35,アホー!!!!
魔王はあの
「とまぁ、そういうことだ。妾は前世からそういう疫病神なんだよ。妾のせいで誰もが不幸になる。どうやらそれは生まれ変わっても同じようだ。改めて言うが、妾と関わってもロクなことなどないぞ? だからさっさと追い出しておくほうがお前らの身のためだ。これは妾なりの気遣いなのだぞ?」
いつもの魔王だった。
おれ知ってる、おれの嫌いな、いつもの魔王だ。
だが……どうしてか、おれには少しこいつが無理をしているように見えた。
「……お前、ここを出て行って行く当てなんてあるのか?」
「当てなどなくとも、今の妾ならどこでも生きていける。お前のおかげで魔力制御できるようになってしまったからな。今なら大人の男でも余裕で倒せるわ。わははは!」
魔王は偉そうに笑った。
……なんだろうな。
よく分からんが、いまのおれの目にはやっぱり無理して笑っているようにしか見えなかった。
きっとこいつは言葉通り、この先ずっと独りで生きていくんだろう。
誰にも会わず、誰もいないところで、独りぼっちでひっそりと。
それはそれで悪くない――とか思ってるんだろう。
その姿が、おれにはまるで昔の自分のように見えた。
……ああ、ダメだな。
こいつはまったく想像力の欠片もないな。
本当に、まるでかつてのおれのようだ。
世捨て人になった時、おれも最初はそう思っていた。
確かに、最初は独りでいることは苦痛ではなかった。
……それが段々と苦痛になってきたのは、もうどうしようもないところまでやってきた時だ。
ふと鏡を見ると、やけに老けた自分の顔が見えた。
それでいきなり我に返った。
あまりに遅すぎたが、おれはジジイになってようやく我に返ったのだ。
おれはいったい、今まで何をしてたんだ……?
ちまちま集めていた虫の標本とか、大事にしていた魔術道具とか、お気に入りの本とか……それまで価値があるように見えていたものが、急に全部ゴミに見えた。
ジジイになって気がついた。
おれの周りにはゴミしかなかった。
そうすると、無性に人に会いたくなった。
真っ先にブリュンヒルデの顔が浮かび、次から次へとかつての仲間の顔がよみがえった。
……でも、もう何もかも遅かった。
そこからおれは狂ったように自動人形の研究に没頭した。残りの生涯を全てかけるほどに。
おれは〝人肌〟が恋しかったのだ。
だが、結局自動人形は完成しなかった。
いや、自動人形としては完璧な物はできたと思う。
けれど……そこには〝心〟がなかった。
おれは〝心〟を計算で生み出そうとしたが、膨大な数字の羅列の中をいくら探しても、どこにもそんなものはなかった。そこにあったのは、ただの数字だ。
おれが求めていたものを手に入れるのは簡単だった。
ドアを開けて外に出て行けばよかった。
それだけでよかったのに、それに気がつくのにとんでもない時間がかかった。
で、最期は泣きながら、血を吐いて死んだ。
おれの目には、ヨボヨボになって独りで死んでいく未来の魔王の姿がなぜかはっきりと見えた。
「……なあ、魔王」
「ん? なんだ?」
「うおりゃ!!」
「あいたっ!?」
おれは魔王にデコピンをかましてやった。
「な、なにをする!?」
「お前さ、人に命助けてもらっといてハイサヨナラはないんじゃねえの?」
「……へ?」
おれクッッソデカ溜め息を吐いた。
「はあああああ……ったく、これだから魔族は。なに、お前らの世界じゃ恩返しとかそういう概念ないの?」
「な、何を言ってる……?」
魔王は困惑していたが、おれは続けた。
「人がせっかく命がけでドラゴン倒して、そんでやっと魔術道具作ってやったのに、貰うもん貰ったらさっさとトンズラか? やれやれ、プラプラの民とやらは随分と薄情な連中なんだなぁ」
「プ、プラネスだ! だ、だいたいこれは妾が頼んだものじゃないだろう!? お前が勝手に作って持ってきたんだろうが!?」
「ああ!? そういうこと言う!? ちゃっかり命だけ助かっといてそういうこと言う!? かー!! これだから魔族は!!」
「妾は別に死んでもよかったのだ! 貴様が余計なことしたせいで死に損なっただけだ!」
