第78話 仲本 1

我が国にはたぶんだけど、どこの自治体にも首長が居ると思う。そしてそのお膝元には議員がいて、議会を構成してると思うんだけど、こんな認識で間違いないかな?まぁ首長が何をするか、議員さんが何をするか、そこまで興味もないし、選挙にも行ったことはないから、正直わからん。




国会議員がいて、都道府県会議員がいて、市会議員がいて、町会議員がいて、村会議員がいるんだろうけど、志を持ってやるのは大変結構なことだと思うし、頑張ってくれればいいと思う。しかし、なんでこんなやつが議員さんをやってるのだろう?と疑問に思うやつもまぁまぁいる。それは田舎に行けば行くほど顕著である。




ある日、俺はいつものように仕事をこなしていると、一人の男が来店をした。その名を仲本という。お金を借りたいという申し出に、俺は申込用紙を差し出し書き込んでもらった。いつものように免許証を店長に渡し、信用情報に問い合わせをしてもらう。仲本は申込用紙を書き終わると、俺は聞きたいことを聞いて、いつものように赤ペンで書き込んでいった。




仲本の歳は50歳。仕事は農業。まぁ市場に出して日銭は入ってくるからほぼ問題はない。住んでるとこは、俺の田舎がある自治体。まぁ知り合いでもなんでもないから、貸しても問題なし。まぁ共通の知り合いはいるかもしれんけど、そんなことを気にしてたら負けだ。申込用紙を持って店長のとこに行くとやはり、地元だろ?と聞かれたが、まぁ知り合いではないからと答えると、GOサインがでた。




この時点ではまだそこまで日払いをツマんでなかった。まだ2件だし、支払いも一日5000円とまぁお買い得だ(?)。とりあえずの20万って感じで貸してみたのである。当然のように集金にはならず、持参することになった。見た目は結構しょぼくれたおっさんだが、根はまぁまぁ真面目っぽいな。これなら長く付き合えそうな気がする。




ある週末に、俺は自分の田舎に帰っていた。兄貴の法事があったからだが。まぁ宗教事が大好きなオカンなんで、こういった行事には抜け目がない。叔母さん連中も何人か来てくれたので、法事の後は精進落としといって、食事会を催した。まぁ若いのが俺だけなんで、なんともつまらん食事会なんだが。




その食事会の最中、俺は思い出したように仲本の事を聞いてみた。同じ町内に住んでいる叔母さんもいるので、ひょっとして知ってるかなと思ってのことだ。ちなみに叔母さん連中は、当然のように俺の仕事を知らない。オカンに至っては、理解してるかどうかもわからんけど。




聞いてみると、オカンと1人の叔母さんは仲本のことを知っていた。仲本は根は真面目で、気さくらしい。しかし良い言葉で言えば面倒見がいいんだが、、実際は周囲の人間にいいように使われてるようなことを言っていた。話を聞く限りでは、地域の顔役というわけでもなく、どちらかと言えば面倒事を押し付けられてるような感じかな。断ることを知らないというか、たぶん周囲から嫌われるのが嫌なんだろうな。まぁ簡単に言えば、安請け合いのいい恰好しぃである。こうなると当然のように、自分の仕事にも支障をきたしてくるようになる。自分の仕事を放って、他人の用事をするようになるからである。叔母さんの話では、仕事も上手くいってないんじゃないかと言ってたが、その辺は自分の目で一回確認する必要があるな。




このタイプの人間は、外に自分の弱みを見せないという、謎のプライドが存在する。あと、お金に対して少々ルーズなことが多い。見栄っ張り全開だからである。ちょっとメシ行ったり、飲みに行ったりするとすぐ奢ってしまうってのは、このタイプに多いのである。ってことは、当然のように保証人などは望みにくいわなぁ。まぁ今すぐってわけでもないんだろうけど、後々に響いてこなきゃいいんだけどね。まぁまだ付き合い始めだし、そのうちチャンスもあるだろう。




俺はその話を一通り聞いて済むと、叔母さん達の昔話に付き合うのも面倒なので、さっさとその場を後にした。年寄りはどうして同じ話を何度もするんかねぇ。1人の叔母さんのワンマンショーに付き合うほど、俺は暇じゃねぇし。




月曜日になり、田舎で拾った仲本の話を店長に報告した。まぁなにがどうというわけではないが、頭の片隅には置いといてもらいたいからね。店長はうーんと考え込んではいたが、やはり俺と同様で、今すぐどうこう出来るもんでもないってことで、チャンスを待つようにした。また田舎へ帰った時にでも、仕事の状況を見て回っておいてと指示された。仕事してないと払うもんも払えんからね。




仲本の支払い自体は問題もなく、何日分かまとめて入金ってこともやってた。まぁまだ小学生の娘がいるから、頑張ってもらいたいものだね。




そして月日は流れていったんだけど、ある時、ちょっとした問題(?)が持ち上がったのである・・・・。




ちょこっと田舎に帰った時に、オカンがまことしやかに流れて来た噂を、俺に話してきた。




「仲本、次の町議会議員選挙、出るってよ!」




マジか!っていうか勝算あるんか?誰が担ぎ出してんのか?そもそも需要あるんか?と様々の疑問が俺の頭の中で渦巻いていた。一介の百姓のしょぼくれたおっさんが、選挙に出ようなんざ、正気の沙汰ではない。俺はいったい何があったんだと?とオカンに問いただした。オカンの話では、




