第77話 横川一家 7

土曜日の夜、修三と連絡が取れなくなったことを俺は店長に告げた。




「予想通りやな。じゃあ月曜日の朝から動けるようにしとけ。あと最初の4社が一緒にいくことになるだろうけど、その擦り合わせをしとく。一気に現金化するように動け。ウチの分だけでもな。その後は引き継ぎするようになるとは思うけど、まぁそこからはあとの人間が考えるやろ。」




一応俺はその後も修三に連絡を取り続けた。万が一、たまたまバッテリー切れって可能性もあるからな。そして、それは日曜日の夜まで断続的に続けた。が、修三と連絡取れることはなかった。




その間に店長から連絡が入った。




「月曜日の朝、6時に会社の駐車場へ集合。一応俺も行くからな。社長には一応会社へ来てもらう段取りはしといた。そこからラッシュへ巻き込まれる前に直樹くんの職場近辺へ行って、そこで4社と合流。その後俺は会社に帰るから。一緒に話したベテランさんとそれからは行動してくれ。8時丁度に職場に行って、直樹くん襲撃。話をして納得してもらってから、動いてもらうようになる。その辺は現場にいるお前に任す。なるべく現金化するように。動く時はなるべく直樹くんの近くにいるように。まぁ今更かもしれんけど、よからぬ考えを持ってる業者もいるかもしれんからな。」




わかりましたと応じ、その夜は早めに就寝した。




月曜日の朝4時半、目覚まし時計のけたたましい音で俺は目覚めた。シャワーをサクっと浴び、コーヒーを飲んで、いつものようにスーツに袖を通して、いざ出勤。時間通りに俺も店長も駐車場に着いた。そこで自分の車を置き、店長運転の車で現地に向かう。




「わかってるとは思うけど、ついていって話するのはいつものベテランさんね。他はお前が取り切るか、助けを求めるまでは出てこんから。ベテランさんもお前の意思で動いてもらうからな。だから遠慮はいらん。後のことは考えんでえぇからな。他のとこに気を回す必要はない。後のことは残りの人間が考えることやから。」




この言葉に俺は随分と気が軽くなった。現地には7時前に着いた。そこでいつものベテランさんと合流し、店長は帰って行った。ベテランさんの車で待機しながら、待つ間、今回のことをいろいろ話していった。ベテランさんは頭を掻きながら、




「今回はホントにごめんね。ウチの店長が問い合わせしたら、お宅の社長が出てさ。息子を抑えてるって言ったもんだから、その後で譲ってもらおうかと思ったのよ。そしたら一緒に行けばいいやんって言われて、それならと思ったけどここまで来ると思わんかった。結果的に迷惑かけちゃってごめんね。」




と謝るベテランさん。まぁ俺も今更ウダウダ言っても仕方ないのはわかってるんだけどね。そして時計は8時を指した。




8時になると、移動して直樹くんの職場にお邪魔した。まぁあくまで仕事に支障の出ないようにである。直樹くんは今日配達するお酒をトラックに積んでいた。直樹くんに声を掛け、一段落したら話をしたい旨を伝え、その時を待った。朝の休憩時間になったということで直樹くんが来た。この休憩時間が終わると一斉に配達へ出かけるらしい。




「どうしました?何かありました?」




そう応じる直樹くんが痛々しい。これから死の宣告せないかんもんなぁ。




「直樹くん、朝からごめんね。ちょっと状況が変わっちゃって。金曜日に話したばかりだけど、修三くんが連絡取れなくなった。土曜日の夜から。こっちもずっと連絡とってたんだけど、電源切っちゃってるみたいで。」




そう告げると、直樹くんは顔色を変えて、いそいで携帯で電話をかけ出した。修三にかけているのだろう。何回かリダイヤルをしてるみたいだが、まぁ繋がることはないわな。今日も朝からしつこく俺が掛けてたから。やがて、諦めたようにガックリ肩を落とした。




