28,大賢者、戦う

「――ふ、よもやここまでか」


 魔剣を構えたまま、テディ・マギルは笑っていた。

 目の前に火竜フォティアがいるというのに、その顔にはまるで臆したところがなかった。まるで好敵手を相手にしているかのような表情だ。


 魔剣でこんなでかい化け物と戦うのは無茶だという自覚は、さすがのテディにもあった。

 だが、こいつは中々の業物だ。〝神具〟と比べればオモチャのようなモノかもしれないが、粘れば尻尾くらいは切り落とせるかもしれない。


 テディは全身から気を発した。魔力バイパスを通して魔術鎧に魔力が流れ込む。

 魔術鎧は防具としてはもちろん、身体能力を上げる身体補助機能も付加されている。いまのテディの身体能力は、例え相手が魔族でも張り合えるレベルだ。


「我が輩はまだ死んでおらぬぞ……ッ!! さぁ、来いトカゲッ!! その首ぶった斬ってくれるわッ!!」


 テディが火竜フォティアへ突っ込んでいった。放たれた火炎弾を躱し、懐へ飛び込んだ。


 まず足を狙ったが、火竜フォティアはすぐに尾を振り回して攻撃してきた。

 テディはそれを超人的な反射神経で躱し、尾に魔剣を突き立てた。ドラゴンの鱗は頑丈だ。ましてや大型種ともなればとんでもない堅さだが……テディの放った突きは鱗を貫通した。

 すかさず抉り込むように振り抜いた。

 

 青い血が吹き出した。手応えはあったが、それはドラゴンの尾に軽症を与えたに過ぎない。


 火竜フォティアは怯むどころか余計に怒り、口から火を放った。火炎弾ではなく火炎放射だ。


「むう……!?」


 生身で食らえばあっという間に消し炭にされるほどの火炎だったが、魔術鎧の防御術式が彼の身を守った。しかし視界を塞がれた。


 炎が晴れた瞬間、尾が襲いかかってきた。

 まずいと思った時にはもう遅かった。テディはドラゴンの尾をまともに食らった。


「ガハ――ッ!?」


 吹き飛んだ。

 地面を転がり、木にたたきつけられた。


「ちぃ、油断したわ……ッ!」


 すぐにテディは立ち上がった。しかし、すぐに身体に痛みが走った。骨が何本か折れているようだ。


 ……これまで何度も死にかけたことはあった。だが、その度に気合いで乗り越えてきた。ギリギリ死線を越えぬように踏ん張ってきたが……さすがに今回ばかりは、完全に死線を越えてしまったようだ。


 テディはにやりと笑い、魔剣を構えた。


「まさかこんなところが墓場になるとはな……まぁ火葬の手間は省けそうだが」


 火竜フォティアは鎌首をもたげ、じっとテディを睨み付けていた。

 普通なら恐怖で動けなくなるところだろうが、男はやはり魔剣を構えたまま、ずっと同じような顔で笑っていた。


 別にいつどこで死のうが、それは覚悟の上だ。自分にもその順番が来たに過ぎない。だから恐怖というものはなかった。


 だが……ここで死んではを反故することになる。心残りがあるとすればそれだけだ。


 火竜フォティアが大口を開けた。

 口から光が漏れた。

 火炎弾が放たれる兆候だ。


「ふん、来るなら来い!!」


 今まさに火竜フォティアの口から火炎弾が放たれようとした瞬間、凄まじい一筋の閃光が飛んできたのだった。


 μβψ


 自作騎銃カービン火竜フォティアのドタマにぶち込んでやった。

 こいつは通常の三倍の威力だ。大型種でもそれなりにガツンと効いたはずだ。


「くそ、もう後戻りできねえなッ!!」


 おれは機械馬を駆り、その場から疾走を始めた。

 機械馬のインターフェースは何も変わってなかった。おれがよく知っている、前世でよく使っていた機械馬だった。

 そう、驚くほどそのままだった。


 一瞬なんじゃこりゃと思ったが、今はそれを気にしている余裕はなかった。

 逆に操作が分かるから有り難いくらいだ。

 

 機械馬の操縦にはちょっと自信あるのだ。


 おれは一直線に火竜フォティアへ向かった。

 とにかくおっさんが逃げられるようにしねえとな……ッ!


 煙幕弾を片手に持てるだけ持って、木々の間から飛び出すと同時にそれらを周囲にバラ撒いた。

 煙幕弾が炸裂し、周囲が煙に覆われた。


「ぬう!? い、いったい何だ!?」

「おっさん!! 後はおれが何とかするからあんたは逃げろ!!」

「だ、誰だ貴様は!? 我が輩の部下ではないな!? 何者だ!?」

「名乗るほどのもんじゃねえ、ただの通りすがりの魔術師だよ!! とにかく逃げろよ!? いいな!?」


 一方的に言うだけ言って、煙の中から飛び出した。

 火竜フォティアは大量の煙幕のせいでおれたちの姿を見失っていた。

 ……ちょっと煙幕が多かったな。あれじゃおっさんも何も見えんと思うが……まぁあれだけの手練れだ。そこは何とか逃げてくれるだろう。


「てめぇの相手はこっちだ!」


 おれはもう一度、騎銃カービン火竜フォティアに向けてぶっ放した。

 炸裂弾が頭に直撃した。

 火竜フォティアは大きく首をふり、怯んだ様子を見せた。

 

 ははは!!