仲本に面倒事を押し付けてたやつらがいたみたいだけど、それも仲本個人で出来ることとなると限度があるらしい。本人自体はそこまで嫌がってない雰囲気なんだけど、まぁ頼られるのがうれしいんだろうね。ちょっとしたことなら個人での話で済むんだけど、いろいろやっていく上でどうしてもぶち破れない壁が出て来たらしいのね。それがいわゆる行政の壁というものだ。こればっかりは一個人が挑んでも、なかなか突破できるものでもない。実際の予算執行までは、様々なハードルがある。陳情一つ取ってもはいはいと話を聞くだけで、話がスムーズには進まない。場合によっては数年かかる事案もあるくらいである。数年かかっても通るのならまだいいが、実際は通らないことの方が多い。それで取り巻きというか、うまく仲本を使いたい人間は、それなら議員さんにしたらいいんじゃね?となったらしくって、それで本人もその気になってきてるという話だった。




さすがに田舎とはいえ、そんな簡単になれるもんなのかねぇ?という疑問がまず先に立った。じゃあなりますって手を挙げて、すぐなれるもんでもなかろう。無投票ならともかく、こればっかりはフタ開けてみないとわからんしな。いざ選挙になったらなったで大変だろう。普通なら笑い飛ばすような事案なれど、オカンの話からは結構マジ話の印象を得た。周辺の人間が担いでるのはなんとなくわかるんだけど、どうなんかねぇ。まぁ田舎の議員さんなんて、ちょっと人望あれば通っちゃうってのがホントのとこだろうし、担ぐ人間にしても、だいたい利害関係を持ってるやつが多いのも事実。こいつが議員になれば、うまい汁を吸えると思ってる人間も多いだろうな。ちなみにウチのオカンも、仲本が議員になったら頼みたいことがあるって言ってたな。まぁ選挙権がない俺にとってはどうでもいいと言えばどうでもいいんだが、金貸してるからなぁ、っと頭の中では考えてしまうのである。




次は金どうするんだろ?って問題。たしか立候補するのにお金が、しかもそこそこの金額が必要なんじゃなかったっけ?とオカンに聞いてみた。オカンはなぜか他人に聞かれないような小声になって、俺に耳打ちをしてきた。




「それはね、仲本本人に構えらすって言ってたらしいのよね。もし構えられなかったら、何人かで出し合うみたいな話もしてたらしいんだけど、アレって選挙終わったら返ってくるんでしょ?だから大丈夫みたいなことを言ってたみたいよ。よしんば返ってこなくても、いくつか使える田畑あるから、あれを貰えればお釣りがくるってことも言ってたみたいだし。」




俺は選挙の制度には疎いからなんとも言えんけど、供託金ってある程度の得票ないと没収されるんとちゃうんかな?まぁ返ってこないってとこまで考えてるとなると、仲本の持ってる田畑が最終的な目標かもしれんね。しかも仲本を担いでるやつらって、ほとんどが仲本のご近所様よ。こんなことを平気で考えられるって、人間として少々怖いわな。逆に当選したとなったら、それはそれで輪をかけていいように使われるだろうなぁ。




まぁ正直仲本にそこまで構える地力はないだろうしな。田畑も順当に考えれば、担保等に入っててもおかしくはないが、最終的に仲本の持ってる田畑が目標で、ハメる気ならいい手かもなぁ。しかもお金借りてるとこはどうせJAだろうし。JAだったら、いいように話が出来ると考えられてるんだろうね。




しかし、こっちはお金を貸しているので、やるならうまくいってもらわないと困る。かといって、一部の人間の利益のために、応援するって気にもならんしなぁ。それに俺には選挙権がない(キリッ)。まぁ知り合いに言うくらいなら出来るが、そんなことしたくもねぇしな。




出社した際に、オカンから聞いた話を店長に話してみた。ちょっと驚いてはいたけどね。今までそういったチャレンジをしたやつは、客の中では皆無らしい。まぁそりゃそうだ。底辺の日払いまで落ちてきて、自分のことしか考えれん状況で、世の為人の為と、議員を目指すなんてやつはなかなかおらん。楽天的なのか、ただのアホか。俺には判断がつかんな。店長とも話し合ってみたが、もし本当に立候補するなら、当選することを祈っておくほかないという結論に達した。




支払いの度に仲本の顔色を伺うのだが、いつもと変わらぬように支払いを済ましていく。本人からはまだそういった話を切り出されたわけではないので、こっちが話を聞くってことも出来ないから、ちょっとやきもきしてる部分はあるんだけど。議員さんになれば保証人を付けるチャンスも出てくるだろう。俺としては、そのチャンスをしっかりモノにしたいんだけどね。






そんなこんなで、いろんな人の思惑が渦巻く中、仲本が決断する時が来るのである・・・。

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