5,断る理由

「……」(ぼけー)

「お兄ちゃん、どうかした?」

「え?」


 ふと我に返った。

 ハンナが小首を傾げておれを見ていた。


 いまは毎朝日課の畑仕事を開始したばかりだ。

 こいついつも畑仕事してんな、と思われるかも知れない。

 貴族なんだから他にすることないのか? と思われるかもしれない。


 はっきり言おう。

 ないんだな、これが。

 なんせうちは地方の小貴族だからな!!


 地方の小貴族とはつまり、貴族界における最弱の存在だ。平民の金持ちのほうがよほど金持ちだと思う。


「もしかしてお風邪引いちゃった……?」


 ハンナが心配そうな顔をした。

 おれは慌ててかぶりを振った。


「違う違う! ちょっとぼーっとしてただけだよ」

「ほんと? だいじょうぶ? お風邪引いてない?」

「大丈夫だよ。風邪なんか引いてないから」


 おれが笑って頭を撫でると、ハンナはほっとしたような顔をした。

 ……魔王が高熱で死にかけて以来、ハンナは何かとすぐに心配するようになった。あの時のことがよほど怖かったんだろうな。


 いかんいかん。

 ハンナの前で情けない姿は見せられん。

 おれはハンナにとって頼れるお兄ちゃんでなければならないのだ。逆に心配されてしまうようではお兄ちゃんとしては二流、いや三流以下だ。お兄ちゃんに試験があれば不合格になってしまう。


「ようし、今日も張り切ってお仕事するぞ!」

「おー!」


 おれが手を上げて声を出すと、ハンナも同じように真似をした。

 ……うーん、癒やされるわぁ。

 ハンナは今日も最高に可愛かった。



 μβψ



「遅くなったな、大賢者」


 せっせと仕事に励んでいると魔王がやって来た。

 なんかもう、こいつが畑仕事姿で現れるのも見慣れてきたな。


「おう、どうした魔王。う〇このキレでも悪かったのか?」


 ひゅん!! と鼻先を風が掠めていった。

 ひらひらと舞っていた葉っぱが真っ二つになった。

 超高速回し蹴りが放たれたのだと気づいたのは数秒遅れてからだ。


「……シャノン様? レディにそういうことを言ってはいけませんわよ?」

「あ、はい。すいません……」


 エリカスマイルで凄まれたので、おれは素直に謝罪した。

 

 ……いや、うん。確かにデリカシーがなかったな。なんか分かんないけどこいつ相手だと男友達感覚になっちまう時があるんだよな。


 魔王はすぐに魔王に戻った。


「ったく、そういうところが童貞の原因なのだろうなぁ……これだから童貞は」

「う、うるせえやい!」

「まぁそれはいいとして……お前、どうしてダリルの話を断ったのだ?」


 唐突な質問におれは完全に虚を衝かれてしまった。


「……なんでお前がそんなこと聞くんだよ?」

「ダリルに頼まれたのだ。お前にこっそりと断った理由を聞いてくれないか、と」

「お前こっそりの意味分かってる!?」

「そんな回りくどいこと、妾にできるわけないだろう。こっそり聞いたというていでダリルには答えるから、とりあえず理由を教えろ」


 ほれほれ、と魔王は手を動かした。さっさと言え、と言わんばかりだ。


 ……これはもう、こいつに頼み事をしたダリルが悪いな、うん。


 おれはちょっと溜め息を吐き、作業をしながら答えた。


「……別に深い理由はねえよ」

「妾にはこの話の事情がはっきりとは分かってはおらんのだが、普通はあり得ないような良い話なのだろう?」

「まぁそうだな。おれらは年齢的に来年から学校へ入ることになるけど……本来なら行くのはこの領地の――フレンスベルクの領立学校だからな。中央の王立学校なんて普通はどれだけ入りたいと思っても入れないようなところだ」

「よう分からんが王立とか領立というのは何が違うんだ?」

「国ってのは中央貴族たちが動かしてるんだ。地方貴族はそれぞれ自分たちの所属している領地の運営だけしてて、国政には関与できない。まぁもちろん王様との主従はあるけど、基本的に領地はそれぞれ完全に独立してる。だからそれぞれの領地に学校がある。それが領立の学校だ。で、王立学校は中央貴族たちだけが通える学校ってことだ」

「なるほど……」(わからん)

「まぁ、これは普通に考えればションベン漏らして喜ぶレベルの話だろうなとは思う。地方と中央じゃあ、教育レベルはかなり差があるだろうからな」

「では何が不満なのだ?」

「不満なんじゃない。中央は単純に遠すぎるんだよ。王都がこっからどれくらいかかると思う? フレンスベルクの領都りょうとから駅馬車を乗り継いでも一週間はかかるような距離だ。そりゃうちに機械馬とか、何かマギアクラフトでもありゃ話は変わるが……だとしてもまぁ、遠いのには変わりないだろ?」

「確かに遠いな」(駅馬車ってなんだろう)

「学校に入ったら基本的には寮生活だから家から離れて生活することになるけど……フレンスベルクの学校なら週末の安息日には家に帰って来られる。でも、王都に行ったらそれは無理だ。一年に一度の安息月しか帰って来られない。家族とはほとんど離れて暮らすことになる」

「ん? お前、もしかして……家族と離れたくないという理由で話を断ったのか?」

「ああ、そうだ」


 と、おれはハッキリとそう答えた。

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