「直樹くんね、俺らもこうなるとは思わんかったのよ。まさか土下座までしてお願いした昔の仲間を見捨てて逃げるなんて、誰も考えんよ。それともう一つ良くない知らせ。土曜日の夜から修三と連絡取れなくなったんだけど、日曜日に家行ってみたのよね。当然のようにも抜けの殻で、一応近所の人に聞き込みしてみたのよ。そしたら朝早くに親父を見たって人がいてね。なんか急いで仕事道具を車に乗せてたらしいのよ。つまり、親父が県外行ってたってのは嘘だったってことだね。まぁここまでやられるとさすがに俺らも、んじゃそのまま待っとくってことも出来なくてね。」




直樹くんは震えながら、




「でも俺が支払う可能性はゼロって言ったじゃないですか!」




俺は大きなため息をつきながら、




「そんなことは一言も言ってないよ。金曜日に言ったじゃん。可能性はほぼゼロだと。ほぼってのはコンマ何パーセントでも可能性があるってこと。言ったよね。親父さんが帰ってこなくて、さらに修三が連絡取れなくなって、支払い不能が確定した時は直樹くんに払ってもらう可能性があると。そのコンマ何パーセントのことが起こってしまったのよ。」




ベテランさんは諭すように言った。




「これから直樹くんが取るべき道はいくつかあるんだけど、どの道を取っても、結果的には自分で払って行かなければならない。今から現金を一括で構えるか、保証人を付けるかって話なのよ。現金あれば、それでおしまい。なければ保証人を付ける。また後日お金を構えるにしても、それまでの保証人を付けなければならない。」




直樹くんは途方に暮れるのだった・・・。




直樹くんは困りながらも、最後の抵抗をしてきた。




「もし、払わないって言ったら、どうします?」




俺はその言葉に少々イラっとしながらも、努めて笑顔で、




「まぁその場合、自宅に伺います。家族は関係ないんですけど、住所がそこなんで。それと給料の差し押さえします。当然のように仕事場にも知れます。正直そんなことはしたくない。昔の仲間の保証人になりましたって嫁さんに知られると、だいたいどういうことになるのか、俺にも容易に想像つきます。こうなったのは修三が全面的に悪いのは間違いないんだけど、直樹くんに責任がないって訳ではないのよね。こちらとしては責任の範囲も話してるし、こうなったら払うことになるよって話もしてる。修三を信用したのは直樹くんであって、俺たちではないのよ。そこでゴネられても時間の無駄としか言いようがない。」




直樹くんはガックリ肩を落とした。か細い声で




「家族には知られたくないんです。なんとか払って行ける方法ってないのでしょうか?」




まぁそうだろうな。おそらく若い頃はそれなりにヤンチャもしたんだろう。嫁さんも貰って、仕事も真面目に勤めて、親は喜んでいるだろう。これから親孝行して、家族と一緒に幸せになっていくとこだったんだろう。さすがに同情するわ。しかし、こちらも仕事。




「直樹くん、これはあくまで提案ね。今からすぐに300万からの現金を右から左ってわけにもいかんだろうし、仕事しなきゃ、当然のように払って行けないよね。それにウチらは利息が高い。今日そこそこの現金を構えてもらったら、もしかして分割なんかの相談を乗れるかもしれないよ。それには利息の安いとこで借りて、TVでCMとかやってるとこね。そういったとこで借りて、こっちに一回返しとく。それならある程度の誠意は見せてもらったってとこで、相談は乗れると思うんだよね。どうかな?」




直樹くんは観念したかのように、




「わかりました。じゃあ後日休みを取っていくようにします。」




その言葉に慌ててベテランさんが口を挟んだ。




「いやいやいや、いくならこれからすぐに行ってもらわないと。さっき言ったでしょ。後日構えるなら、それまでの保証人をつけてもらうって。」




えっ?っとした顔をした直樹くんだが、




「確かにそう言ってたね。今日今から仕事の合間に行ってもらうしかないかな。とりあえず、そろそろ配送行かなきゃならんだろうし、俺が一緒に付いていくよ。かまわんじゃろ?」




