29,知は力なり

「――う」


 痛みで思わずうめいた。

 ……くそ、何がどうなったんだ……?


 どうやら、気を失っていたようだ。

 地面に投げ出されていた。

 なぎ倒された木々の隙間に、奇跡的に入り込んでいた。少しでもズレていたら身体を押し潰されていただろう。


 何とか首だけ動かして周囲を確認した。

 近くに機械馬が転がっていたが、完全に大破していた。あれじゃもう動かすのは無理だろう。


 ……はは、こりゃ詰んだな。

 走ってドラゴンから逃げるなんて無理だし、ましてやこんなボロボロの身体じゃなおさら無理だ。


「ああ、くそ。まさかこんなところで第二の人生が終わるとは……」


 やれやれだ。

 今度こそ、ちゃんとした人生を送るつもりだったのになぁ……。

 ちゃんと親孝行して、もっとハンナと遊んで、彼女作って、子供が出来て、そんで親に孫の顔を見せてやるのが夢だった。

 

 なんでこんなことになったんだっけ……?

 ああ、そうだ。魔王のやつがウチに転がり込んできたんだ。

 くそ、何が許嫁だ。あんなやつと結婚するなんて真っ平ごめんだ。

 あんなやつどうでもいい。

 おれはあいつのせいで、前世は散々な目に遭ったのだから。


 ……でも、それならおれはどうしてこんなことしてるんだろうな?

 別にあいつが死んだって困らないはずだ。

 むしろ好都合では?

 勝手に死んでくれるんだ、手間が省けてありがたいじゃないか。


 なら、おれはどうしてこんなことしてるんだろう……?


「――ああ、そうだ。あいつにはがあったからな。これは、それを返すためだ」


 何とか身体を起こした。

 ……魔王のやつ、自分がどうなるか分かっていて、あそこで魔法を使いやがった。

 おかげで命拾いしてしまった。

 おれは残念なことに、あいつに命を助けられてしまったのだ。

 このおれが魔王に借りを作る?

 この大賢者様が?

 そんなのは我慢ならない。

 そうだ。

 おれはそれがイヤで、こんなことしてるんだ。

 あいつがどうなろうが知ったことじゃない。

 知ったことじゃないが……あいつが死んだら、おれはずっと借りっぱなしだ。

 それはここで死んでも同じだ。

 おれが戻らなかったらあいつは死ぬ。

 あのムカツク野郎をぎゃふんと言わせてやるには、おれがオパリオスを持って帰って、疑似魔法核を造ってあいつを助けてやる以外にない。

 それで、貸し借りはゼロだ。


 火竜フォティアは地上に降り立ち、おれを探すように周囲を見回していた。

 さすがはドラゴンだ。あいつらの執念深さには本当に恐れ入る。

 ……いま、あいつはおれを見失っている。

 勝機があるとすれば――このほんの僅かな時間だけだ。

 あいつがおれを見つけるまでの間で、何か策を練るしかない。


 機械馬がないから、もう逃げるのは無理だ。

 じゃあずっとここに隠れているしか方法がないのか?

 あいつが諦めてくれるまで、おれはまたガタガタと震えているだけなのか?


 そんなのは冗談じゃない。

 もうあんな惨めな思いはしたくない。

 そうだ。

 それに、おれには時間がないのだ。

 さっさと戻らないと魔王が死んじまう。


 なら、あのクソトカゲをぶっ殺すしかねえ。


 だが、どうやって?

 もうおれの手元には壊れた機械馬と、ひしゃげた騎銃カービンしかない。

 これでどうやってドラゴンと戦うんだ?


 ――と、普通の人間なら思うだろう。

 だが、そう……おれは〝大賢者〟だ。

 必要なモノは、全てここにある。あの頃の無力だったおれとは違う。


 知は力なり――だ。


 μβψ


 おれは機械馬の残骸まで這った。

 フレームが完全にイってしまっているが、魔力機関はかろうじで無事なようだった。これなら少し直すだけでまだ動かせるだろう。

 おれはとにかく使える部品を片っ端から外し、中から魔術回路を引っ張り出した。


 さすがに機械馬ほどの魔術機械になると、魔術式はとても複雑になる。

 だからある程度は大きくなってしまうし、一枚ではなく複数の魔術回路に分けたりする。


 引っ張り出した魔術回路を細かく検分した。

 ……なんつーか、操縦してたときも思ったが……昔と何にも変わってないな。インターフェースもそうだったが、この魔術回路は昔の統一規格そのままだ。それも後期型だ。


 人魔大戦時、各国は魔王討伐軍内で統一規格というものを定めた。お互いの装備に互換性がないと色々と不都合があるからだ。


 ……なんで200年も前の規格をそのまま使ってるんだ……? 普通、技術力が上がれば小型化されるなり、もっと効率化されていると思うんだが……まぁいま考えることではないか。


