4,トラブルメーカー
「さあ、駅に着きましたよ。ここから馬車に乗ります」
リーゼに連れられて〝駅〟までやって来た。
ここから駅馬車に乗るようだ。
けっこう大きな建物で、中には大勢の人間たちがいた。誰も彼も大きな荷物を抱えている。
「リーゼさん、あそこに受付みたいなのありますけど行かないんですか?」
「あれは平民用の受付ですよ。貴族の受付はこっちです」
と、リーゼはすたすたと建物の奥へ向かった。
ああ、平民と貴族で受付が分かれてるのか。
おれと魔王は後に続いた。
何気なく建物の中から外を見ると、普段見るよりもずっと大きな馬車の姿が目に入った。
「あそこに見えてるのは貴族用の駅馬車ですね。平民用よりはかなり大きいみたいですよ」
「へえ、そうなんですね」
リーゼの説明を聞きながら頷いた。
確かに、貴族用の駅馬車というやつは普段そこらへんで見る馬車よりもずっと車体が大きかった。あの大きさなら十人以上は乗れるだろう。
見たところ一台に対して馬が六頭いる。どれもかなり立派な馬だ。ヒンデンブルク号が華奢で小さく見えるくらいの馬ばかりだ。
あの馬が六頭で引っ張るなら、あれだけ車体が大きくても大丈夫だろう。
……おや? 馬車だけじゃなくて騎兵の姿もあるな。
騎兵、と言っても乗っているのは馬だ。
多分、あれは馬車の護衛なのだろう。さすがに貴族の馬車ともなると護衛くらいはついているようだ。
おれはリーゼを振り返った。
「ところでリーゼさん、もう馬車の席は取ってあるんですか?」
「ええ、もちろん。そこはばっちりです。抜かりありません。ここに到着してから、全ての手筈は整えておきましたから。手続きさえすればすぐに乗れますよ。全部このわたしに任せてください」
ははは、とリーゼは余裕たっぷりに笑った。
μβψ
「ええ!? もう王都行きの馬車が出発した!?」
リーゼの驚いた声が周囲に響いた。
「い、いや、でもほら! まだ時間になってないですよ!?」
リーゼは懐から懐中時計を取りだして、受付に見せた。
お、懐中時計だ。さすがは中央の貴族だな。時計って高いんだよな。
時計を見たお姉さんは申し訳なさそうな顔になった。
「……その、お客様。そもそも日付が違っておりまして……王都行きの馬車の出発は昨日です。今日ではありません」
「――へ?」
リーゼの顔がとても間抜けなものになった。
それから段々と青くなり、だらだらと汗が流れ始めた。
「……え? き、昨日?」
「はい。昨日です」
「……」
リーゼは静かにおれたちを振り返った。
「……」
「……」
おれと魔王は無言でリーゼを見ていた。
リーゼは再び受付のお姉さんに向き直った。
「な、何とかなりませんか?」
「次の便をお待ち頂くしかないかと……」
「えっと、ちなみに次は……?」
「ちょうど一週間後です」
「ええ!? 一週間!? なんでそんなに間が開いてるんですか!? 確か三日おきぐらいでしたよね!?」
「それが色々とトラブルがありまして……」
「こんな時に!? で、でもあそこに馬車がありますよ!?」
「申し訳ありません、あれは別の路線の馬車なので……」
「そ、そんな……どうにか、どうにかなりませんか!?」
「平民用の馬車に乗るという手もなくはないですが……」
「そ、それだ! それで行きましょう!!」
「実は、そちらも色んなトラブルが重なっておりまして……どっちにしろもう来週までは王都行きの馬車はありません」
「詰んだー!!」
リーゼはその場に崩れ落ちた。
μβψ
「はぁ……さっそくドジをやらかすとは……うう、穴があったら入りたい……」
おれたちは駅の前に出ていた。
リーゼはベンチに座ってがっくり項垂れていた。見てるだけで気の毒なほどの落ち込みようだ。
……いや、さすがに一週間もここで待ちぼうけをくらうのはこっちも困るしな。
ううむ、何とかならないものだろうか……?
