26、ドラゴン

 テディを先頭に、騎兵たちが一気に飛び出していった。

 彼らは自在に機械馬を駆り、木々の間をするりと避けながら、猛スピードでワイバーンがいると思われるポイントへ突っ込んでいった。


 一方、他の騎士連中は騎銃カービンを構えたままその場を動かなかった。


 ……ふむ。

 まぁこれを見る限りでは、まずは騎兵でワイバーンを空に追い立て、どこかで待機している空戦艇が空から攻撃を仕掛ける――と言ったところだろう。待機している騎士の連中が何をしようとしているのかは分からんが……地上からの援護射撃だろうか。まぁ最大威力なら空の敵にもある程度のダメージは与えられるとは思うが……どう考えても対空砲使うべきだと思うんだけどな。


「グアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 けたたましい咆哮が聞こえた。

 ワイバーンだ。

 騎兵たちが最初の攻撃を仕掛けたようだ。


 すぐに森の中から巨大な影が浮かび上がってきた。

 ……おお、ワイバーンだ。

 久々に見たな。

 どうやら相手は一匹だけのようだ。


 ワイバーンは中型種だ。この世界で言えば、まぁ象より少し大きいくらいだろうか。十分でかいが、大型種と比べたらまだ小さい。大型種は個体によっては全高が20プランクを越える場合もある。羽根を広げたら全幅は40プランクだ。これはもうデカイなんてもんではない。目の前にいたら失禁するレベルだ。


「……はて。ワイバーンってあんなんだっけ……?」


 おれは首を傾げた。

 何となく記憶にあるワイバーンと違うような気がしないでもないような……?

 いや、実際に見るのはかなり久々だからな。ちょっと記憶がうろ覚えになっているのかもしれない。


 地上からいくつもの魔力弾が放たれた。騎兵の撃った騎銃カービンの魔力弾だろう。

 炸裂弾がいくつもワイバーンに命中し、爆発を起こした。

 再び、ワイバーンが咆哮を上げた。

 それは明らかに怒りの咆哮だった。


 あのワイバーン、連中を〝敵〟と認識したな。

 ドラゴンはとにかく好戦的な魔獣だ。一度でも相手を敵と認識すれば、必ず殺しにかかる。敵は必ず殺す。それがドラゴンだ。


 よし、飛行艇が出てくるならこのタイミングだ!

 ワイバーンは完全に地上の騎兵に気を取られている。ここで死角から一気に接近すれば、すぐに仕留められるはずだ。


 空戦艇はどこだ!?

 おれは空を見回した。


 シーン。


 ……あれ?

 ど、どうした……?

 空戦艇が飛んでこないぞ……?


 おれの予想に反し、空戦艇なんてどこからも現れなかった。

 一瞬ぽかんとしてしまったが……すぐにまさか、と思った。


 ……おい、まさか……あの連中、マジで地上戦力だけでドラゴンと戦うつもりなのか!?

 しかも対空砲も無しで!?


 さすがに驚愕を禁じ得なかった。

 おいおい、いったいどうするつもりなんだ……?


 ワイバーンが地上に向かって大きく羽根を羽ばたいた。

 それによって巻き起こった風の刃が地上に降りそそぎ、森の木々を広範囲でなぎ倒した。


 あれはワイバーンに特有の魔法攻撃ではない。風元素への干渉魔法はドラゴン種なら基本だ。空を飛んでいる魔法を攻撃に転用しているだけで、ドラゴン種ならみな似たような攻撃はしてくる。


 一気に眼下の視界が広くなった。

 広範囲で森の木がなぎ倒されたからだ。

 あの広範囲攻撃で騎兵たちはどうなかったかと少し心配したが……それは杞憂だった。倒れた木々をうまく避けながら、騎兵たちは一騎も欠けることなく、再びドラゴンに向かって攻撃を開始した。


 騎銃カービンから放たれた炸裂弾がドラゴンに襲いかかる。

 少し怯んだドラゴンは再び風を巻き起こした。

 ほとんどの騎兵は回避行動を取ったが、一騎だけなぜかドラゴンに突っ込んでいった。

 

 恐らくテディだ。

 さすがにおれは困惑した。

 自ら風の刃に突っ込んでいくなんてどういうつもりだ、あのおっさん……?