「そうか。そりゃ残念だったな。だがな、おれはお前に借りを作ったまま死なれるなんて真っ平ごめんだったんだよ。そっちこそ勝手に恩着せがましいことしてさっさと死のうなんて、そんな都合の良い死に方できると思うなよ!」
びしっ、と魔王に指先を突きつけた。
魔王が気圧されたようにたじろいだ。
自分でも何を言ってるのかよく分からんが……とにかくここは勢いで押し切ろう。
「な、な……?」
「まぁ、でもこれでお互いに貸し借りはなくなったと言えるわけだが……でも理論上、まだおれの与えた恩のほうが勝っていると判断できる」
「どういう理屈だ!?」
「お前は熊を追っ払っただけだが、おれはドラゴンを倒した……難易度はどう考えてもおれのほうが上だろうが!!!! こんなもんスズメでも分かるわ!!!!」
「そういう問題なのか!?」
「そういう問題だ。なのでまだ十分、ちゃんと恩返しをしてもらっていない。お前はおれに借金があるんだ。借金されたままトンズラされたらたまったもんじゃねえ」
「……お、お前」
魔王が信じられないものを見るような目でおれを見ていた。
どうやらおれの言わんとしていることがようやく伝わり始めたらしい。
おれは咳払いした。
……なんか急に恥ずかしくなってきた。
「……だからまぁ、なんだ。あれだ。出て行かれると困る……とまでは言わないが、別に出て行く必要まではないような気はせんでもない」
「……お前、だって、妾は〝魔王〟なんだぞ? あの戦争の元凶なんだぞ?」
「正直、お前の話の全てを信じたわけじゃない。わけじゃないが……少なくとも嘘を言っているようには見えない。じゃあ、お前は別に元凶でも何でもない。おれの村を襲ったのがお前らじゃなかったのなら――〝何者か〟が、魔族と人間の戦争をけしかけた可能性がある。お前らに、おれの村を襲った罪を着せたやつがいるってことになる」
「……信じるのか? 妾の言った戯れ言を?」
「別に信じたわけじゃねえよ。嘘は言ってないと思っただけだ」
ふん、とおれは鼻を鳴らした。
あーくそ、恥ずかしいな!!
「……まぁ何だ。お前にはもう少し事情聴取する必要もありそうだしな。そ、それにどうせ行く当てねえんだろ? その上たいして金もねえくせに、どこでどうやって生きてこうってんだ。お前が人様に迷惑かけたらおれの責任になっちまうだろうが」
「……」
「それにハンナはお前に懐いてるし、ティナだってダリルだって、お前のことは気に入ってるんだ。ここでお前が出て行ったら大騒ぎになる。ハンナが泣くかもしれん。おれは別にお前が出て行こうがどうしようが一向に構わんが、家族に迷惑かけられるのはイヤだ。だ、だからあれだ……行くところもないのに無理して出て行く必要はない。居場所がどっかにあるなら話は別だが……そうじゃないなら、とりあえずここにいたらいい。とりあえずな!」
最後はやけくそで言った。
くそ、おれは何を言ってるんだ!?
魔王がせっかく自分から出てってくれようとしてるのに、それを引き留めるなどあまりにも愚かだ。
おれはこいつのことが嫌いだ。
そう、とても嫌いだ。
……だが、前世のおれみたいな死に方しやがれ、と思うほど嫌いではない。
独りぼっちで死ぬのは……本当に辛いのだ。
「……ん? おい、どうした?」
「……」
魔王が完全に静止していた。
「おーい……?」
「……」
……ぴくりともしない。
こいつ、いったいどうしたんだ……?
なんて思っていたら、魔王の目からぼろぼろ涙がこぼれ始めた。
「は!? お、お前なんで泣いてんだよ!?」
「……え?」
魔王はようやく我に返った。
泣いている自分に気づいて、慌てて目元を拭っていた。
「ち、違う!! これは泣いておるのではない!!」
「いや泣いてんだろ!?」
「これは水の魔法だ!! 目から水を出す魔法だ!!」
「嘘吐くならもっとマシな嘘つけや!!」
「泣いておらんと言ったら泣いておらんわー!!!! アホー!!!!」
その日、静かな朝に盛大な「アホー!!!!」が響き渡った。
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