士としては現役ですからね、あの人は。今でも守備隊で剣術指南役を務めていますし、陛下からの信頼も厚いので助言役として側近扱いにもなっています。隠居からはほど遠い生活を送っていますよ」

「……」


 ……王様の側近?

 あれ? もしかして、テディってものすごいやつなのでは……?

 おれは本当に今さらそのことに気がつき始めたのだった。

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