4,お断りします

「へえ、そうだったんですか? 中央の大貴族――って、中央の大貴族!?」

「うむ」

「いや、うむ――じゃないですよ!? めちゃくちゃ偉い人じゃないですか!?」

「確かにそうだな。ははは」

「いや笑うとこじゃないでしょ!?」


 中央の大貴族なんて、うちみたいな地方の小貴族から見れば雲の上の存在だ。地方の大貴族ですら恐れ多いのに、中央の大貴族なんて片膝をつくどころか両膝をついて頭を地面にめり込ませるくらいせねばならぬ相手だ。


「な、なんでそんな偉い人がうちなんかに?」

「いや、実はお前には言ってなかったが……うち、昔は中央の中貴族だったんだ」

「……え? ええ!? 中央!? しかも中貴族!? うちが!?」

「うむ」

「いやだから、うむ――じゃないですって!?」

「とまぁ、そういう縁があってな。色々あってうちはいま地方の小貴族だが、昔のよしみでテディ様がお前を学校に誘ってくださっているわけだ」

「……」


 ……情報の処理が追いつかない。

 いや、衝撃の事実過ぎるでしょ……?

 何でダリルこんなにノリが軽いんだ? これってけっこう重々しく告げられる事実じゃない?


 だって、それはようするにケネット家は〝降格〟させられたわけだ。

 貴族社会での降格とは家格を落とされることだ。

 これはとんでもなく重い処罰である。〝取り潰し〟よりはマシだが、それでもよほどのことがなければ受けない処罰だ。


「いや、えっと……ちょっと待ってください。その前に一つ訊きたいんですが……どうしてうちは〝降格〟になったんですか? よほどのことがないとそうはならないですよね?」

「――知りたいか?」


 ダリルが真面目な顔になった。シリアスが戻ってきた。

 おれも思わずシリアスになってしまった。


「は、はい」

「ふむ……まぁそりゃもちろん気になるだろうな。なぜケネット家が降格されたのか。その理由は――」

「その理由は?」

「秘密だ」

「……は?」

「ひ み つ ☆」


 もう一度言われた。しかも何かむかつく顔で。

 思わず立ち上がっていた。


「いや秘密って!? 秘密って何ですか!? そこは教えてくださいよ!? 大事なところでしょ!?」

「ははは。まぁ気にするほどのことじゃない。もう済んだ話だ」

「ノリ軽くないですか!?」

「じゃあ教えてやってもいいが……その変わりお前も〝お守り〟をどこで手に入れたか教えてくれるか?」

「ぬぐ――!?」


 予想もしてなかった切り返しをされてしまった。

 おれは渋々、大人しく座り直した。くそう、さっきもう聞かないって言ったのに……汚い、さすが大人汚い。おれのさっきの「いい父親だ」っていうセリフ返して!!


「……分かりました。事情を聞くのはやめます」

「そうしてくれると助かる」

「それで……その話はですか? ハンナやエリカは?」

「この話はお前だけだ。まぁ、お前を中央の学校に入れるのだって簡単な話ではないだろうからな……だから、これは長男であるお前にだけ打診があったわけだ」

「なるほど……」

「で、テディ様の誘いの件だが……お前はどうしたい?」

「お断りします」

「ああ、だろうな。確かに迷うだろう。すぐに決められるようなことじゃないってことはよく分か――え? お前いま何て言った?」

「すいません、お断りします」


 おれはシャノンスマイルでそう言った。

 ダリルはしばらく豆鉄砲で撃ち殺された鳩みたいな顔をしていたが、やがて息を吹き返した。


「え!? 断る!? 断るの!? いや、え!? なんで!?」

「え? いや、だって別に中央の学校なんて行きたくないですし……」

「ええ!?!? いや、ちょ、おま!?!? 中央の学校だぞ!? こんなチャンス人生で二度と無いぞ!? 普通は悩むところだろ!?」

「そうですか? 別に悩むような要素はないと思いますけど」

「……いいか、シャノン。お前は事の重要性が分かってないんだ」


 ダリルは自分を落ち着けてから、おれに言い聞かせるように続けた。


「お前はこのままなら、この領地の学校に行って、最終的にはおれの後を継ぐことになる。地方のしがない文官だ。毎日つまらん帳簿をつけて計算するだけの仕事だ。そんな退屈な仕事をしたいのか、お前は?」

「え???? 退屈な仕事でお金貰えるって最高じゃないですか????」

「あれ!? そっち!?」


 前世で兵士だった頃は魔術鎧もなく、無いよりはマシ程度の鉄兜と豆鉄砲だけで魔族の砦に突撃させられて、それでもらえた報酬がギリギリ飢え死にしない程度の食料だけだった。それを考えれば何と素晴らしい環境だろうと思う。


 ダリルは額を押さえてしまっていた。

 よほどおれの返事が衝撃的だったらしい。


「……いや、まぁすぐに決める必要はないんだ。いずれそう遠くない内に、またテディ様がお見えになることになっている。それまでに決めてくれればいい」

「テディ様、またうちに来るんですか?」

「ああ。本当は手紙で返事をしてもいいのだがな。だがテディ様が自らそう仰ってくださっているんだ。大事な話だからとな」

「あ、じゃあ今のうちに手紙で断っておいてください。無駄足踏ませると申し訳ないので」

「おおおい!? ちょっとは悩んでくれ!?」

「テディ様のお誘いは嬉しいですし、これが二度と無いチャンスだってことは分かってますけど、でもやっぱりぼくは中央には行きませんよ」

「……シャノン」


 おれがきっぱりシャノンスマイルで断ると、ダリルはそれ以上何も言わなかった。

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