34,真実
「……」
……いや、えっと。
え?
ちょっと待って。
どういうことだ……?
戦争なんてするつもりはなかった……?
魔王は静かにおれを見ていた。
つまらない言い逃れをしているようには見えなかった。
「でも、だってお前らはこの世界を侵略するために魔界からやって来たんだろ……?」
「侵略するために? それは違うな。そもそもな、我々は逃げてきたんだよ。滅亡寸前だったプラネスからな」
「滅亡……?」
プラネスというのは、つまりこいつらの言葉でいう魔界のことだ。
魔王は空を見上げた。
その視線の先には、明け方の空にうっすらと浮かぶ赤黒い星――ニヴルヘイムの姿があった。
「……我々はな、神の怒りに触れたんだ。古き盟約を破り、決して目覚めさせてはならない脅威を起こしてしまった。そのせいで、我らの故郷プラネスは滅んだ」
「……神? 盟約?」
「ああ。我々の傲慢と思い上がりが神を目覚めさせたのだ。我々はそいつのことを
「ドラゴン一匹に滅ぼされたって……どんだけつえーんだよそのドラゴン? 大型種か?」
「超極大種だ。我らの言葉では〝テオス〟とも呼ばれている。〝神〟という意味だ。お前らの単位で言うと……そうだな。身の丈50プランクは
「いやそれデカ過ぎないか……?」
「伝承によれば2000年以上生きている古代種だからな。プラネスの意思の代行者――それが
「……そいつに世界を滅ぼされたのか?」
「ああ。我々はもちろん抗ったが、なにせ相手は〝神〟だからな。勝てるわけもなかった。それで追い詰められた我々は古代遺跡の〝門〟を稼働させて、こっちの世界へ逃げてきたんだ」
「……古代遺跡? お前らが開いた〝門〟ってのは魔法なんじゃなかったのか?」
「あれは魔法じゃない。我々の世界にかつて存在した文明の遺物だ。はるか昔に滅んだ古代文明の遺跡だったが、何とか古文書を解読して稼働させることができた」
「……」
「それで命からがらこちらへ逃げてきたが……この世界にはお前たちがいた。我々〝人間〟とよく似たお前ら〝亜人〟がな。お前らは我々に比べれば、あまりにも脆弱だった。まさか魔法も使えん生き物が存在するなんて思ってもいなかった。強硬派の連中はこんな世界さっさと武力で支配してしまえと言ったが、妾の父上はそれに断固として反対した」
「お前の父親? それってもしかして……」
「ああ、先代のバシレウスだ。妾がバシレウスの地位と力を継承したのは父上が死んだ後だからな」
魔王は続けた。
「父上は、人間と戦争すれば我々は負けると最初からずっと言っていた。和睦以外に道は存在しないと。いくら我々が種族として強くとも、人間とでは数が違い過ぎる。だから最初は勝てたとしても、いずれ数に押されて負けることになる――とな。強硬派の連中も父上には逆らえんかったから、次第に大人しくなった。我々が開いた〝門〟はアヴァロニア王国という国の領地にあったから、父上はその国とずっと交渉していたんだ」
「……」
おれは少し信じられない気持ちで魔王の話を聞いていた。
……和睦? 交渉?
それはおれが知っている話とは全然違う。
魔族は一方的に侵略を開始した。ずっとそう聞かされていた。
だって実際に、おれのいた村はある日突然、何の前触れもなく魔族どもに一方的に蹂躙されたのだ。
「交渉はうまくいっていたんだ。アヴァロニア国王は我々に領地を与えてくれた。そこが我々にとっての、新しい第二の故郷になるはずだったんだ。荒れ果てた何も無い土地だったが、それでも有り難い話だった。だが――しばらくしてから事件が起きた。我々の領地にほど近いところにあった人間の集落が何者かに襲撃されたんだ」
どくん、と心臓が跳ねた。
……ちょっと待て。
その集落っては――おれの住んでいた村のことじゃないのか?
口の中が急速に乾いていった。
「……そ、その集落を襲ったのは……お前らじゃなかったのか?」
「違う。我々じゃない」
「う、嘘だ。おれはそんな話信じないぞ。言っとくけどな、おれはその村の生き残りだ。おれの村は魔族に襲撃されたんだ」
てっきり魔王は驚くかと思ったが、そうはならなかった。
ただ静かにおれを見返し、こう言った。
「では聞くが……お前はその〝魔族〟とやらの姿を見たのか?」
「……え?」
おれは言葉に詰まってしまった。
魔族を見たか――って?
そりゃ見たさ。
誰かがずっと叫んでたんだ。
魔族が襲ってきたぞ、って。
だから――
……あれ?
