妥協

彩理

第1話 妥協

「冷蔵庫だけは大きいのがいい」


「えー、無理だよ。今俺が住んでいるところには入るけど、次の社宅でも入るとは限らんし、ぶなんに幅は60センチで選んでよ」

 たかしはずらりと並んだ冷蔵庫の扉を興味なさそうに開いたり閉じたりしている。


 幅60センチなんて、今とたいして変わらないじゃん。子供が生まれたら絶対小さいのに。


「あ、ほらこの冷蔵庫、全面鏡だよ。便利じゃない?」

 確かに、朝の忙しい時、洗面台がふさがっていた時は良さそう。しかも高価そうだし。


「わかったそれでいい」


「じゃ次、電子レンジと炊飯器な」


「電子レンジじゃないから、オーブンがいいの」


「うん、どっちでもいいよ」


「じゃ、これね」


「え? これ? オーブンてこんなにでかいの?」

 まあ、確かに独身者用の電子レンジに比べて倍近くありそうだ。しかも値段は倍ですまない。


「もっと小さくてもいいんじゃない?」


「オーブンはこれって決めてるの、2段でパンが焼けるし、最高温度は350度じゃなくちゃ、ピザがパッリッと焼けないんだよ」


「うーん、でもこれじゃあ、今あるレンジ台には乗らなさそう。あ、ほら2段でも、こっちはわりと小さめだよ。ね」

 レンジ台は買う予定じゃなかったので、私はしぶしぶ、隆のすすめる方にした。

 それからせかされるように、家具を選んだがどれ一つ一番欲しいものが買えなかった気がする。


 憂鬱な気分で、売り物のソファーの座り心地を確かめる。目の前には隆が自分の書斎に置くデスク用の椅子をあれこれと楽しそうに選んでいる。

 何があんなに嬉しいのさ。

 デスクも買ってもいいよといったのに、物入りの時期だからと椅子だけ買う事にしたらしい。


 私はあんなに楽しみにしていた新婚生活の買い出しなのに、全然楽しくない。


 知らず知らず、大きなため息がでる。


「あれ、疲れた?」


「ベッドが欲しい」


「んー、ベッドは無理だと思う」


「わかってる、社宅狭いもんね」


「ほら、その代わりめっちゃいい布団かったじゃん。絶対寝心地いいよ」

 まあ、びっくりするくらい高かったけど、それとこれは違う。いくら安い布団でもベッドで寝たいのだ。


「どれか一つくらい思い通りのものが欲しい」

 隆は女心がわかっていないのだ。

 新婚なのに……それでなくても親元を離れて、転勤先について行かなくてはならくて不安でいっぱいなのだ。

 それなのに新居が我慢でいっぱいだなんて。

 そう思うと涙があふれてきた。


「え! ゆきちゃん。どこか痛い? 気分悪いの?」

 あわあわと慌てて、私の横に座ると背中を優しく撫でてくれる。


「なんだか妥協ばっかり。結婚がこんなに妥協ばっかりなんて思わなかった。隆だって、私と結婚したらお小遣い制になるし飲み歩いてばっかりじゃいられないよ。それで本当にいいの?」



「ゆきちゃん。俺は一つも妥協なんかしてないよ。お小遣い制なのは将来家を建てる頭金の為だし、家にゆきちゃんがいるのに飲み歩きたいなんて思わないよ」


「それじゃあ、私だけ我儘みたい」


「ゆきちゃんの我儘は可愛いね。いつか大きい冷蔵庫と350度のオーブンを買ってあげるね」

 ニコニコ笑う隆は私のこのもやもやが少しもわかっていないようだった。


「大きい庭付きの家が欲しい。大きい犬も飼いたいし」


「うん」


「それから、庭にはブルーベリーとサクランボを植えるんだ。あ、ラベンダーも門に一杯植えなきゃ。チューリップもね」


「そうだね。夜はバーベキューをしよう」


「貝付きホタテもやかなきゃだね」


「サンマもね」



「わかった。今は妥協してあげる」

 私は、隆にウィンクしてみせると「大きいクリスマスツリーは絶対何があっても買うから」といった。


 それを聞いて隆は頷いて笑った。








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妥協 彩理 @Tukimiusagi

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