39,昔の記憶

 黒い巨人。

 おれが創り上げた〝スルト〟のことはそう呼ばれていた。


 対魔王最終決戦兵器。

 身の丈10プランクはある人型の大型魔術兵器だ。

 こいつは大賢者の叡智を全て注ぎ込んで創り上げた最高傑作だった。


 ただ、これはブリュンヒルデの桁外れの魔力量を前提に設計してあり、その上、主体制御以外の副体制御系が複雑過ぎて、とてもおれ以外には操作できなかった。

 だからスルトはおれとあいつの二人乗りでなければ絶対に動かせなかった。


 主体制御系は完全にブリュンヒルデと同期していたから、スルトの動きはあいつの動きそのものだった。魔力バイパスを通して脳と完全に同期しているので、スルトの機体があいつの肉体そのものになるわけだ。


 それ以外の副体制御系は、あいつが戦闘だけに集中できるよう、各種サポートをするための機能や、補助武器などの制御だ。そいつは全ておれが操作した。


 加えて、こいつには〝主観兵器〟のギミックも取り入れていた。


 主観兵器というのはおれが開発した魔術兵器のことだ。

 魔力ってのはエネルギーとして使う場合には〝主観性排除〟という操作が必要になる。人間の魔力には不純物が多いので、それを濾過して綺麗な魔力にするわけだ。


 で、この不純物というのはつまり〝感情〟とかそういうものだ。

 同じだけの魔力量、同じ魔力機関という条件下であっても、この主観性排除という操作をやらないとなぜか魔力機関の出力に大きな影響がある。これを先人たちは〝不純物〟のせいとして、なるべくそれを排除するよう魔術式を洗練させていった。


 結果、不純物の正体は〝感情〟に類するものだと分かった。

 魔力には使用者の感情が不純物として交ざっていたのだ。だが『誰がやっても同じ結果が得られる』という前提でなければ、魔術を技術体系化するのは難しい。そこで主観性排除操作は魔術においては当たり前のことになった。


 しかしながら、魔力が突出して多い人間たちにはむしろそれは足かせになった。

 ある一定レベルの魔力量を持つ連中には、あえて主観性を排除せずに魔力を使うほうが〝著しく効果が高まった〟のだ。これを思いついたきっかけは魔族たちの使う魔法の研究をしていた時だ。


 そこでおれが生み出したのが主観兵器だった。これは使う人間の特性に合わせて専用に設計する必要があるが、主観兵器で武装した騎士たちの強さは戦況を大きく変えた。


 ブリュンヒルデが使っていた主観兵器は、おれが設計して開発した〝魔剣グラム〟だ。

 新型魔術鎧と魔剣グラムで武装したあいつは、さらに異次元の強さになった。


 ……だが、それでも魔王と戦うにはまだ力不足だった。

 魔王を斃すにはもっと強力で強大な兵器でなければダメだ。

 そうして完成したのがスルトだった。

 スルトは、言わばブリュンヒルデのためにおれが用意した〝鎧〟だった。


 スルトは本当に最強の魔術兵器だった。

 魔王と戦うにはそれだけの〝力〟が必要だった。

 平時ならこんな馬鹿げたものは絶対に造れなかっただろう。1体造り上げるのに途方もない規模の予算がかかる代物だ。小国の軍事費くらいなら余裕で上回るくらいの額がこいつにはつぎ込まれた。


 それほどの兵器を使ってようやく、おれたちは魔王と互角に張り合うことができたのだ。



 μβψ



 〝スルト〟が稼働を停止した。

 ブリュンヒルデの魔力がとうとう尽きたのだ。


「ブリュンヒルデ、大丈夫か!?」


 慌てて声をかけたが、すでに彼女の意識はなかった。少し焦ったが、一時的な魔力欠乏症によるショック症状だろう。どうやら安全装置が働いて魔力機関が停止したようだが、命に別状はないはずだ。


