10,洗濯
思わず顔を上げていた。
すると、そこにはまだ小さかった頃のブリュンヒルデが立っていた。
もちろんそれは、やはり一瞬の幻影に過ぎなかった。
そこに立っているのは魔王だ。
でも、おれの目には不思議とブリュンヒルデの姿が重なって見えた。
「……どっちも〝正解〟?」
聞き返すと魔王は頷いた。
「ああ。仮にどちらを選んでも、お前が家族を本当に大事に思っていることには変わりはないだろう? 単に家族と離れたくないと言うと確かにお前の我が侭のように思えるが……それはむしろ当然の気持ちだろう。誰だってそう思う。だからまず、それを〝我が侭〟だと思うのをやめるべきだ。そう思った上で、自分が本当にどうしたいか考えればいい。どちらかが〝不正解〟だと思うからそんな迷い方をするんだ。お前の素直の気持ちで選べば――その選んだ道が〝正解〟だよ」
「……」
……それは何て言うか、本当に予想外の答えだった。
まさか魔王がそんな優しいことを言うとはこれっぽっちも思っていなかったからだ。
しかも、言葉だけじゃなく、表情もどこか優しげだった。
その顔がどうしても、おれの記憶にあるブリュンヒルデと重なった。
口は悪かったし喧嘩っ早かったけど、あいつはいつも最後の最後で優しかった。その優しさにおれはずっと甘え続け、背中を押してもらっていた。
「……選んだ道が〝正解〟」
思わず反芻していた。
おれの素直な気持ち。
どちらを選んでも不正解ではない。
……そんな考え方はこれまで一度もしたことがなかった。道が二つあれば、どちらかが不正解――そういうふうにしか考えたことがなかった。
「ま、時間はまだあるようだからな。もう少し考えればいい」
そう言って魔王は再び洗濯に戻った。
「……」
おれはしばらくその様子を眺めていた。
いや、正確に言うなら魔王の横顔を見ていたんだと思う。自分でもなんでそうしていたのかはよく分からなかったが……。
「おい、大賢者。さっきから何をぼうっとしているのだ?」
「え?」
声をかけられて我に返った。
思わず視線を逸らしていた。
「あ、いや、別に……」
「ふうん……? なんだ、てっきり洗っている下着を熱心に観察しているのかと思ったぞ」
「は?」
魔王が何やら急にニヤリとして、洗っていた布を広げた。
女性物のパンツだった。
ティナやハンナのものではない。だとするとそれは――
「もしかしてこれが欲しいのか?」
「いや、いらねえよ!? なんでお前のパンツなんか欲しがらにゃならねえんだよ!?」
「……ん? なぜすぐに妾の物だと分かった? は!? お、お前まさか……」
「ちょっと待て!! お前なんか変な勘違いしてるだろ!? 言っておくけど普段から洗濯を手伝ってるから知ってるだけだぞ!?」
「やはり見た目はガキでも中身はエロジジイか……」
「だから違うっての!? ていうかそういうテメェこそ中身はババアじゃねーか!!」
「うらぁ!!」
「あいたー!?」
ものすごい勢いで飛んできたパンツが顔面に『びたーん!!!』と張り付いた。
濡れてたので結構痛かった。
とりあえず引き剥がした。
「いてーな!? ていうかパンツ投げんな!?」
「おいこらクソジジイ!! お前いま何と言った!? 妾がクソババアだと!? 妾が死んだのは3
「は!? お前3
「他のあらゆる罵詈雑言は聞き流せるがババアだけは許容できん!! 訂正しろ!! 訂正せんとお前の下着だけぼろ切れになるまで洗濯してやる!!」
「やめろ!? おれの貴重な下着をこれ以上減らすな!?」
「ふん、安心しろ――穿く物が一枚も無くなったら妾の物を貸してやるわ!!」
「イヤだよ!?!? ていうかお前はそれでいいのかよ!?!?」
その後、おれは自分の服は下着を含めて自分で洗濯した。魔王にぼろ切れにされたら大変だからだ。
何だかんだで、洗濯して干し終わるまでにいつもの倍以上の時間がかかった。終わった頃にティナもちょうど戻ってきた。
――最後は何だかいつもの感じになってしまったが……魔王の言葉は、おれの選択に間違いなく大きな影響を与えた。
……その日、おれはこの先自分がどうするかを決めた。
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