第六章

29,リーゼ、暴れる

「うーん、もう食えん……」


 腹がパンパンだった。

 これほど肉を食ったのはシャノンになってから初めてかもしれない。


「ほら、ハンナ。もう寝るわよ」

「ハンナまだ眠くないもん……むにゃ……」

「あらあら、もう仕方ないわね。ちょっとハンナを寝かせてくるわね」


 半分寝ていたハンナを連れて、ティナはリビングを出て行った。

 ……ふう。もうけっこう遅い時間だな。

 夕食が始まってからけっこう経ったが……まだ料理は残っている。主に肉が。

 おれはもうどうやっても入らないが……テディとダリル、そして魔王は未だに手が動いている。


 骨付き肉を素手で食っているテディとダリルと違って、魔王の場合はちゃんとお上品にナイフとフォークを使って食べているのだが……よくよく見ると食っている量が半端じゃない。

 こいつの胃袋どうなってんだ……?


「おい魔王、お前まだ食えるのか?」

「……」(もきゅもきゅ)

「……ん? おーい?」

「……」(もきゅもきゅ)


 ……あれ?

 なんか返事してくれないんだが……?

 魔王はおれの声など聞こえないとばかりに肉を淡々と食っている。食うのに夢中で気づいてない、という感じではないのだが……おかしいな。


「ねえねえ、シャノンくん」

「え?」


 名前を呼ばれた。

 最初、おれは誰に名前を呼ばれたのか分からなかった。何だか妙に人懐っこい感じの声だったからだ。


 誰かと思って振り返ると、そこにいたのはリーゼだった。

 何やら顔が赤く、とろんとした目をしていて、にへら~と気の抜けた笑みを浮かべている。


 ……どうしたんだ?

 明らかに様子が変だが……?


「シャノンくん、ちゃんといっぱいお肉食べてますかぁ? ちゃんと食べないと背が大きくなりませんよぉ? ほらほら、まだこんなにあるんれすから、たくさん食べてくださいよ~」

「い、いえ、ぼくはもうお腹いっぱいなので……」

「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、あーんしてください」


 リーゼがフォークにぶっ刺した肉を突き出してきた。

 ちなみにその肉塊はあーんできるほどの大きさではない。

 というかおれの顔面よりでかい。


「いや、あの、ちょっと肉が大きいんですが……」

「なんれすか!? もしかしてわたしの肉が食べられないっていうんれすか!?」

「いや、そういうことではなく……」


 今度は急に怒りだした。

 おれは困惑した。

 な、なんだ? リーゼのやつどうしたんだ?


 やはり、明らかに様子がおかしかった。

 というか酒臭いような気がするんだが……?


