5,絶対にお酒は飲みません!!

 領都を出発して二時間ほど経った。

 今のところ盗賊は現れず、馬車はのどかな街道をゆったりと走っていた。


 天気も良いし、まるでピクニックでもしているような気分だった。

 本当にこんなところでタチの悪い盗賊が出るのか? と思いたくなるぐらいのどかな風景だ。


「ところで大賢者」


 魔王が小声で話しかけてきた。

 おれも小声で応えた。


「何だ?」

「お前、何やら懐に隠し持っているだろう? 何を隠し持っている?」

「あれ? 何で分かったんだ?」

「何となく不自然な魔力の気配がする。お前らが言う魔術道具の気配だ」

「……そんなことまで分かるのか?」

「魔力の存在するものには全て気配があるからな。仮に眼を閉じていたとしても、妾には周りの光景がはっきりと〝視える〟のだ。だからそれぐらいの探知なら余裕だ」

「なるほど……まぁお前にまで隠しておく必要もないか」


 おれはリーゼたちの様子をこっそり確認した。何やら雑談している様子だ。こっちにはまるで注意を払っていない。

 二人からは見えないようこっそりと、隠し持っていた魔術道具を取り出した。

 拳銃ピストルと小型煙幕弾だ。どちらもコンパクトな手のひらサイズだ。


「それは?」

「魔力式の拳銃ピストルだ。2丁用意してる。まぁ意識を奪って行動不能にする程度のものだけどな。でも威力を調節すれば熊だって行動不能にできるぞ」

「仕組みはよう分からんが、その威力で人間を撃ったら死ぬのではないか?」

「威力を抑えれば大丈夫だ。問題ない」←死なないとは言ってない

「丸っこいのは?」

「こいつは煙幕弾だ。周囲を煙だらけにして相手の視界を奪う。ただ携帯用に小さくしてるから一つあたりの効果時間は短いけどな」

「ほほう、でもそれは便利そうだな。対集団戦なら役に立ちそうだ」

「まぁ、どっちもあくまでも自衛レベルの装備だ。普段隠し持っておける武器ってなるとこれくらいが限界だし」


 今回の旅に向けて、おれはせっせと魔術道具をこしらえた。

 特にこの拳銃ピストルはけっこうこだわって造っている。

 魔術道具は複雑な魔術回路を持つものほど小型化するのが難しい。というのも、単純に魔術回路の高密度小型化には限界があるからだ。


 魔術式はあの紋様そのものに意味がある。

 あれは四元素に対して、魔力エネルギーがどう作用するのか、そのを指示するためのものだ。少しでも本来の魔術式の形が失われたり損なわれたりしてしまったら意味がない。


 魔術道具の高密度小型化は技術的な工作精度の問題と密接に関係している。

 極論を言えば、ものすごく精密な機械と理想の素材さえあれば、どんなに複雑な魔術回路であっても目に見えないほど小型化することは可能だ。ただまぁ、現実問題として技術的には不可能だが。


 だからまぁ、普通に考えれば手作業でしかも素材が木と銀蝋ぎんろうしかない状態で、この拳銃に埋め込めるほどの魔術回路を造るのはかなり難しい作業だ。かなり設備が整った環境で、熟練の魔術師が作業してもたぶん難しいだろう。


 まぁそのために色々とあれやこれや工夫して造ったのが、この子供でも扱えるサイズの小型魔力式拳銃ピストルというわけだ。何をどう工夫してこだわったのか説明したらそれだけで五千文字くらいになりそうなのでここでは割愛する。


 騎銃カービンと比べればオモチャのようなものだが、これは携帯性に優れているから常に隠し持っておけるし、自衛手段としての性能は十分にある。

 おれは魔術道具を再び懐にしまい込んだ。


「まぁこの魔術道具も、お前の魔法と同じであんまり人には見せられないものだからな。使うのはいざという時だけだ」


 なるべくそんな機会はない方がいいんだけどな。

 と、この時のおれは思っていた。



 μβψ



「ぐえー……」


 それからさらに一時間ほど経ったあたりで、いったん街道の路肩に馬車を停めた。

 リーゼが乗り物酔いになってしまったのだ。


「だ、大丈夫ですかリーゼ様? お水をどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 エルマーから水を受け取ったリーゼはそれをちびちびと飲んだ。

 ……そういや、来る時も馬車に酔ったとか言ってたな。

 普段、マギアクラフトにしか乗っていない人間が馬車になんて乗ったらそらまぁ酔うだろうな。乗り心地が段違いだし。


 陸上用マギアクラフトは地面から浮いているから『スイー』という感じで、振動はまったくない。実に滑らかだ。それと比べたら馬車の乗り心地なんてクソ以下だろう。口の悪いやつなら絶え間ない振動にキレて「ファ〇ク!!」と言ってもおかしくないレベルだと思う。


