28,乾杯

 テディとダリルは昼過ぎには戻ってきた。

 ……大量の獲物と共に。


「がはは!! 大量じゃ!! どうじゃシャノン!?」

「いや、ちょっと……狩りすぎじゃないですか?」


 鹿やイノシシなど、全部で10匹くらい積み上がっていた。

 というかこれどうやって持って帰ってきたんだ……? 機械馬は使っていないから、恐らく徒歩で行ったはずなんだが……。


「うーん、もう無理……」


 ダリルはぐったりしていた。

 ……なるほど。けっこう体力のあるダリルがああなるくらいのことはしてきたわけだ。

 一方、テディはますますパワーが漲っている様子だった。こいつ本当に人間か?


「ちょっとテディ様!? どんだけ狩ってくるんですか!?」


 家の外に出てきたリーゼが驚いていた。

 そりゃまぁ、獲物がこれだけ山と積まれてたら驚くだろうな。ハンナには絶対に見せられない光景だ。絶対泣くと思う。


「リーゼよ、見ろ! 我が輩もまだまだ衰えておらんわ!」

「だからって狩りすぎでしょ!? こんなに処理できるんですか!?」

「ふん、肉の処理くらい我が輩に任せろ。我が魔剣に切れぬものなどない」

「いや魔剣で屠殺とさつする気ですか!? 何てことに使うつもりなんですか!?」

「まぁ余った分は保存用に加工すれば冬の蓄えにもなる。とりあえず処理するぞ。リーゼ、お前も手伝え。夕飯までに処理を終わらせるぞ」

「え? わたしもやるんですか?」

「当たり前だ。何のために魔剣を持っておるのだ」

「絶対にこのためではないですけど!?」

「ええい、つべこべ言わずに手伝え!!」

「いやー!?」


 リーゼはテディに引きずられていった。

 うーん、今日の夕飯は豪勢になりそうだなぁ……。



 μβψ



 夜になり、夕食の時間になった。

 いつもより少し多めに蝋燭を燃やしているおかげで部屋の中が明るい。


 テーブルの上にはこれでもか、とばかりに料理が並んでいた。

 特に今日は肉が多い。

 匂いだけで思わずヨダレが出てきてしまった。


「す、すごい豪快な肉料理ですね……これ、テディ様たちが外で焼いていたやつですよね?」

「がはは!! そうであるぞ、シャノン!! 騎士とは身体が資本だからな!! これぞ近衛騎士流の豪快肉料理だ!!」

「いえ、信じちゃダメですよ? こんな野蛮な料理をするのはテディ様ぐらいですからね?」


 リーゼが後ろから補足を入れた。

 うんまぁ、多分そうだと思ったよ。

 しかし、美味そうなのは間違いない。


 魔王もエリカスマイルで澄ました顔をしているが、眼の奥にいる食いしん坊魔王が「早く肉を食わせろ」と言っている姿が見えた。

 普段、うちでこれほど肉が出ることはない。

 うーん、酒が飲めたらさぞ肉が美味いだろうな……でもさすがにこの年齢だと飲ませてくれないからな。


「はい、これシャノン君の分ですよ」

「え? あ、はい。ありがとうございます」


 リーゼが大きな肉を切り分けてくれた。


「いいえ、どういたしまして」


 お礼を言うとリーゼはにっこりと笑い、おれ以外にも肉を切り分けていった。

 その姿を少しぼうっと眺めてしまった。


 ……リーゼってマジで美人だよな。

 テディに対してはなんだか厳しいような気もするが……基本、子供には優しい。それにダリルやティナにはとても礼儀正しい。


 まぁ、朝寝坊したりとかちょっと抜けているところもあるが……それはそれで愛嬌があるというか、欠点という程ではないと思う。

 なんであれで婚約者がいないんだろうな……? あれだけ美人で気立てもいいなら、見合いの申し込みが殺到してもおかしくないと思うんだが……何ならおれが立候補しても――


 ぎゅーーーーーー。


「いったぁッ!?!?」


 脇腹をすごいつねられた。

 ティナが驚いたようにおれを振り返った。


「ど、どうしたのシャノン?」

「い、いえ、何でもありませんよ母さま!? あはは!」


 笑って誤魔化した。

 それからすぐに魔王を睨んだ。


「おいてめぇ!? いま脇腹つねっただろ!?」(小声)

「え? 何の話ですか、シャノン様?」

「すっとぼけてんじゃねえよ!? 絶対にお前だろ!?」(小声)

「おほほ、何のことかさっぱりですわ」


 魔王はエリカスマイルを崩さなかった。

 くっ、こいつ……どうやら完全にすっとぼけるつもりのようだ。

 なんだ? こいつは何がしたいんだ?

 ……待てよ? そう言えば以前もこんなことあったな……?


 前回と今回における共通点を見つければ、魔王がどうしておれの脇腹をつねったのか分かるかもしれない。

 共通点……共通点……うーん、全然皆目見当もつかないな……?