 おれはすぐにスルトの前方ハッチを開け、外に降りた。

 魔王はまだ生きていた。

 こいつを使っても斃しきれないとは……〝魔王〟というのは本当に信じられないくらいの化け物だ。


 だが、相手はもう魔力を使い果たしているようだった。

 ……仕留めるのなら、いまここしかチャンスはない。

 おれは魔王に近づき、魔剣の切っ先を向けた。


 ……こんなやつが〝魔王〟だったのか。

 おれの目の前に横たわっているのは――まだ若い女だった。見た目だけで言えばおれよりもずっと年下だ。

 魔族は人間より寿命が長く、成長速度が遅い。だから正確な年齢はよく分からないが……少なくともいまのおれの目からみれば〝少女〟としか言いようがなかった。


 もっと化け物のようなやつかと思っていた。

 だというのに……これではただの〝人〟ではないか。


 ……いや、見た目に騙されるな。

 そう、こいつこそが間違いなく〝魔王〟なのだ。

 こいつから伝わってくる〝気配〟は凄まじいの一言だ。これまでどの魔族からも感じたことのない威圧感を感じる。


 魔王は抵抗する素振りを見せなかった。

 命乞いなどみっともない真似をするつもりはないのかもしれない。殺すなら殺せ、とでも言うような感じだった。


 ――殺すしかない。

 腕に、手に、力を込めた。

 この細い喉を突き刺せば――それで全部終わる。


 20年。

 20年だ。

 途方もない時間、膨大な人の命。


 これで全てが報われるのだ。

 これで全ての失われた命と時間に意味を与えることができる。

 これで――全て終わるのだ。


 おれはそれだけの物を背負ってここに立っている。

 躊躇うことなど、絶対にあってはならなかった。


 ……でも、おれの手はどうしてもすぐには動こうとしなかった。

 くそ、まただ。

 魔族を殺すのは初めてじゃない。

 これまで何度も殺してきた。

 でも、その度に――どうしても〝あいつ〟の顔が浮かぶのだ。

 今となっては遠い昔の、おぼろげな記憶の向こう側にいる〝あいつ〟の顔が――


「……どうした。殺さぬのか? いま、ここで妾を殺さぬと――この戦争は終わらんぞ?」


 おれが躊躇っていると、魔王が突然おれの剣を掴んだ。

 驚いていると、自ら剣先を喉元に突き立てた。


 思ったより流暢な人間の言葉だった。

 にやりとほくそ笑むような顔をしていた。まるでこっちを挑発しているかのような顔だ。


 ……くそ、躊躇うな。

 こいつをここで逃がしたら……それだけまた戦争が長引く。今日終われば、死ななかったかもしれない人たちが、そのせいで死ぬかもしれない。


 覚悟を決めた。

 自分の手を汚したくないなんていう理由だけで、逃げることだけは絶対にできなかった。


「……最期に、何か言いたいことはあるか?」


 おれはなぜそんなことを訊いたのだろう。

 恨み言でも言って欲しかったのだろうか。

 そうすれば後腐れなく殺せるとでも思ったのだろうか。


「――感謝する」


 思ってもいなかった答えが返ってきた。

 けど、理由は訊かなかった。

 これ以上は何も訊くべきではない。

 殺せなくなってしまう。


 ……怖い。

 殺すのも、殺せないのも、どっちも怖い。

 なんでおれらはこんなふうに、殺したり殺されたり、しなきゃならなかったんだろうな。

 他に道はなかったのかよ。

 あっただろ、他に道は。

 あったはずなんだよ。

 だって〝あいつ〟は友達だったんだ。

 血が青かろうが赤かろうが、そんなの関係ない。大したことじゃなかった。頑張れば言葉が通じる相手だったじゃないか。

 道はどこかにあったはずなのに、どうして――

 

 おれは魔王の喉に――剣を突き立てた。


 そこで〝夢〟が覚めた。

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