40〝友達〟のこと

「シャノン様、起きてください」

「……ん?」


 ぼんやりと眼を開けた。

 目の前にエリカスマイルの魔王が立っていた。

 おれはベッドから飛び跳ねた。


「な、なんだ!? ついに殺しに来たか!?」

「あら、イヤですわ。シャノン様ったらまだ寝ぼけておられるんですね」


 くすくす、と魔王は笑った。

 それは非常に上品な、可憐なお嬢様の笑い方だった。

 おれは心の底から警戒した。


「……なんのつもりだ、てめぇ?」

「なんのつもりって、朝起こしに来ただけだが?」


 口調が戻った。

 おれはなぜかほっとしてしまった。

 ……ん?

 おれはいまなんでほっとしたんだ……?


「ああ、そうかい。じゃもうおかげさまでバッチリ目が覚めたんで、とっとと部屋から出て行ってくれませんかね?」

「着替えるのを手伝ってやろうか?」

「いらんわい!!」


 小憎こにくらしい顔で笑う魔王を部屋からたたき出した。

 くそ……やっぱり追い出した方がよかったな。


 おれは着替えた。

 その時、鏡で今の自分の姿を見た。

 一瞬だけ、昔の自分の姿が重なった。

 〝夢〟のことを思い出してしまった。


「……よりによって、あいつを殺した時のことを夢に見るとは――くそ」


 朝からいまいち気分が優れなかった。



 μβψ



 あれから数日が経った。

 結局、魔王はこの家に残った。

 あいつは表向きは〝エリカ〟として、この家での生活を続けていた。


「エリカ、ごめん掃除ちょっと手伝ってくれる?」

「はい、お義母さま」


「エリカおねーちゃんあそぼー!!」

「いいわよハンナちゃん」


「エリカの料理はやっぱりうまいな! 最高だ!」

「お義父さまにそう言って貰えると、とても嬉しいです」


 ……うちの家族はすっかり魔王の外面に騙されてしまっている。

 まぁ見た目は気立てのいい美少女だからな。

 はぁ……中身が魔王でさえなければ、おれも惚れてたかもしれないのにな……。

 おれは深い溜め息を吐きながら、畑仕事に勤しんでいた。


「はぁ……本当に残念だ……」

「何が残念なのだ?」

「え?」


 気がつくと魔王が横に立っていた。

 おれはやっぱり飛び跳ねていた。


「て、てめぇ!? その気がついたら横にいるのやめろ!? 心臓に悪いんだよ!?」

「ははは、お前がいつも同じ反応をするのが面白くてな。いい加減慣れたらどうだ?」

「慣れるか! 慣れてたまるかってんだ!」


 ふん、とおれは畑仕事に戻った。

 しかし、なぜか魔王はその後どこへも行かず、ずっとおれの後ろに立っていた。

 まぁその内どっか行くだろうと思ったのだが、いつまで経っても気配は消えなかった。


「……なんだよ?」

「べつに何でもない。気にするな」


 振り返ると、魔王がわざとらしく白々しい感じでそう言った。

 ……なんだ?

 おれは訝った。

 何か企んでいるのか……?

 いや、考えるのはやめよう。どうせこいつのことだ。どうせ深い意味なんてない。おれをどうやっておちょくってやろうか、そんなことを考えているだけだろう。いちいち気にしていたらキリがない。


 気にせず草むしりを続けた。

 すると、魔王は何も言わずおれの草むしりを手伝い始めた。

 思わず手を止めた。


「……なんだ?」

「いや、ただ手伝ってやろうと思っただけだ」

「……」


 思わずめちゃくちゃ胡散臭い目で見てしまった。

 しかし、魔王は肩を竦めるだけだった。


「いまの妾はすこぶる身体の調子がいいからな。これまでは野良仕事なんて手伝えるような身体じゃなかったが、これからは色々と手伝えるだろう。むしろお前より力仕事ができると思うぞ」

「おいおい、おれと腕力で張り合っていたやつが随分とデカイ口を聞くじゃねえか。ちょっとくらい魔力制御できるようになったからって、所詮は人間の子供の腕力じゃたかが知れて――」

「この邪魔だな」


 魔王が畑にあったをおもむろに

 何やら妙な構えをしてから、するどい正拳突きを放ったのだ。

 すると、岩が粉々に砕けてしまった。


「……は?」


 え?

 え? なに?

 なんか……岩が砕けたんですけど?


 え、ええ……?