「少し横になったほうがよろしいのでは? 後ろの荷台を整理して少し横になれるスペースを作りますのでそこで休んでください」

「すいません、ありがとうございます……」


 リーゼはおれたちに申し訳なさそうな顔を向けた。


「すいません、お二人とも。こんなところで油を売っている場合ではないのですが……」

「別に大丈夫ですよ。今日中に宿のある街までつければいいんですから。それよりしばらく横になった方がいいですよ」

「本当にすいません……そうさせてもらいます……」

「リーゼ様、少しばかりお待ちください」


 エルマーは後ろに回り込み、荷物を積み直してリーゼが横になれるくらいのスペースを作った。


「さぁ、どうぞ。こちらで横になってください」

「ありがとうございます。では、少し横になって休みます」


 リーゼは後ろに乗り込み、丸めた布を枕代わりに横になった。

 だが、すぐに何かに気がついたように身体を起こした。


「……ん? あの、エルマー殿。ここにある箱……もしかしてお酒ですか?」

「ええ、そうです。それはあの有名な〝青い宝石〟ですよ」

「……え? あ、青い宝石!?」


 リーゼが飛び上がるくらい驚いていた。

 おれは首を傾げた。


「それって、そんなに有名なお酒なんですか?」

「ええ、シャノン様。青い宝石はとても有名で希少なお酒です。貴族の方々にも人気の品です。今回、たまたま運良く買い付けができたのです」

「へえ、そうなんですか」

「あ、あの青い宝石がこんなところに……名前しか聞いたことのないあの幻のお酒が……」


 リーゼの眼が爛々と輝いていた。

 おれはハッとして、慌てて荷馬車の中に乗り込んだ。

 酒の入った箱を身体で庇った。


「ダメですよ、リーゼさん!? お酒は絶対に飲んじゃダメですからね!?」

「え? な、なに言ってるんですかシャノンくん。今は仕事中ですよ? お酒なんて飲みませんよ……」(ちらちら)

「めっちゃお酒見てるじゃないですか!?」

「おや? リーゼ様はお酒がお好きなのですか? それでしたら一本いかがでしょう? よろしければ今回の護衛料ということでお裾分けいたしますが」

「ええ!? いいんですか!?」

「ダメーーー!!!! 絶対にダメーーーー!!!!!」


 おれは全力で酒を死守する構えに入った。


「だ、大丈夫ですよシャノンくん。譲って貰うだけですから。旅の途中では絶対に飲みませんから」

「持ってるだけでも危険なんですよ!? ていうか絶対に途中で我慢しきれずに飲むでしょ!?」

「そ、そんなことありませんよ。わたしも前回の失敗はおおいに反省してますから」

「本当ですか……? ていうか反省も何も、次の日なんにも覚えてなかったじゃないですか」

「そ、それはまぁ……ですが、後日テディ様に聞きました。シャノンくんにもかなり迷惑をかけたと聞いています。それを聞いて、わたしは本当に反省したのです……自分は何と恥ずかしいことをしたのか、と……」


 リーゼは心から反省の色を浮かべた。

 嘘を吐いているようには見えなかったので、おれは少し警戒を解いてしまった。


「……本当に反省してるんですか?」

「ええ、それはもう……ですから、今回の旅の途中では絶対に口は付けません。約束します」(キリッ)

「すごい真面目な顔してますけど、譲ってもらうのをやめるつもりはないんですね????」

「稀少なお酒ですからそこは譲れません。貰えるものはしっかり貰います」


 こいつどんだけ酒好きなんだ。

 おれは溜め息を吐いた。


「……分かりました。なら譲ってもらうのは止めませんけど……旅の間は絶対に飲まないでくださいね? ちゃんと自分の家に帰ってから飲んでくださいね? 分かりました?」

「はい! 分かりました!!」


 返事だけは良かった。

 リーゼはとても嬉しそうな顔をしていたが……すぐに口元をおさえた。


「うわ!? ちょっとリーゼさん!? 顔真っ青ですよ!?」

「すいません、気分が悪かったのを思い出してしまいました……うぷっ」

「リーゼ様!? そこで吐かれては困ります!? 急いで降りて――あー、リーゼ様!? そこで吐かれては――あーーーーーーー!!!!! リーゼ様ーーーーーーーーーー!!!!!!」


 ……色々と大変なことになった。

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