27,在りし日の幻覚
「うわっ!?」
眼下から襲いかかってきた爆風と熱風に、思わず両手で顔を庇った。
しばらく頭を伏せていたが、再び恐る恐る顔を出した。
森のど真ん中に、どでかいクレーターが出来ていた。
「
騎士たちの叫び声が聞こえてきた。
けっこう遠く離れているはずなのだが、それでもはっきりと聞こえた。よほど恐ろしかったのだろう。
慌てて望遠鏡で確認すると、騎士の連中が慌てて逃げ出すところだった。
どうやら直撃は免れたらしいが……負傷してるやつもいるな。別の騎士に担がれているやつがちらほら確認できた。
巨体が接地すると、地面が少し揺れたような錯覚を覚えた。
どうやらすでに
一瞬、まるで世界が静止したかのように静かになった。
咆哮した。
それはもはや衝撃波だった。
思わず両手で耳を押さえた。それでも頭がぐわんぐわんするくらいだった。
「ヒヒーン!?」
後ろでヒンデンブルク号が飛び上がった。
「ヒンデンブルク号!?」
おれは慌ててヒンデンブルク号へ駆け寄った。
「大丈夫だ、どうどう!」
「ブルルル……!」
少し興奮気味だったが、なだめたら何とか落ち着いてくれた。
……ふう。焦った。こいつがいなくなったら帰る手段がないからな。
おれは再び高台から様子を窺った。
「グアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
発射された火炎弾が地面を吹き飛ばした。
それが何度も続いた。
火柱が立ち上がり、爆風と爆炎が木々を薙ぎ払った。
周辺はあっという間に火の海になった。
こ、これじゃ騎士団は全滅だ。
騎兵なら何とか逃げ切れるだろうが……騎士の連中はまず助からない。馬車で
地上から反撃があった。
誰かが反撃している。
慌てて確認した。
反撃しているのはどうやら騎兵たちのようだった。
まるで自分たちにドラゴンを引きつけるように、周囲を駆けながら
……そうか。あの騎兵たちは、騎士が逃げる時間を稼いでるんだ。
騎兵ならその機動力でいつでも即離脱できる。騎士が十分に逃げおおせてから、この場を離脱するつもりなのだ。
怒り狂った
騎兵は火炎弾を躱しながら、ギリギリのところで
……待てよ?
もしかして、今がチャンスなんじゃないか?
おれは不意にそう思った。
騎兵に気を取られてか、
この状況なら……こっそり
……今なら誰にも気づかれず、オパリオスだけ回収できる。しかも幸運なことにあれは大型種のものだ。おれが望んでいた性能のオパリオスだ。
どうする……?
少し迷ったが、答えは出ていた。
そもそもここにいるだけでも危険なのだ。やることをさっさと済まして、ここから逃げるほうが賢い選択なのは間違いない。
騎兵たちはどうやら手練れのようだ。そう簡単にやられることはないだろう。
……他人の心配よりはまず自分の心配だ。
人を助けるのは、まず自分の安全が確保されてからだ。そうしないと道連れになる。戦場では時に仲間を見捨てることも選択せねばならない。
竜巻のような突風が吹き荒れ、木々をなぎ倒し、地面を大きく抉った。
その攻撃に騎兵が何騎か巻き込まれた。
「――ああ!?」
騎兵が機械馬ごと吹っ飛んでいくのが見えた。
二騎だ。二騎がやられた。
だが、騎兵は生きていた。
すぐに他の騎兵がやって来て、やられた騎兵を回収した。本来は一人乗りだが、二人くらいなら乗せられる。
が、もうあの二騎は戦闘はできない。後ろに人間を乗せていたら機動力が落ちる。これでもう、戦えるのは残りの四騎だけだ。
「他の者は離脱せよ!! 我が輩がこの火トカゲを引きつける!!」
ものすごくでかい声が聞こえた。
テディだ。
その号令が下った瞬間、他の騎兵は全てその場から離脱を始めた。
「貴様の相手はこの我が輩だあああああああああああああ!!!!!」
いつの間にかテディが両手に
風にうまく乗って高く舞い上がり、
すると、それは
テディは空中で変態的な機動を見せてターンすると、もう一つの
だが、
ま、まずい……!?
テディが落とされた!?
地面に落下し、テディが地面に転がった。
死んだかと思ったが、テディはすぐに起き上がって魔剣を構えた。
どうやらまだ戦うつもりのようだ。しかし、機械馬は完全に破壊されてしまっている。
くそ、どうする……!?
思わず自分で持ってきた
この
……だが、そんなことしたらおれが死ぬぞ?
それにちょっと気を逸らすことができるだけだ。すぐにテディも殺される。ただの無駄死にだ。
どう考えても、ここは逃げるべきだ。
すぐに
それが最善だ。
おれはもう間違えないと誓った。
優先順位はしっかり決まっている。他人よりまず家族、そして自分。
だいたい、ここで死んだらまた童貞のままだぞ!? それでいいのか!?
〝正解〟ははっきりと見えていた。
だからおれはテディに心の中で謝った。いっそまったくの他人ならよかったのに、と思った。大して知っている相手ではないが、それでも言葉を交わしたことのある相手が死ぬのはとても見ていられる光景ではない。
「おい、ヴァージル」
目を逸らそうとしたら〝声〟がした。
え? と顔を上げると――そこにブリュンヒルデの姿が見えた。
在りし日のあいつの姿だ。
適当に後ろでしばった金髪の髪が風に揺れている。その手には主観兵器〝魔剣グラム〟が握られていた。
「な――」
信じられなかった。
な、なんであいつが目の前にいるんだ……?
そうすると、おれの目にはかつての戦場が見えた。
向こうからは魔族の軍勢が迫っている。勝てる見込みはなかった。誰もが尻込みして、死ぬのを恐れていた。
だけど、こいつはいつもそうだった。
どんなに戦況が絶望的でも、顔色一つ変えなかった。
「何をしている、行くぞ」
ブリュンヒルデが何かを指差した。
その先には、地面に転がったままの機械馬があった。さっき離脱していった騎兵のものだ。どうやら、まだ壊れてないようだ。
ハッとしてもう一度振り返ると――もうブリュンヒルデの姿はなかった。
どうやら幻覚だったようだ。
「――は、はは」
思わず笑ってしまった。
おれは
……確かにテディはおれにはほぼ他人だ。でも、ダリルとティナの二人にとってはそうじゃない。あの二人にとって大事な人なら、おれは出来ることをやるべきだ。
「……ああ、ありがとよブリュンヒルデ。おれはまた間違えちまうところだった」
おれは一度、ヒンデンブルク号のところへ戻った。
「すまん、おれちょっと行ってくるわ。戻ってくるつもりだけど、戻って来なかったらお前は逃げろ」
木に繋いでいた手綱を外した。
けれどヒンデンブルク号はすぐに逃げたりせず、じっとおれのことを見ていた。
しゃーねえから待っててやるよ、と言っているように見えた。多分だけど。
おれはヒンデンブルク号を軽く撫で、踵を返した。
高台から飛び出し、一気に斜面を下った。
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