人生を斜交いに生きた男 実話 4

朝焼け夕焼け

第1話

1人でも多くの孤児を救うのが此処の理念だったのか?

 シスターはアメリカ人で日本語は流暢で銀髪でかなりの美人。28歳位で眼鏡を掛けていてインテリ風。独身なので信者さんやアメリカ兵からの求婚依頼が多かったが

 「私は神様に身を捧げているので」

 断り続けて生涯独身を貫いたのだ。

 異国の地で福祉活動と信仰に邁進したのだ。本当に頭が下がります。後年、日本政府から秋の叙勲に選ばれ何がしか授与されたと風の噂で聞いたが、大人になって分かったが、女の喜びも放棄してここまでする人もそうそうはいないのでは。

 他にも直接子供の世話をする日本人の保母さんが2人と賄い婦さんとで切り回ししていた。

 山内氏、小西氏で2人とも20代後半で独身。実際の子供の世話は山内氏で小西氏は事務、折衝事と一応は役割分担されていた様だ。当時は私設なので、今みたいに国家資格云々とかは今程は煩くなかったのだ。資格所持者でも心無い冷たい対応をする人もいるのが現実である。大きなイジメ、虐待はなかったが、団体生活を営む上で厳しい決まりがあった。

〈働かざる者は 食うべからず〉の理念だがシスター、保母さんも人の子故に相性の合う合わない子がいるのも現実だ。

 私は何故かシスターに可愛がられていたが、保母さんには余り好かれていなかった。 山内氏は私より3歳下のタカシを特別に目を掛けていた。

食事の時も横に座らせて、自分の食べる物を削ってまでタカシにおげていたのだ。おやつもタカシだけには量が多くて

 「えー、何でタカシだけ多いんやんか」

 「どれも一緒です」

 一喝していた。山内氏を敵に回すと日々の生活で嫌がらせを受けるので、、、服や下着を選ぶのも山内氏が仕切っているので、タカシにはいつも綺麗な下着、新品を着せて、他の子には色あせた下着、縫い繕ったシャツを、、、タカシも中学にもなると色気付いて何かと着る物が煩くなり、子分にアイロンを掛けさせたりといつもこ綺麗にしていた。子供が勝手にアイロン使用は禁止なのだが、山内氏は見て見ぬふりを、然しこの後2人はとんでもない事を、、、、

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