 おれは色々考えたが、やはり脇腹をつねられた理由はさっぱり分からなかった。


「それでは、みなの者。グラスを持て!!」


 テディが乾杯の音頭を取り始めた。

 みんなそれぞれのグラスを手に取ったのを確認すると、テディは続けた。


「此度はまことに世話になった。これほど心安らぐ一時は本当に久々だった。できることならもう来年の春くらいまではここにおりたいが……まぁそうもいかぬでな。非常に後ろ髪引かれる思いではあるが、明日になったら我が輩とリーゼはここを発つ。改めてみなには礼を言わせてもらおう」

「礼などと……礼を言わねばならぬのはこちらの方です、テディ様。こちらこそ、本当に何とお礼をもし上げればよいか……」


 ダリルがそう言うと、テディはニヤリと笑った。


「礼など不要だ。なにせこれは我が輩が勝手にやっておることだからな。なに、シャノンとエリカのことは我が輩に安心して任せるがよいぞ」

「はい、よろしくお願い致します」


 ダリルとティナは深々と頭を下げた。

 だが、すぐにティナは「あれ?」と顔を上げた。


「……ええと、テディ様? いまシャノンとと仰いました……?」

「む? 言うておらんかったか、ティナよ? 少し事情が変わってな。エリカも王立学校へ連れて行くことにしたのだ」

「ええ!? き、聞いてませんけど!? ちょっとあなた、そうなの!?」

「あ、ああ、テディ様が是非にと仰るのでな。言ってなかったか?」

「聞いてないわよ!? ちょっとエリカ、そうなの!?」

「はい。テディ様に誘って頂いたので、せっかくなので行くことにしました」

「なんじゃそりゃー!? なんでわたしの知らないところでそんな話になってるのよ!?」

「ま、まぁティナ。落ち着け。確かに急なことだったが、最終的にはエリカの決めたことだし、とてもいい話じゃないか」

「そ、そりゃそうかもしんないけど……いえ、すいません。少し取り乱しました……」


 ティナは大人しく座り直し、改めて魔王に向き直った。


「……エリカはそれでいいのね?」

「はい。大丈夫です、お義母さま。もう決めたことですから」

「そう……分かったわ」


 ティナは頷くと、今度はおれを見やった。


「いい、シャノン? エリカのことはあんたがしっかりと守るのよ?」

「はい、母さま。任せてください」


 おれは男らしく頷いた。

 まぁどう考えても守られるのはおれの方になりそうだとは思ったが、ここはそう言っておかないと締まらないからな。ははは。


「シャノンよ」


 テディがおれの名を呼んだ。

 あの真っ直ぐな眼がこっちを見ていた。

 おれはすぐに居住まいを正した。


「何でしょう、テディ様」

「今日の乾杯はお主の役割だ」

「え? ぼくがやるんですか?」

「うむ」


 テディは鷹揚に頷いた。

 みんながおれを見ていた。

 おれは少し照れ臭かったが……グラスを持って立ち上がった。


「ええと……それじゃあみなさん、グラスを持ってください。って、すでに持ってましたね……」


 はは、と愛想笑いした。

 ……乾杯なんてしたことないから何言っていいのか分からんな。

 だいたい、人前に立つのは苦手だ。

 前世からずっとそうだ。おれにはブリュンヒルデのようにみんなを引っ張っていけるような人間でもなければ、ブルーノのように人の上に立てる人間でもなかった。


 いつも人の眼を怖れていた。

 なるべく人とは争わないように生きた。人付き合いは面倒だと、ずっと心の奥底では思っていた。


 ……その結果、おれの人生はああなった。

 もっと人に頼ればよかった。でも迷惑かけて嫌われたくなかった。嫌われないようにと思って生きていたら、おれは誰にも頼ることができなくなっていた。

 勇気を出して、誰かを頼っていれば……もう少し違った人生があっただろう。


 おやっさんを含めて、おれには戦場で実際に戦った仲間や、研究を共にした魔術師の仲間だっていたのだ。どうして、おれは彼らのことを頼らなかったのだろう? ブリュンヒルデが結婚して何もかもが嫌になって、それでおれはあっさり全て捨ててしまった……本当に、どうしておれはあんな愚かな選択をしてしまったのだろう。


 ……おれはずっと、下ばかり見ていた。

 ちゃんと前を見たことがなかった。

 本当の意味で、人とちゃんと向き合ったことがなかったのだ。

 ずっとブリュンヒルデの背中に隠れていたから、おれはそんなことすらできないまま大人になってしまった。


 だからこの人生では……ちゃんと顔を上げて前を向くのだ。


 みんながおれを見ていた。

 誰もおれを否定するような眼で見ていなかった。

 みんなの視線がおれにはとても温かかった。


 いま、ここには――おれが手に入れたかった物が確かにあった。


「ええと……と、とにかく乾杯!!」


 結局、おれは気の利いたことは言えなかった。

 でも、胸の奥には苦しいほど熱い〝何か〟があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る