第四章

18、テディとの再会

 それからしばらく城門前広場で待っていると、おれたちの前に一台の陸行艇がやって来た。

 いかにも高そうな、立派な陸行艇だ。

 戦場で使われる陸行艇は装甲が厚く、機能優先でいかにも無骨な見た目をしているが、貴族が普段使いするようなやつは逆に見た目重視だ。


 基本的に陸行艇に車輪はない。

 その代わり、停止する時のために接地用のバーが艇体下部に備わっている。ソリで言うところのソールみたいなものだ。


「お待たせ致しました、リーゼ様。お迎えにあがりました」


 陸行艇が地面に接地し、中から運転手らしき男が降りてきた。

 いかにも執事という感じの初老の男だった。白髪頭を綺麗に撫で付けて、鎖のついた片眼鏡をつけている。ザ・執事だ。


「ご足労頂いて申し訳ありません、ラルフ殿」

「いえいえ、滅相もございません」

「二人とも、こちらはラルフ殿です」

「初めましてシャノン様、エリカ様。わたくし、ラルフ・ゴルツと申します。マギル家の側仕えをしております。以後お見知りおきを」


 ラルフは優雅に頭を下げた。

 おれも慌てて頭を下げた


「い、いえ、こちらこそ。シャノン・ケネットです。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 にこり、とラルフは紳士の笑みを浮かべた。

 ……さすがは大貴族の側仕えだ。風格が違うな。

 大貴族の側仕えなら、きっとラルフは中貴族とかだろうな。

 そんなことを考えていると、魔王が一歩前に出た。


「初めましてラルフ様。エリカ・エインワーズと申します。よろしくお願い致します」


 魔王――いや、〝エリカ〟はとても優雅にスカートを摘まんで一礼した。

 その所作には隙がなかった。思わず見蕩れてしまうほど完璧な礼だったと思う。

 ラルフも「ほう……」と驚いた顔をしていた。


「これはどうもご丁寧に……ですがエリカ様、わたくしのことはラルフとお呼びください。お二方はテディ様のお客様でいらっしゃいますからね」

「分かりました。それではラルフさんとお呼びさせて頂きますね」


 にこり、と魔王はパーフェクトエリカスマイルを浮かべた。

 いつも思うけどこいつ外面だけはマジで隙がねえな……?


「さぁみなさま、長旅でお疲れでございましょう。お乗りください」


 ラルフは後ろのドアを開けた。

 ……ええと。

 これ、おれたちが乗っていいんだよな?

 なんかめちゃくちゃ高そうな陸行艇だけど……。


 ラルフの運転してきた陸行艇は派手ではないが、いかにも高級感溢れる黒塗りの陸行艇だった。これだけ見ても家格の高さが窺い知れるというものだ。


「ありがとうございます」


 やや躊躇っていたおれを尻目に、魔王は何の躊躇いもなく後部座席に乗り込んだ。

 おれも慌てて後に続いた。

 乗った瞬間、シートの柔らかさに驚いた。おれの使っていたベッドよりよほど寝心地が良さそうだ。


「……お前、こういうところでは一切躊躇いとかないよな。それに相変わらず外面だけは完璧だし」

「ふん。例え場所が違っても大事なのは〝風格〟だ。人の上に立つ者として恥ずかしい真似はできんのでな」


 と、魔王は余裕たっぷりに答えた。

 溢れ出る王者の風格を感じたような気がした。

 リーゼは助手席に乗り込み、それからラルフは運転席に回り込んだ。


「それではみなさま、出発いたします」


 ラルフが手元にある魔石に触れると、魔力機関が動き出して陸行艇が小さく振動し始めた。

 使用者であるラルフと同期して、その魔力を元に魔力機関が稼働を始めたのだ。


 だが、陸行艇は機関の微細な振動で揺れるくらいで、他に大きな振動はない。馬車に比べればその乗り心地は段違いだ。


「……おや? おい、大賢者。この馬無し馬車はいつ動き出すのだ?」

「もう動いてるよ。窓の外見て見ろ」

「へ?」


 魔王は窓の外の景色を見てから、慌てておれを振り返った。


「お、おい。この馬無し馬車走ってるのに全然揺れておらんぞ?」

「陸行艇は地面から浮いてるからな。よほどの荒れ地でもなきゃ、どんな道を走っててもこんな感じだよ」

「ほう……そういうものなのか。そう言えばこれはどうして浮くのだ?」

「簡単に言うと風元素への干渉で、この艇体ていたい下部に空気の層を作ってるんだよ。まぁ見えないクッションがあるような感じだ」

「ほほう……では、以前言っていたというのが空を飛ぶのも同じようなものなのか?」

「どっちも風元素への干渉という点では同じだけど、でもそれをどう使うかってところが違うな。陸行艇が地面から浮いてるのは風元素のヴェンゲロフスキー効果を利用したものだけど、飛行艇が空を飛ぶのはハーゲンの浮動定理に基づいているからな」

「なるほど……やっぱり何も分からん」


 魔王は腕を組み、大きく頷いていた。



 μβψ



「到着いたしました」

「……」


 陸行艇から降りたおれは口を開けたまま目の前の館を見上げていた。

 デッッッッッッカ!!!!!