「リーゼ!? お前まさか酒を飲んだのか!?」


 こちらの異変に気づいたテディが血相を変えたように立ち上がった。

 リーゼはテディを振り返り、にへらと笑みを浮かべた。


「ははは、ちょっとらけ、ちょっとらけですよぉ、ひっく」

「あれほど酒は飲むなと言っただろうが!? この馬鹿者め!?」

「す、すいませんテディ様! リーゼに酒を飲ませたのはわたしです!」

「なに!? お前が飲ませたのか、ダリル!?」

「え、ええ。何やらとても物欲しそうな顔をしていたので、一杯ぐらいならいいかな、と思って……」

「ふへえ、ダリル様~このボトルもう空なんれすけろ~?」

「って、ちょっと待て!? お前いつの間にそんなに飲んだんだ!?」

「え~? ダリル様が飲んれもいいって言ってくれたんらないれすか~。だからこうしてぇ、お言葉に甘えていたらきました~。あざーすwww」

「そんなに飲んでいいとは言ってないぞ、おれは!?」


 リーゼが大きなボトルを掲げていた。

 それはいま開けたばかりの満タンのボトルだ。ちなみに、すでにリーゼの手元には二本ほど同じボトルが転がっている。


 テディが血相を変えた。


「馬鹿者!? どんだけ飲むのだ貴様は!? もうこれで終わりにしろ!」

「へえッ!? しょんな!? こんなのまだまだ飲んだ内に入りませんよ!? 夜はまだまだこれからじゃないれすか!?」

「いいから飲むな!」

「いやれす~!! わたしはもっと飲むんれす~!!」


 テディがボトルを取り上げようとしたが、リーゼは絶対にボトルを離さなかった。

 そこには凜々しい女騎士の面影は一切無かった。完全に大きな子供だ。


「くっしょ~!! とりあげられるくらいなら全部飲んれやりますからね!!」

「あ、待て貴様!?」


 リーゼはボトルをひったくると、一気に半分ほど飲み干してしまった。

 ボトルから口を離すと同時に大きく息を吐いた。

 そうすると目がますますとろん、としていた。


「ふ、ふひ、ふひひひひひ」


 突然笑いだした。

 どう見てもやばい光景だった。

 テディが悲鳴のような声を発した。

 

「ま、まずいぞ!? おい、リーゼ! もうやめるんだ!?」

「うるしゃーーーい!!!!」

「ぬわー!?」


 止めに入ったテディを、リーゼが一本背負いしてしまった。

 吹っ飛んだテディはそのまま玄関をぶちやぶって外まで飛んでいってしまった。


「……」←おれ

「……」←ダリル


 え、ええー!?

 あの巨体を軽く投げたぞ!?

 そんな馬鹿な!?


「お、おいリーゼ。お、落ち着け。とりあえずもう酒を飲むのはやめよう、な?」


 ダリルがそう言ってなだめたが、リーゼはぎろりと据わった目で睨みつけた。


「……なんれすか? なんかわらしに文句れもあるんれすか?」

「い、いや、文句とかじゃなくてな……? ほら、飲み過ぎは身体に良くないぞ? だから、ほら。そのボトルを渡すんだ」

「嫌れす」

「ま、まぁそう言わずに」

「嫌ったら嫌れす!!」

「へ? ぬわー!?」


 今度はダリルが投げ飛ばされてしまった。

 

「……」


 ええー。

 ダリルまで投げ飛ばされたぞ……?

 こ、これはかなりまずい状況なのでは……?

 おれはリーゼに気づかれないよう、そっと物陰に隠れようとしたが――


「……ん? おやぁ、シャノンきゅーん? 君、そこでなにしてるんれすかねえ~?」


 あー!?

 見つかったー!?

 リーゼがふらふら近づいてきて、おれの前にしゃがみ込んだ。すでに息が酒臭かった。


「シャノンきゅん、君もしかして、いま隠れようとしてませんれしたか?」

「え? そ、そんなことしてませんけど……」

「いや、それは嘘れすね~。嘘はいけませんよ、嘘はぁ」


 人差し指でほっぺをぐりぐりされた。

 目は完全にすわわっている。


「なんれすかぁ? わたしとはお話したくもないってことれすかぁ?」

「い、いえ、そんなこと思ってません」

「いや、その目は嘘を吐いている目れす……どうせシャノンきゅんも、わらしのことメンドクサイ女だと思ってるんれすよね? そうれすよねぇ?」(ぐりぐり)

「お、思ってません。思ってません」

「いーーーーーや、絶対に嘘れす! その目は『二十歳になっても婚約者いないの!? うそーやだー!?』って顔れすよ!! そうれすよね!?」


 ああ、ダメだ!?

 これ一番厄介な酔っ払いだ!?!?

 おれは助けを求めるように魔王の方を見たが、あいつは我関せずといった感じで肉をもりもり食っていた。

 あれ!? いや、この状況見えてるよね!? なんで無反応なの!?


「ねえ、シャノンきゅん。わたし美人ですか?」

「え? ええ、はい。美人だと思いますけど……」

「じゃあ結婚しますか?」

「え!? い、いえ、それはちょっと……」

「なんれれすか!? 美人なんれすよね!? じゃあ結婚してくらさいよ!? それともなんれすか!? わたしみたいな性格の悪い暴力女とは結婚できないってことれすか!?」

「そ、そうは言ってませんけど!?」

「じゃあ結婚してくらさいよ!!」

「ひいい!?」


 ……その後、リーゼが唐突にぶっ倒れるまでこの地獄は続いたのだった。

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