 それに馴染みのある回路のほうが改造しやすいからな。

 ほとんどの人間には、ここにあるのは壊れたガラクタにしか見えないだろう。

 だが、おれにはまるで宝の山だ。こんなにもたくさん部品があって、魔術回路がある。魔力機関まである。


 なら、これを使って火竜フォティアをぶっ殺せるような兵器を造ればいい。


 おれは引っ張り出した部品などを使って、魔術回路に手を加え始めた。魔術回路ってのは魔力導線に従って魔力が流れることでを指示し、それが四元素に干渉することで魔術が発動するわけだ。


 だったら既存の魔力導線に手を加えて、その流れを意図的に変えれば改造することができる。すでに出来上がっている名画に色を付け足すような愚行だが……この場合は仕方ない。


 だが、もちろん魔術回路の改造なんて即席でできるものじゃない。

 これはそもそも膨大で緻密な計算の上に描かれた魔術式なのだ。少しでも魔力の流れが変わったら、計算結果に大きな狂いが生じる。


 それこそ、頭の中に回路の全体図が全て入っていないと既存の回路を改造して別のモノを造るのは不可能だ。


 例えば鈍器みたいに分厚い本があって、その本の中身を一字一句、空白の位置に至るまで覚えている人間などいるだろうか?

 仮にそれが本を書いた著者だとしても、それは難しいだろう。普通ならそんなことはできない。


 ――そう、普通ならな。

 

 魔王討伐軍における統一規格というのは一度、大戦中期に大幅に変更されたことがある。

 俗に後期型と呼ばれた規格だが、この機械馬の魔術回路はそれに沿って造られている。


 

 

 

 おれは魔術以外に取り柄がない。

 だが、魔術でなら誰にも負けない。

 こうすることでしか、おれはブリュンヒルデの隣にいることができなかったから。


「待ってろよクソトカゲ……このおれに楯突いたらどうなるか、思い知らせてやる」


 μβψ


 火竜フォティアの動きが止まったのが見えた。

 

 ドラゴンは人間と同じように、かなり目に頼る生き物だ。今は片目が潰れているおかげで、視野はかなり狭いだろう。もしかしたら少し探し疲れたのかもしれない。


 ……ここまで見つからなかったのはテディのおかげだな。


 おれは物陰に隠れながら、ドラゴンの様子を窺った。

 をぶち当てるチャンスは一度だ。

 おれは機械馬の残骸を使って組み上げた、即席の兵器――〝光束縮写管砲こうそくしゅくしゃかんほう〟の砲先をドラゴンに向けた。


 光束縮写管砲は大火力の炸裂弾を発射するカノン砲と違い、超高密度の光球弾を打ち出す兵器だ。これはカノン砲に比べて超長距離射程で、とにかく貫通力に特化している。カノン砲ならドラゴンを倒すには何度もぶっ放すしかないが、光束縮写管砲なら(当たりさえすれば)一発でも致命傷を負わせられる。


 即席とは言え、こいつの威力は理論上大型砲並みだ。

 こいつにはそうだな――〝撃てるんです〟という名前を付けよう。我ながらイカすネーミングだ。


 ……しかし、我ながらかなり不格好なものが出来上がってしまった。

 これでは光束縮写管砲というより、出来損ないの骨細工だ。

 だが見た目はアレでも、威力だけ見れば申し分ないはずだ。

 当たりさえすればな!!


 ただ耐久性は度外視なので、撃てるのは一発か二発だ。運が良かったら二発撃てるかも知れない、という程度の耐久性だ。

 カノン砲じゃなくて光束縮写管砲にしたのはそういう耐久性の問題もあるし、何よりもっと切実な問題がある。


 それは、もうおれの魔力がほとんど残ってないってことだ。

 さっき計測器で現在魔力量を計ってみたが……この兵器で使用する魔力量を考えれば、もうかなりギリギリの量だ。一発撃てば、それだけでごっそり持って行かれる。何とかギガバイトを下回らないかどうか、というところだ。


 ギガバイト以下の魔力量になるのは普通に命の危険がある。人間の生命活動を維持するのに、最低でも1ギガバイト以上の魔力量が必要になるからだ。


 ……マジで撃てるのは一発だ。

 運が良かったら撃てるんですが壊れず、二発目が撃てるかもしれない。だが、それではおれの身体がもたない。どっちにしろ撃てるのは一発、ということだ。


 絶対に外せない。

 狙うなら一番狙いやすい胴体だが……それではオパリオスが回収できないかもしれない。頭は的が小さすぎる。

 ……なら、首の付け根あたりか。


「頼むから動かないでくれよ――」


 おれは砲先を微調整して、手作りの照準器で狙いを定めた。

 絶対に外せない。

 無意識に呼吸が少し荒くなった。

 外したら終わる。

 そう思うと指先が震えた。

 いや、大丈夫だ。

 当たる。

 必ず当たる。

 いや、当てる。

 絶対に、当てる――ッ!!


 今だ!!


 おれは引き金を引いた。

 魔力機関がうなりを上げた。

 骨細工の砲身の中で光が生まれ、それが急速に増幅し、そして凄まじい閃光と共に光球が撃ち出された。

 光球の射線は、完全に火竜フォティアを捉えていた。


 ――よし!!