 庭広ッッッッッッ!!!!!


 しばらく語彙力が死んだ。

 中央の大貴族ともなればさぞ豪華な家に住んでいるんだろうとは思っていたが……完全に想像を超えてきた。


「さあ、みなさま。こちらへどうぞ」


 ラルフに案内されて、おれたちは館の中へと足を踏み入れた。

 入った瞬間、感じたのはだった。

 天上を見上げると豪華なシャンデリアがぶら下がっていたが、それが広い館の中を煌びやかに照らしていた。


 ……あれはオイルランプとかじゃなくて魔石灯ませきとうだな。

 光源が魔石灯ということは、あれは魔術道具ということだ。きっとどこかにスイッチがあって、それを押せば付けたり消したりできるはずだ。


 これが蝋燭やオイルを使ったシャンデリアならいちいち降ろして火を点ける手間があるが、魔石灯ならその手間は必要ない。魔力導線さえ繋がっていればいいのだ。

 ……明かりがあるだけでこんなに感動するとは。


 まだ昼間だから分かりにくいが、夜になれば魔石灯の明るさのありがたみがもっと分かるだろう。蝋燭やオイルランプの明かりでは夜の暗がりを完全に消すことは出来ないが、魔石灯があれば家の中はまるで昼間と同じくらい明るくできる。そうなれば生活はがらりと変わるだろう。


「よく来たな、二人とも!!」


 その時、暑苦しい声がロビーに響いた。

 こ、この声は!?

 聞き覚えのある暑苦しい声だった。聞き間違えるはずがない。


 バッ――と振り向くと、そこにはガタイだけはやたら良いくせに顔面だけやたら可愛い熊の姿があった。

 な、なんか変な人いるけど!?!?


 と思っていたらそいつは仮面を外してニヤリと笑った。

 その凶悪な顔面は紛れもなくテディだった。


「な、なんだテディ様でしたか。そんな変な仮面つけて、てっきり変態かと思いましたよ」

「久々に会って第一声がそれか!? ていうかこれお主にもらったやつだぞ!?」

「え? そうでしたっけ?」

「あれ!? 完全に忘れておる!? けっこう大事に取っておいたんだが!?」


 ああ、そういや確かにあげたな。

 完璧に忘れてたわ。ははは。


「これはテディ様。ただいま戻りました」


 すかさずリーゼが片膝を突いた。

 テディは鷹揚に頷いた。


「うむ。今回の勤め、まことにご苦労であったなリーゼよ。報告はすでに入っておるぞ。道中で盗賊を捕まえたそうだな。素晴らしい功績だ。陛下も褒美を取らすと仰っておられたぞ」

「褒美など恐れ多い。わたしは何もしていません。騎士として当たり前のことをしたまでです」


 リーゼはキリッとした顔で答えた。

 まぁ実際何もしてないんだが……。


 というか、おれたちはさっき王都に着いたばかりなのにすでにテディの元には報告が入っているのか。


 ということは、国内の主要なところには通信網が敷かれているということだな。


「ふ、謙遜しおるか。そういうところはお前らしいのう、まったく」


 テディは笑った。

 謙遜ではなく事実だが……と、おれは心の中だけで付け足しておいた。

 くるり、とテディはおれと魔王に改めて向き直った。


「さて、それでは再会の仕切り直しといこうではないか。待っておったぞシャノン、そしてエリカよ!! さぁ、久々の再会である!! 遠慮無く我が輩の胸に飛び込んでくるがよいぞ!!」


 テディはバッ!! と大きく両腕を広げた。


「すいませんテディ様、それは遠慮しておきます」


 魔王はエリカスマイルで断った。

 テディはショックを受けた顔をした。


「な、なにぃ!? なぜだ!?」

「暑苦しいので」

「ガーン!!」


 言葉のチョイスに遠慮がなさ過ぎた。


「で、ではシャノンだけでも……」

「あ、すいません。ぼくも遠慮しておきます」

「なぜだぁ!?」


 テディには悪いが、おれはおっさんの胸に飛び込む趣味はない。

 まぁリーゼの胸になら飛び込んでもいいけどな。

 というかむしろ是非飛び込みたいでござるなぁ、デュフフ。


 ぎゅー。


 なんて思っていたら脇腹をつねられた。




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