3,教団の存在
「あの、リーゼさん」
「ん? 何ですか?」
「ふと思ったんですけど……
飛行艇というのは空を飛ぶマギアクラフトのことだ。
陸上用マギアクラフトも地面から浮いてはいるが、あれはただ浮いているだけだ。それとは違い、飛行艇は空を飛ぶための乗り物である。
この時代にも飛行艇の類いは恐らく存在していると思うのだが、それらしい話を今まで聞いたことがない。移動と言えば馬車とか陸行艇とか、陸路を使う物ばかりだ。
これは何気ない質問だったのだが、リーゼの顔が何やら険しくなった。
「……ううん、それは確かにそうですけど……空を飛ぶマギアクラフトは〝禁忌〟に該当しますからね。〝使徒階級〟以外には使用することはおろか、もちろん造ることも許可されてません」
「……禁忌? 使徒階級? なんです、それ?」
おれが首を捻ると、リーゼはおや? という顔をした。
しかし、すぐに納得したように頷いた。
「……そうか、シャノンくんたちはまだそういったことを知らないんですね」
「なんの話です?」
「ええと……二人とも、ちょっと耳を貸して貰えますか」
リーゼはしゃがみ込むと、やや声を潜めた。
おれと魔王は何だろう? と顔を見合わせてからリーゼに近寄った。
「……お二人はまだ小さいのであまり知らないと思いますが、これから先は外で〝教団〟のことを批判したりすることは絶対にしないでください。どこで誰が聞いているか分かりませんからね。これだけは本当に気をつけてください」
と、リーゼはとても真面目な顔で言った。
おれはいつぞやのダリルの言葉を思い出した。あの時のダリルも、今のリーゼのような顔だったと思う。
リーゼは続けた。
「使徒階級というのは、つまり教団に所属する人間のことです。階級制度で言うと〝第一身分〟ですので、〝第二身分〟である貴族階級よりも
「……貴族階級より上って事は、国の王様よりも使徒階級の方が偉いんですか?」
おれが訊ねると、リーゼは頷いた。
「そうです。教団はあらゆる国家の上に君臨する上位存在ですから。教団は魔術知識の全てを独占していると言われています。我々貴族に開示されているのは彼らが保有する魔術知識のほんの一部に過ぎませんし、貴族が勝手に新たな技術を生み出さないように〝禁忌〟を制定しているのです。飛行艇といった空を飛ぶマギアクラフトもそういった禁忌に該当する技術ということですね」
「仮に禁忌を破ったとしたらどうなるのですか?」
魔王が訊ねると、リーゼはさらに真面目な顔になった。
「〝粛清〟されます。教団は、自分たちに逆らう存在を絶対に容認しませんから」
μβψ
「……」
「どうした、難しい顔をして?」
「あ、いや……」
おれたちは再びリーゼの後ろをくっついて歩いていた。
リーゼには聞こえないよう、おれたちは小声で話した。
「ちょっと教団っていう連中のことについて考えてたんだ。前々から名前だけは知ってたが……おれが想像していた以上に面倒で厄介な連中なのかもしれないと思ってな」
「妾も名前だけは聞いたことがあるな。確か
「ああ。どうもこの時代では、そいつらがとんでもない権力を持ってるらしいってのは薄々分かってたが……どういう連中なのかよく分からんな。そいつらのことについて調べると、前世の知り合いの名前がいくつか出てくるんだ。〝教皇〟っていうのが教団のトップらしいけど、その初代教皇はおれの友人だった男の名前で、教団が崇めている女神っていうのがブリュンヒルデ――つまり〝勇者〟の名前なんだ。どっちもおれにとってはかなり縁の深い名前だ」
「……ふむ」
「教団が生まれたのは人魔大戦が終結した後だろう。いまは〝聖戦〟とか言われてるみたいだけど……でも、いったい教団がどういう経緯で生まれたのか、その辺がよく分からないんだよな。間違いなく何かあったはずなんだ。大戦が終結した後に、この人間社会の構造が大きく変わるような出来事が」
「だが、お前は大戦が終結してからしばらくは生きておったのではないか? なのに事情を知らんのか?」
「ぐ……」
痛いところを突かれたのでおれは少し黙ってしまった。
「ま、まぁそう確かにそうなんだけど……おれはずっと森の奥にある館に引きこもってたからな。三十年は誰とも会わなかったし。だから外で何があったのかは知らないんだよ」
「……は? お前、そんなに引きこもってたのか? 誰とも会わずに?」
「そ、そうだよ。何か悪いかよ」
「……何でそんなことしたんだ?」
「べ、別にいいだろ前世のことは。それよりも今のことだ、今の」
おれは話をはぐらかした。
……ブリュンヒルデが友人と結婚して自暴自棄になった、なんて恥ずかしくて言えないからな。
「万が一、その教団っていう連中に目を付けられたら厄介だ。これまでは地方領地の隅っこにいたからあんまり気にしなくてもよかったけど、これからは気をつけて行動する必要がある。もちろんおれもだけど、お前もあんまり目立つようなことはするんじゃないぞ?」
「分かっておる。何事もほどほどにしろ、というんだろう? まったくダリルのやつといい、いい加減耳にタコができるぞ」
「本当に分かってるんだろうな……? 」
「無論だ。これからは熊が現れてもすぐには倒さん。苦戦しながら倒すことにしよう」
「論点はそこじゃないんだが????」
やっぱりいまいち分かってないな、こいつ……?
おれはちょっと真面目な顔をしてみせた。
「まぁ、あれならまだ〝常人離れ〟で済むからいい訳はできる。だが……〝魔法〟だけは人前で使うのを見られたら終わりだ。それだけで魔族だと周囲には認識されちまう。例え肉体が人間で、血が赤くてもな。それだけはマジで気をつけろよ。本当に言い訳できなくなっちまうからな」
「……ふむ」
おれの真剣さが伝わったのか、魔王もさすがに真面目な顔になった。
「分かった。それについては肝に銘じておこう」
「ならいいけど……」
「なに、せっかく許嫁殿が心配してくれておるのだからな。将来の嫁として、そこは素直に聞き入れてやる」
「むほ――ッ!」
魔王はあの顔でニヤニヤと笑っていた。
「誰が、誰の将来の嫁だって!?」
「妾が、お前の」
魔王は自分とおれを交互に指差した。
「なんでそうなる!?」
「なんでそうなるって? おいおい……お前忘れたのか? 妾たちは許嫁なんだぞ? なら将来的には結婚するのは道理ではないか」
「いや、それはそうだけど……!?」
くそ、せっかく意識しないようにして忘れてたのに!?
その話されるとどういう顔していいのか分かんねえんだよ!?
なんせおれはキスすらしたことのない童貞だからな!!!!
「おや、二人ともどうかしましたか?」
思わず大きな声が出てしまったせいでリーゼがこちらを振り返った。
おれは慌てて愛想笑いをした。
「い、いえ、なんでもありませんよ!? ははは!」
「そうですか?」
「ええ、お気になさらないでくださいリーゼさん。他愛のない雑談をしていただけですわ」
おほほ、と魔王はお上品に笑った。
だが、横目では明らかにおれの反応を面白がっていた。
ぐぬぬぬ……ッ!!
こいつ、童貞を
おれは内心で歯噛みしたが――しかしながら、不思議と以前ほど
いや、気がしただけかもしれん。
……正直、そのへんはもう自分でもよく分からなかった。
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