 だが、そこからテディの動きは目を見張るものがあった。

 まるで風の流れが見えているかのように、その風に乗ったのだ。

 確かに機械馬はうまく風に乗ればそれなりの高さまでは上昇できるものだが……それにしたってテディの機械馬はかなりの高さへと舞い上がった。


 いや、一気に駆け上がった。


「ぬうッ!! くらえデカトカゲめが!!」


 テディが騎槍ランスを投擲した。

 その威力はちょっとした兵器のようだった。

 騎槍ランスはかなり頑丈で強力な魔術武器だ。魔力を動力にして先端が高速で回転しており、それによる貫通力はかなりのものだ。しかもそこに機械馬による運動エネルギーが合わされば、騎槍ランスに貫けないものはない。


 放たれた騎槍ランスは一直線にドラゴンに襲いかかり、首の付け根あたりに思いきり突き刺さった。


 ドラゴンが咆哮を上げた。

 それは明らかに痛みを訴えているような咆哮だった。


 ……お、おお。

 思わず拍手が出た。

 あ、あんな攻撃方法があるとは……完全に予想を超えてきた。


「……ん? あの騎槍ランス、よく見たら鎖が繋がってるのか……?」


 騎槍ランスから伸びる鎖は、テディの機械馬と繋がっていた。

 テディは鎖を引っ張るように、今度は地上に向けて一気に降下した。

 ぐん、と鎖が突っ張った。多分あの鎖は魔術道具の一種だろう。

 

「ぬおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 今度はおっさんの咆哮が聞こえた。

 機械馬の魔力機関が物凄い勢いで唸り上げたのが分かった。

 なんと、おっさんはそのまま力任せにドラゴンを地上に引きずり下ろしてしまった。


 おいおいおいおいおい!!

 力業過ぎるだろ!?

 さすがにおれは驚いてしまった。

 無茶苦茶だ。こんな戦い方してるやつ、大戦時でも見たことねえぞ。


 落下地点はさきほど騎士たちが待機していた場所だ。

 地上にドラゴンが落下すると、騎士たちが構えていた騎銃カービンを一斉に発射した。どうやらこの機会を狙って、あそこで待機していたらしい。


 他の騎兵もやって来て、全員が最大威力で炸裂弾を撃ちまくった。

 出し惜しみなんてものはなかった。

 四方から蜂の巣にされたドラゴンから悲鳴のような咆哮が聞こえた。


 どうやら、これは勝負あったようだな。

 あっという間の出来事だった。

 あんな装備でどうやってドラゴンを仕留めるのかと思ったが……まさかあんな超人技の力押しとは。現代人恐るべし。ドラゴンスレイヤーとかいう異名は伊達ではなかったらしい。馬鹿にしてすまん。


 さて、どのタイミングで乱入するか。

 まぁひとまず、ドラゴンが完全にくたばるまでは静観しておくか。


 ……この時、恐らく騎士の連中は完全に油断していただろう。

 もちろんおれもだ。


 急に空が暗くなった。

 おや? と思って空を見上げると……そこにはどでかいドラゴンの姿があった。


「――は?」


 思わずポカン、としてしまったが……すぐに血の気が引いた。

 大型種だ。

 身体から炎が発せられているのを見るに恐らくあれは火竜フォティアだ。

 さすがに焦った。


 い、いや、ちょ、待て待て待て!!

 なんで火竜フォティアがこんなところにいるんだ!?


 火竜フォティアは大型種のドラゴンだ。

 多重魔術装甲並みの頑強な鱗で全身を覆い、大型カノン砲に匹敵する火炎弾を口から吐く化け物である。

 他にも大型種は存在するが、その中でも特に手強い相手だ。


 なんで火竜フォティアがこんなところに……?

 

 ――いや、ちょっと待てよ……?


 おれはとあることに気がついて、慌てて測定器を引っ張り出した。

 思わず悪態が出た。


「くそっ、やっぱりだ! モードが現在魔力量の計測になってやがる……!」


 うっかりもいいところだった。

 慌てて潜在魔力量モードにツマミを変更し、〝ワイバーン〟へと向けた。

 すると、520エクサバイトという数値が検出された。


 違う。

 あれはワイバーンじゃない。

 火竜フォティアの子供――子竜ドラゴネットだったんだ。


 空が割れるかのような咆哮と共に、火炎弾が地上に発射された。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る