 ええ……?????(ドン引き)


「ふむ。やっぱり魔力制御ができるようになっても亜人の力は弱いな」

「いや、何が弱いな――だよ!? 砕いてんじゃねえか!?」

「いまのは力だけで砕いたのではない。ただ急所を突いたのだ」

「急所……?」

「そう、万物には全て魔力があり、その流れがあり、急所というものがあるからな。それを突けば造作もないことだ。まぁあんな石ころなら誰でも砕けるだろうが」

「砕けるわけねーだろ!? いきなり人間やめてんじゃねーよ!?」

「いや、これでも実際かなり弱い方だ。今の本来の魔力量を考えても、ほとんど実力を出し切れてない。魔力量だけ見れば今も幹部級だが、これではせいぜい下級戦士程度だな。それこそ全盛期に比べればカスみたいなものだ」

「それでも十分、人間やめてる気がするんだが……?」


 どうやら魔族語ではあれを石ころというらしい。人間語では岩と呼ぶのだが……。

 魔王は何事もなかったように草むしりを始めた。

 ……もしかしておれはとんでもないことをしたのでは? と、今さらそんなことを思い始めていた。


 いや、でもそう言えば〝あいつ〟もこんな感じだったっけな……?

 おれはふと昔の事を思い返した。

 魔族の連中は生まれつきの戦闘民族だ。子供だろうが腕力はめちゃくちゃ強かった。確かにこいつらの感覚なら、あれくらいなら〝石ころ〟なのかもしれない。


 あれはまだ魔族と人間が戦争する前のことだ。

 

 そいつの名前は〝ミオ〟といった。

 本当はもうちょっと長い名前だったと思うが、うまく聞き取れなくて結局そう呼んでいた。


 いまとなっては、少し記憶はおぼろげだ。

 なにせおれの主観時間上ではもう60年以上昔の事だ。

 でも、おれはミオというやつがいたことを忘れたことはない。

 そいつはある日突然おれの目の前に現れ、そしてある日突然去って行った。


 ミオとの出会いは、おれにとってはブリュンヒルデと仲良くなるきっかけでもあった。


 あの頃のおれはいじめられっ子で友達も少なく、ブリュンヒルデとも大して接点はなかった。みんなが楽しそうに遊んでいるのを遠くで見ているだけで、そこに入っていくようなことはなかった。いつも一人で、森の中にあるボロ小屋で本を読んだりしていた。


 それが色んな偶然が重なって、おれたちは三人でよく遊ぶようになった。


 ミオは頻繁におれたちに会いに来てくれていたが、ある日を境に姿を見せなくなった。おれたちが心配していると、最後の最後に一度だけ姿を見せてくれた。でも、それはおれたちに別れを告げるためだった。

 

 複雑な事情を共有し合えるほど、おれたちの意思疎通は完璧ではなかった。

 ただ、とにかくもう会えなくなるということだけは分かった。

 ……とても悲しかったのを覚えている。

 だってあいつは〝友達〟だったのだ。いつも一人だったおれにとっては人生で初めての〝友達〟だ。あいつがいなかったら、おれはブリュンヒルデとも友達にはなれなかっただろう。


 おれたちは再会を約束した。

 贈り物なんて用意してなかったから、おれが大事にしてた綺麗な石をあいつに上げた。


 いま思えばあんなのはただの石ころだ。でも、あいつはそれをとても喜んでくれた。それはいつか再開するための、約束の証にになった。


 ……でも、その日が最後だった。

 その後、おれたちが再びミオと出会うことはなかった。

 村が襲撃され、戦争が始まったのはそれからしばらくしてのことだ。


 おれは戦場で魔族と戦う度、もしかしたらここにミオのやつがいるかもしれないとずっと思っていた。それはきっとブリュンヒルデも同じだったろう。

 でも、戦場であいつの〝気配〟を感じたことはなかった。


 おれはどういうわけか、魔族の気配ってやつを感じることができた。他の連中には誰もできなかったし、ブリュンヒルデにもできなかった。でも、おれはなぜかそれができた。


 ミオの気配は何となく覚えていたが、戦場でその気配を感じたことは無かった。


 ……待てよ?

 もしかしてこいつなら〝あいつ〟のこと――〝ミオ〟のことを知ってたりしないだろうか?

 おれはふとそんなことを思った。


「なあ、魔王。ちょっと訊きたいことあるんだけどさ」

「なんだ?」

「お前さ、ミオってやつのこと知らないか?」

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