33、お風呂

 ……というわけで、今日は三人で風呂に入っている。

 おれとティナとハンナの三人だ。


「ほら、シャノン。頭洗ってあげるわよ」

「い、いいですよ。自分でやりますから……」

「まぁまぁ、そう言わずに」

「うわぷ!?」


 頭からお湯をぶっかけられた。


「はい、じゃあ洗いまーす」


 ティナがおれの頭に粉石鹸を振りかけ、わしゃわしゃと洗い始めた。

 ちなみに毎日のように石鹸を使うわけじゃない。普段はお風呂に入る前に髪を櫛で解いて、お湯で洗い流すという感じだ。


 うう……やっぱり落ち着かないな。

 やっぱり一緒に入るなんて言わなきゃよかったかな。

 と、一瞬だけ思ったが――


「ふんふんふーん♪」


 ティナは鼻歌を歌いながら楽しそうにおれの頭を洗っている。

 その様子を見ていると、まぁいいか、という感じになってきた。

 ……しかし、そんなに子供と風呂に入るのが楽しいかね。

 おれにはよく分からんな。


「ついでに背中も流してあげるわ」

「あーはい、もう好きにしてください……」

「そう? じゃあ全身洗ってあげましょうか?」

「それはお断りしますけど!?」

「冗談よ」


 ティナはくすくすと笑った。

 冗談に聞こえないんだよなぁ……。

 一通り綺麗になって、湯槽ゆぶねに浸かっていたハンナと交代した。


「ほら、ハンナ。ちゃんと目つむるのよ?」

「ん!」


 ハンナがぎゅっと目を瞑った。

 ティナがお湯をかけて、粉石鹸でハンナの頭を洗い始めた。

 おれはしばらくお風呂に顔半分まで浸かってぶくぶくしていた。


「……あの、母さま」

「なに?」

「実は、テディ様から昔なにがあったのか聞いたんです。どうしてうちが降格したのかとか、そういう事情を全部」

「……あー、うん。そっか」


 ハンナの頭を洗いながら、ティナはちょっと困ったように笑った。


「その、ごめんね? それについては、わたしから言うべきだったと思ってたんだけど……なんか言い出すきっかけがなくて」

「いえ、それはいいんです。でも……どうして母さまは家を捨ててまで父さまと結婚したんです? そのせいで勘当されたって聞きましたけど……」

「テディ様ってばそこまで話しちゃったの? なんか恥ずかしいわねえ……」


 たはは、とティナは少し頬を掻いた。

 それは何だか昔のちょっとした出来事を思い返すような感じで、あまり深刻そうな雰囲気はなかった。

 家から勘当されるって貴族社会では相当なことだが……そのことを後悔している様子はなさそうだった。


「理由は別に簡単よ。わたしが、お父さんのことが好きだったからよ。それ以外に理由なんてないわ」

「……父さまとはどこで知り合ったんです? やっぱり学校ですか?」

「そうね。わたしとお父さんは同じ学年だったから、顔を合わせる機会は多かったわね。でも、元々のきっかけは家同士の婚約が先だったのよ? 婚約が決まるまでは、お父さんとは話したこともなかったんだから」

「そうなんですか?」

「ええ。最初はまぁ、婚約なんて冗談じゃないって思ってたけど……いざお父さんと話してみたら、わたしのほうが好きになっちゃってね。この人と結婚できるなら、むしろ婚約は大歓迎だと思ったわ。けど……ハンブルク事件が起きて、ケネット家は降格処分が決まった。その途端、わたしのお父様が婚約を解消するって言い出したの。そもそも婚約を勝手に決めたのもお父様だったのに、今度は一方的に解消するとか言い出したのよ? もう頭きちゃって……こんな家出てってやる、って大喧嘩になっちゃって。で、本当に出てきちゃったのよね」


 てへぺろ、とティナは可愛く舌を出した。

 何となくノリが軽いような気がするが、これけっこう重い話をしていると思うんだけどな……?


 ティナはハンナの頭をお湯で流した。


「ほら、ハンナ。じっとして。今度は背中洗うわよ」

「ん!」

「今度は目は瞑らなくてもいいのよ?」

「……母さまは、その選択をしたこと、今まで後悔とかしたことないんですか?」

「それはないわね」


 ティナは即答した。

 その答えには一瞬の迷いもなかった。


「むしろ、この選択を選ばなかったほうが……その方がわたしはずっと後悔してたと思うわ。わたしはいまが一番、人生で幸せだもの」


 にっ、とティナは笑った。

 その顔に嘘はなかった。

 少なくとも、おれの目にはそう見えた。


 ……おれもあの時、ブリュンヒルデの手を取って走り出していたら……いまのティナのように笑えていたのだろうか?

 そんなことをふと思ってしまった。


 その後、おれたちは三人で肩を寄せ合って湯槽に浸かり、お風呂から上がった。

 服を着て髪を乾かしてから、おれはふとティナにこう聞いていた。


「ねえ、母さま」

「なに?」

「母さまは、また家族と会いたいとは思わないんですか? 母さまの両親は……ぼくの祖父母は、いまも王都にいるんですよね?」

「……」


 その質問に、ティナは先ほどのように即答はしなかった。

 少し迷って、少し困ったような顔をして、こう言った。


「会いたくないことはないけど……色々と難しいわね、それは」



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る