「大賢者よ、妾に妙案があるぞ」
つんつん、と魔王がおれの肩を突っついてきた。
思わず驚いてしまった。
「なに? 本当か?」
「ああ」
むふん、と魔王は胸を張った。
「馬車が無ければ走ればいいのだ」
「無理に決まってんだろ!?」
妙案でも何でもなかった。
こいつには何も聞かないようにしよう、とおれは心に決めた。
「失礼、少しよろしいでしょうか?」
さて本当にどうしようかと頭を捻らせていると、おれたちに声をかけてくる人物が現れた。
恐らく平民だろう。人の良さそうなヒゲもじゃの男だった。身なりはけっこう良さげだ。年齢は40代半ばくらいに見える。怪しい感じではなかったので、あまり警戒心は抱かなかった。
「何でしょう?」
リーゼが立ち上がると、逆に相手は片膝を突いた。
「いえ、何やらお困りのご様子でしたので。もしかしてですが、乗るはずだった馬車がすでに出発してしまったのではないかと思ったのですが……?」
「な、なぜそれを?」
リーゼが驚くと、男は頷いた。
「やはりそうでございましたか。ご様子からしてそうではないかと……おっと、申し訳ございません。申し遅れました。わたくし、商人をやっておりますエルマーと申します」
エルマーと名乗った男は慇懃に続けた。
「実はわたくしは行商の途中でして。これから王都へ向かうのですが……騎士様も王都へ?」
「そ、そうです。王都へ向かいます」
「それはちょうど良かった。でしたら、よろしければわたしの馬車でご一緒して頂けないでしょうか?」
エルマーの申し出にリーゼは飛び上がって喜んだ。
「ええ!? いいんですか!?」
「はい。そちらさえよろしければ、ですが……」
「も、もちろん! こちらこそ助かります! お金もお支払いしますので!」
リーゼが懐からお金を取り出そうとすると、エルマーは慌てた。
「い、いえ! お金など滅相もない!」
「え? ですが乗せてもらうのにお金を払わないわけには……」
「いえ、本当にけっこうなのです。むしろ、こちらがお願い申し上げたいくらいでして……」
「……? えっと、どういうことです?」
「実は……最近このあたりで、タチの悪い盗賊が出るようになりましてね――」
と、エルマーは困ったような顔で事情を説明し始めたのだった。
μβψ
「街道に盗賊、ですか?」
「ええ、最近ここから北の街道にタチの悪い盗賊が出るようになりまして……そのせいで物流にも影響が出ているのです」
「フレンスベルクの守備隊は動いてないんですか?」
「とっくに動いてはいるようですが、どうにも中々捕まえられないようで……」
「でも、わたしがこっちへ来る時は特になにもありませんでしたけどね?」
「狙われるのは護衛のいない、守りの手薄な馬車ばかりですからね。お貴族様の馬車には護衛がついているから、さすがに連中も狙わないのでしょう。つまりわたしのような、個人で移動している馬車は
「なるほど……そういうことですか」
リーゼは大きく頷いて、自分の胸をドンと叩いた。
「そういうことでしたらお任せください。これでも腕には自信があります。程度の低い盗賊など問題ありません。現れてもこのわたしが蹴散らしてやりますよ」
「おお、これは頼もしい……! 是非ともお願い致します!」
エルマーは深く頭を下げた。
その様子を横目で見ながら、おれと魔王は顔を見合わせた。
「……あのセリフ、さっきも聞いたような気がしないか?」
「ああ、妾もそう思っていたところだ」
何となく、先行きに不安を感じたが……まぁ思い過ごしだろう。さすがにそう何度もトラブルに巻き込まれることはないはずだ。
ということで、おれたちはエルマーの馬車に乗せてもらうことになった。
エルマーの馬車は二頭立ての、立派な幌付きの荷馬車だった。さっき駅で見かけた駅馬車に比べれば小さく感じるが、それでも十分立派な馬車だ。
後ろにはたくさん荷物が積み込んであるが、御者席がまるでベンチのように横に広いのでこれなら四人くらい余裕で乗れそうだ。
「こちらの馬車なのですが……」
「とても良い馬車ではないですか。エルマー殿はとても立派な商人なのですね」
リーゼが褒めるようなことを言うと、心配そうだったエルマーは明らかにほっとしたような顔をした。
「そう仰って頂けて何よりです」
「なぜそんなにほっとしているのですか?」
「いえ、リーゼ様たちはお貴族様ですから。荷馬車になど乗れるか、と言われたらどうしようかと……」
「ははは、そんなこと言いませんよ」
リーゼは笑った。
……まぁ、今のおれたちには手段を選んでる余裕などないからな。
おれたちはさっそく馬車に乗った。
左から魔王、おれ、エルマー、リーゼの順番だ。エルマーは手綱を持って御者をするので真ん中だ。
「それではさっそく出発します」
「ええ、行きましょう。まぁ、万が一盗賊が出た場合は任せてください」
「おお、さすがはリーゼ様。近衛騎士様に同乗して頂けて、このエルマーとても心強い次第でございます」
「ふふ、わたしの魔剣にかかれば盗賊などちょちょいのちょいですよ」
ははは、とリーゼは自信たっぷりに笑った。
……不思議と、リーゼが大丈夫と言う度におれたちの不安は大きくなっていくのだった。
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