直樹くんは消え入りそうな声でわかりましたと応じてきた。そして休憩時間も終わり、直樹くんはお酒を載せたトラックに乗って現れた。俺らは出入り口で待ち、俺は助手席に乗せてもらい、他の人達は車で付いていくこととなった。




配達に回ってる最中、俺はずっと直樹くんの隣に座ってた。走ってる最中、直樹くんは時折悔しそうな顔をしながら、




「どうして俺がこんな目に合わないかんのやろ。修三のやつ、必ず見つけ出してやる。」




なんか物騒な考えもってそうだなぁ。俺はまぁまぁと落ち着かせながら、




「気持ちはわかるよ。昔の仲間を信用した結果、こうなったんやからね。俺にも似たような経験あるし。」




俺は昔経験したことを一通り話した。死ぬ気でやればどうにかなる金額だから、なんとかなるだろ。




「下にいたヤツから聞いたことなかったかい?ケンジや修三が抜けた後も下のもんから金をせびってたって。直樹くんに会う前、その後輩に修三が会いに行って、そのことを俺も聞かせてもらったんだけど。まぁ俺は先輩だぞっていうやつに限って、ロクなやつはおらんと思ってる。たまたま同じ地域で、たまたま1、2年早く生まれただけやろ?それを拠り所にして威張ることしか出来んって、なかなかのアホやぞ。そういうやつが世の中多いからなぁ。ご近所だったり、同級生だったりとね。自分が困った時だけ、近所のよしみでとか、同級生だろとか言って来るやつは基本信用しちゃいかんよ。仲間とか先輩を謳ってくるやつも然り。俺にも確かに先輩と慕ってる人はいるけど、それは人格者であったり、自分が慕うに値する人だったりするのよ。それにそういう人って、俺は先輩やぞって威張ることはないかな。」




直樹くんは俺の話を聞きながら、目は真っ赤になっていた。




そして仕事の合間を見て、TVでCMしてるとこにお金を借りに行き、一件目は無事50万借りてきたのである。ウチの分、15万弱を払ってもらい、借用書と領収書を渡した。これでウチは終わりだ。




「直樹くん、俺がこんなこと言うのも変かもしれんけど、ありがとね。かなり高い勉強代になったかもしれんけど、これに懲りたら、友達とか仲間でもすぐ信用したらアカンよ。修三は俺も探すから。それと何かしてあげる訳にはいかんと思うけど、相談くらいならいつでも乗れるからね。今日はどうもありがとうございました。」




そう言って、俺は直樹くんに携帯の電話番号を教えて、トラックから降りた。そして直樹くん関連の書類を全てをベテランさんに引き継ぎ、俺は会社に帰った。




会社に帰ると、店長と社長が待ち構えてた。無事終わったことを報告すると、また社長に、




「ホンマにスマン。」




と謝られた。まぁ終わり良ければ全て良しだな。




その後、直樹くんはさらに借りにいき、その日だけで250万を借りることに成功した。残りは細々と払っていくとのことだ。それから2日後、横川一家は弁護士に駆け込み、全員が破産するとの通知が来た。しばらくして、直樹くんから俺に連絡があり、修三を捕まえて半殺しにしたそうな。あー根っこは変わってないのね。そして修三は直樹くんに毎月細々と払っているみたいだ。その件でケンジくんが出張ってきて、許したれよと言ってきたらしいが、逆にボコボコにして一蹴したらしい。直樹くんって結構武闘派なのね。


俺の経験上、先輩だの仲間だの、わざわざ強調して言って来るヤツにロクなヤツはいない。俺は先輩だぞってイキってきたとこで先輩らしい事をしてくれてる訳ではない。地元がたまたま一緒で、たまたま1,2年早く生まれただけの事。それを鼻にかけて何かを言って来るのはただのアホである。先輩面したけりゃ、先輩らしい事してからにしてね。


自分の都合だけで先輩だの仲間だの言われると面倒なだけである・・・。




P.S  ケンジくんはそれから1年後、恐喝と暴行で捕まった。俺は新聞でそのことを知り、静かに自社のブラックリストへその名を書くのであった・・・。

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