 当たった!!


 そう確信した瞬間、火竜フォティアがいきなり巨体を大きく捻った。

 

 ……え?


 光球を躱されてしまった。


 μβψ


「そ、そんな……」


 呆然としてしまった。

 火竜フォティアはすぐにこちらを振り返り、おれの姿を捕捉した。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 怒り狂ったように咆哮した。

 開かれた大口から光が溢れだした。

 火炎弾だ。

 向こうはおれを位置を完全に捕捉している。


「くそっ!!」


 おれはすぐに砲の確認をした。

 ……撃てる、何とかあと一発なら撃てそうだ。

 だが、もう一発を撃てるだけの魔力がおれには残っていない。


「くっ……!」


 急に目眩がした。

 視界がブラックアウトしそうだった。

 これは魔力欠乏状態の症状だ。

 ……ダメだ、もう一発撃ったら多分ショック症状で死ぬ。


 くそ、くそくそくそくそくそッ!!!!

 ここまでかよッ!?

 せっかく生まれ変わったってのに、おれはこんなのところで死ぬのかよ!?


 次があるかなんて分からない。

 いやだ、死にたくない。

 死にたくなんてない。

 前世の最期が頭によぎった。


 おれはまた、独りぼっちで死ぬのか……?

 そんなのは絶対に、絶対にいやだ……ッ!!


「ヴァージル」

「……え?」


 今にも完全にブラックアウトしそうな視界の中に、小さな白い手が差し出された。

 見上げると、そこにはブリュンヒルデの姿があった。

 ……ああ、ダメだ。

 また幻覚が見える。

 これがってやつか……?

 はは、何だよ今さら。

 どうせなら前世で死ぬ時も迎えに来てくれたらよかったのに。

 おれはさ、ずっとこうしてお前の手を取るところを妄想してたんだ。

 これが例えただの幻覚だとしても、お前の手を握って死ねるのなら、それはそれで悪くないのかも知れないな。

 

「大丈夫だ、お前は死なん。わたしの〝力〟を貸してやる」


 幻覚はそう言った。

 でも、おれは思わず弱音を吐いてしまった。


「ダメだ、無理だよブリュンヒルデ。もう無理だ。勝てっこない」

「お前はいつも弱音を吐いてばかりだなぁ、まったく……いいから立て!!」


 幻覚がおれの手を思いきり引っ張った。

 すごい力だった。


「うわっ!?」


 立ち上がった勢いで前につんのめった。

 そこをさらに、ばしん!! と背中を叩かれた。


「いてぇ!?」

「いいからさっさと眼を開けろ!! 〝敵〟は目の前だ!!」


 叱咤された。

 その瞬間、ブラックアウトしそうだった視界が急速に正常化した。


「……え?」


 身体に力が戻っているのが分かった。

 ……そんな。

 魔力が……回復してる?

 ブリュンヒルデの姿はどこにもなかった。

 やはり幻覚だったのだ。

 でも……だったら、どうして魔力が回復してるんだ……?


 って、呆然としてる場合じゃない!?


 慌てて火竜フォティアを振り返った。

 これまでにないほど巨大な火炎弾が形成されていた。

 ……おいおいおいおいおい!?!?!?

 今度こそ完膚なきまでに吹き飛ばすってことか!?!?!?


 どうやら、おれが本気を出すに相応しい〝敵〟だと認識してくれたようだ。

 ちっとも嬉しくねえがな!!

 おれは慌てて光束縮写管砲撃てるんですに取り付いた。


 今度は――絶対に外さんッ!!


「くらえッ!!」


 引き金を引いた。

 周囲に凄まじい放電現象が起き、光球が形成され始めた。

 ……え?

 ……あれ?

 な、なんか……さっきより出力上がってないか?


 魔力機関がすさまじい唸りを上げていた。

 さっきとは明らかに違う。

 おれの想定をはるかに越える出力が発揮されている。

 な、なんだこれ……?

 こんなのは計算上あり得ない。

 いまのおれの魔力量でこんな出力が出るわけがないのだ。

 何が起きているのかさっぱり分からなかったが、おれはふと感じた。

 どこからか、魔力が自分に流れ込んでくるような感覚を。

 どこかは分からない。

 でも、何か目には見えない流れが、おれの身体に魔力を与えてくれているように感じた。


 目も眩むような閃光が放たれた。

 火竜フォティアが火炎弾を撃ち出したのもほぼ同時だった。

 ……それは何と言うのか。

 撃ち出されたエネルギーはもはや光球ですらなく、地を駆ける剛雷のようだった。

 まるで天の意思が罰でも下すかのように、剛雷は火炎弾を打ち消し、一気に火竜フォティアへと襲いかかった。


 首の付け根を狙ったつもりだったが、放たれた剛雷は火竜フォティアの首をまるごと消し飛ばしてしまった。


「……」


 ……わーお。

 それしか言葉が出てこなかった。

 こんなの――計算上あり得ない威力だ。


 首を失った巨体は、ゆっくりと地面に倒れた。

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