7 真実
おばあさんは、桃太郎のところまで来ると、桃太郎の肩に手をかけた。ぜえぜえと荒い息をして、今にもぶっ倒れそうだ。
「ばあちゃん落ち着けよ。死んじまうぞ」
桃太郎が呆れると、おばあさんが睨み返してきた。
「私は、そう簡単には死なんよ。なんたって、ばあさんはばあさんでも、山神様の子を預けられた、珍しいばあさんなんだからね」
「山神様……?」
赤ずきんは怪訝な顔している。おばあさんは、赤ずきんに笑いかけた。
「あら、桃太郎のお友達ね。こんな子と仲良くしてくれてありがとう」
「ちょっと待てよ。いきなりどうして……」
おばあさんは大きく深呼吸をした。と、いきなり頭を下げた。
「すまん、桃太郎! 嘘をついておった! お前は、正真正銘、桃から生まれた子なんだよ!」
桃太郎はぎょっとしておばあさんを見る。
「これは、どういうこと?」
「その前に、そちらのお嬢さんは?」
本人が答える前に、「赤ずきんだよ」と桃太郎が短くて答えた。
「丁度いいわね。二人に、桃太郎が生まれた時のことを話すわ。あれは十八年前、私がまだおねえさんと呼ばれていた頃……」
「だから、十八年遡ったところで、おねえさんになるわけないだろ。せいぜいおばさんなんじゃないの?」
桃太郎が口を挟む。おばあさんは一瞬桃太郎を睨んだが、すぐに真面目な顔に戻った。今回は本当の話らしい。
「私が川で洗濯をしていたら、大きな桃が流れてきたんだよ。あんまり立派な桃だったから、持って帰ってきてしまったんだ。抱えたら前が見えないくらい大きかったわ」
「それ、包丁で真っ二つにしたんじゃないよな?」
「まさか。包丁で一周切れ込み入れて、割れ目に沿って割いてみた。そしたら、中から赤ん坊が出てきたんだよ。あれは、本当にたまげたね」
「桃の中から、赤ん坊……」
赤ずきんが興味深そうに呟いた。
「そう、私も、最初はどうすりゃいいか分からなかった。でも、その晩、夢を見たんだよ。綺麗な女性が出てきてね」
「その人って、髪長くて、肌白くて、豪華な着物着てた人?」
「そうよ。なんだ、知ってたの?」
おばあさんが目を丸くする。
「その人がね、桃を拾ってくれたのが、あなたのような人でよかったって、言ったんだよ。その人が言うには、この世界には大きな桃の木があって、その木は雲を突き抜けるくらい高くて、枝は世界中に広がっているそうな。その桃には不思議な力があってね、禍いがくるのを感じると、熟れたものから、ぼとんって落っこちてくるんだよ。で、その中には、赤ん坊を孕んでいるんだ」
「桃の中の、赤ん坊……」
赤ずきんは桃太郎の顔を見た。桃太郎も、赤ずきんの方を見た。
赤ずきんは、「ありえない」とでも言いたげに目を見開いていた。
それはそうだ。桃太郎自身だって、信じられない気持ちである。漠然と、「桃から生まれた」とは聞いていたが、そんな壮大なものとは知らなかった。その女の人が、山神なのかも怪しい。
「桃は、魔除けの実。桃から生まれた子供は、禍いを祓う運命を持っている。それまで、立派に育てるのがあなたの使命だと、その人に言われてね。最初は、不安で不安で仕方なかったよ。私達夫婦には子供がいなかったから、子育てなんてしたことなかったし。桃から生まれた子供は一体どんな子なのかと思ったら、まさか、こんな、勢いばっかりの、頭も体も全然丈夫じゃない子で……」
「ばあちゃん」
桃太郎がたしなめるように言う。おばあさんは構わず続けた。
「浦島太郎さんが来たとき、ついにこのときが来たか、と思ったのよ。でも、桃太郎は相変わらずしっかりしてないし、旅に出すのが怖くて、つい嘘を吐いてしまったんだよ。騙してしまって、本当に申し訳なかった……」
おばあさんが、またゆっくりと頭を下げた。久しぶりに見ると、曲がった背中が妙に小さく思える。
「みんな揃って、優しすぎるんだから」
桃太郎が、呟くように言った。
「浦島が、一人で鬼のところに乗り込んだんだ」
おばあさんが目を丸くした。外見だけでは浦島の方が年上に見えるからだろう。
「俺、友達助けて、きっちり仕事もしてくるよ。もう、優しい人が辛い思いをしなくてもいいように」
桃太郎の心の中には、甘えも焦りもなかった。そういう運命なんだと思うと、不思議と落ち着いてくる。
「私も行きます」
赤ずきんがきっぱりと言った。
「桃太郎のことを、助けたいんです」
「俺達も行くぜ!」
おばあさんの背後から、いくつも黒い影が飛んできた。狼達だ。
「どうして、あなた達が……」
赤ずきんが呆気に取られる。
「桃太郎には世話になったしな。それに、誠意は行動で示した方がいいだろうよ。なぁ、赤ずきんさん」
狼は得意げに鼻を鳴らした。周りの狼達も、「そうだそうだ!」と同調している。
「お前ら……!」
桃太郎と赤ずきんは顔を輝かせた。
「まあ、よく分からないけど……」
“主人公”ではないおばあさんは顔をひきつらせていたが、すこし頬を緩めた。
「これ、持ってお行き」
おばあさんは、懐から布の袋を取り出し、桃太郎に手渡した。
「これは?」
桃太郎が、袋を覗き込む。
緑の葉が敷き詰められた上に、粉のかかった団子が十数個入れられていた。
「きび団子だ!」
桃太郎が歓声を上げた。
「きび団子?」
赤ずきんが首を傾げる。この辺りでは、あまり有名ではないらしい。
「きびっていう草から作った粉と、砂糖と、もち米とを練り合わせて丸めたお菓子だよ。小さい頃、ばあちゃんがよく作ってくれたなぁ」
桃太郎の顔が綻んだ。
「昨日の夜、あの女神様が夢に現れて、ついに時が来たって、運命が果たされるときがきたって聞いたから、これを届けたくて、急いで作って持ってきたんだよ。日持ちがするように、笹の葉も一緒に用意してね。私に出来るのはこれくらいだから」
おばあさんは、照れ臭そうな、でも嬉しそうな顔をしていた。少し泣きそうな顔でもあった。
「ばあちゃん、何から何まで、本当にありがとう」
桃太郎が言うと、おばあさんは真面目な顔に戻った。
「役目はしっかり果たしておいで」
桃太郎が硬い表情でうなずく。
「分かってる」
そして、通る声で言った。
「行ってきます!」
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