 こいつの威力は中々効くだろう!?

 なんせおれが1年かけて造ったんだからな!! けっこう自信作だぜ!!


 なんて心の中で高笑いしていたら、火竜フォティアがギロリとこちらを振り返った。片目はテディの騎槍ランスによって潰されているが、もう片方の目が怒りに燃え上がっていた。


 ……は、はは。

 めちゃくちゃ怒ってるわ。

 い、いや、ビビるなおれ!!

 相手はただのでっかいトカゲだ!!

 この大賢者様にかかれば朝飯前の軽いおやつみたいなもんだ!!


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


 めっちゃ咆えられた。


 うひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!

 やっぱこえええええええええええええええええ!!!


 機械馬のスロットルを全開にして、おれは全力で逃げ始めた。


 μβψ


 こちらの目論見通り、火竜フォティアは怒り狂っておれを追いかけてきた。

 上空を飛びながら、おれのことをぴったりとマークしてくる。

 やたらめったら火炎弾を撃ってきた。

 おれはとにかくそれを必死に避けながら、森の中を疾走した。


 一度でも木にぶつかったら即アウトだ。

 普通では考えられない速度で森の中を駆けた。頭の中は興奮物質でびしゃびしゃだ。もうなんか自分でもワケ分からん……!!


 で、こっからどうする……!?


 おれは考えを巡らせた。

 ぶっちゃけ火竜フォティアを引きつけた後のことは何も考えてなかった。

 ひとまずおっさんから引き離すことには成功したが、このままではおれが丸焼きだ。いや、消し炭かもしれない。どっちにしろロクなことにはなりそうにない。


 ……やれることがあるとすれば一つだけか。

 ヒットアンドアウェイだ。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 と言えば聞こえはいいが、とにかく逃げ回って隙を見て騎銃カービンで反撃するしかない。


 しかし……こいつで仕留められるか?

 相手が本当にただのワイバーンだったら、こいつで十分戦えたと思う。仕留めることも出来ただろう。

 だが、相手は大型種だ。すでにドタマに二発ぶち込んでやったが……怯ませることはできるようだが、仕留められるかと聞かれると正直自信がなかった。


 ……よし、今度は貫通弾で撃ってみるか。

 機械馬を操縦しながら騎銃カービンのカートリッジを取り替えた。


「くらえッ!!」


 貫通弾を発射した。

 命中した瞬間、火竜フォティアが体勢を崩した。

 どうやら効いたらしいが、見たところ鱗で弾かれているようだ。


 くそ、これでも貫通できねえか。どんだけ硬いんだよ。


 やっぱ大型種を倒すには単純にもっと威力のある兵器じゃないとダメだ。いくら普通より火力があっても、やはり騎銃カービンでは倒せない。


 倒すのは無理だ。

 なら、とにかく逃げ回るしかない。

 何とかこいつの追撃を躱して、子竜ドラゴネットの死骸からオパリオスを回収する――それしかない。


 おれは急反転して上空を飛ぶ火竜フォティアの影に入った。

 が、火竜フォティアは空中ですぐに機動を変えておれを追撃し、火炎弾をぶっ放してきた。


「くそ!! 大型のドラゴンってのは本当に反則だな!!」


 向こうの火炎弾の威力は大型カノン砲並みだ。

 しかも空を飛んでいる。

 体表面の堅さは多重魔術装甲並みだ。

 いやもう兵器じゃん!!


 くう、まさか大型ドラゴンを相手にこんな時代遅れな戦い方をする羽目になるとは……!!


 まるで活路が見えなかった。

 すでにちょっと後悔していた。

 やっぱりあそこで飛び出すべきではなかったな、と。


 でも、ブリュンヒルデなら同じ事をしていただろう。

 まぁあいつならこんな状況でもどうにか出来たとは思うが……やっぱりおれはクソザコナメクジだ。

 おれはずっと、あいつが隣にいたから生き残れたのだ。

 あいつがいなかったら――おれはきっと、家の瓦礫の中でガタガタ震えて、あそこから出ることも出来なかっただろう。


 火竜フォティアが上空で大きく羽根を広げた。

 ――やばい。

 〝アレ〟が来る……!!


 竜巻が巻き起こった。

 一瞬、おれはこう思ってしまった。

 まずい、逃げられない――と。

 そう思ったとき、おれは少し手から力が抜けてしまった。そこで迷わず、とにかくスロットルを全開にしていたら、何とか逃げられたかもしれないのに。


 竜巻に巻き込まれた。

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