ふと気がついた。
……おれ、魔族の姿をこの目で見たんだったか?
思い出そうとした。
でも、記憶は断片的だった。
家族が死んだところ、村が燃えているところ、瓦礫の中で膝を抱えていたところ、ブリュンヒルデが助けに来てくれたところ……あらゆる場面が浮かんでは消えた。
でも、魔族の姿をこの目で見た覚えはなかった。
「ふむ。その様子だと、もしかして見た覚えがないんじゃないか?」
「い、いや、だって……でも誰かがずっと叫んでたんだ。魔族が襲ってきたって……それに、お前らはおれらと同じような見た目だ。区別なんてつかない」
「それは確かにそうだ。だが、お前はその目でちゃんとはっきり見たのか? 自分の村を蹂躙する者の姿を、自分自身の目で」
「……いや、だって、おれはずっと隠れてたから……でも、生き残った人たちでそう言ってる人たちがいたんだ。魔族が襲ってくるのを見たって」
「ふむ。ではそいつらはなぜ襲ってきたのが魔族だと分かったんだ? お前らの言うとおり、見た目で区別なんてつかんと思うがな」
「それは多分、魔法を使ったから……それで――」
「あの頃は我々と人間の接触はほぼなかった。魔法を使うところを、そうだと認識できるような人間が、なぜお前の村の中にいた? 何か魔術道具を使ったのだと認識してもよかったはずなのに、なぜ魔法を使ったと認識できたんだそいつらは?」
「それは――」
おれは何とか言葉を返していたが、言えば言うほど確証がなくなっていった。
……確かにこの目で魔族は見てない。
思い返せば思い返すほど、おれの記憶はあまりにも曖昧だった。
魔王はそんなおれを、じっと静かに見ていた。
「……その村の襲撃事件が、全ての発端だった。でもな、あれは本当に我々じゃなかったんだ。だが、そう言ってもアヴァロニア王国は信じてくれなかった。だから父上は誤解を解くために、単身で国王の元へ向かったんだ」
「……」
……なんだ?
おれはいま、何の話を聞かされてるんだ……?
混乱していた。
魔王は何か思い出したのか、奥歯を強く噛みしめるような表情になった。
「だがな、それでどうなったと思う? 父上はな……人間に殺されたんだ」
「……殺された?」
「ああ、むごい死体だった。どれだけひどい拷問を受ければああなるのか……父上はバシレウスだ。人間など魔法で簡単に捻り殺せる。それでも、きっと父上は最期まで和睦を訴えたんだ。だから攻撃しなかった。それをいいことに、人間は父上を残忍な方法でくびり殺した」
「……」
「遺体はゴミのように送り返されてきた。見せしめのようにな。それを見た我々は、もう誰もが開戦を決意した。妾も、最初はそうだった」
「……最初は? どういうことだ?」
魔王の顔から怒気が消え、静かな表情になった。
「……最初こそ、妾も我を失っていた。亜人を――人間を許すことなど到底できぬと思った。すぐにでも父上を殺した連中を八つ裂きにしてやろうと思った。でもな、すぐに思い出したことがあった。妾には〝約束〟があったのだ」
「約束? 何の話だ?」
おれが首を傾げると、魔王は少しだけ笑った。
それは少し寂しそうな笑みにも見えた。
「なに、他愛のない話だ。気にするほどのことじゃない。だがな、それで妾は眼が覚めた。妾がすべきことは復讐することではない、何があっても父上の遺志を受け継ぐことだと思った。だから何があっても開戦だけは避けねばならんと思って、部下たちを必死に説得した。でも、まだ幼かった妾には戦士たちを止めることはできなかった。そうこうしている内に、強硬派を筆頭に一部の者どもが突っ走った。アヴァロニアの王都を攻撃したんだ。後はもう――どうしようもなかった。父上の思い描いた和睦など崩れ去り、我々はこの世界全てを敵に回したんだ」
魔王はまるで悔いるような表情をしていた。
これが以前のおれだったら、何を悔いるふりをしてるんだと思ったかも知れない。
でも、今のおれにはそう見えなかった。
いまのおれの目には――魔王は本当に、心から悔いているように見えた。
「……あの時、妾がもっと必死に頑張っていれば、あの戦争は防げたはずだった。それが出来たのは妾だけだった。妾だけが、あの戦争を食い止めることができたんだ。だから、あの戦争の責任は全て妾にある。妾こそが全ての元凶だ。そう――この〝魔王〟が全て悪いんだよ」
魔王は顔を上げた。
そこにはいつもの
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