第79話 仲本 2

俺の田舎では仲本のことで盛り上がっていた。それには理由がある。立候補する人数なのだ。ボチボチ期限が近づいてきて、現職の方々の中にも、次も出るって公言してくる人が増えた。が、ある人の読みだと、どうも無投票くさくなってるとのこと。つまり、その読みが正しければ、定数通りなのだ。そこに新人の仲本が入ってくると選挙になる。しかも1人落ちという大激戦。有権者にしてみればいいかもしれんが、いままでのほほーんとしてきた奴らからしたら、たまったものではない。そこで仲本と接触してくる人間が増えてきたんだそうだ。田舎はそういう話、大好きだからねぇ。それもおもしろおかしく話してくれるし。




噂では仲本に接触してきて、立候補を取りやめてもらうよう働きかけをしてくる人達がいるらしい。この人達は基本現職で次も立候補する側の人間。立候補する本人が出てくることはないんだろうけど、それとつるんで甘い汁を吸ってきた方々だな。選挙があるのとないのでは、経費の掛かり具合が違うらしい。だから無いに越したことはないんだと。それで仲本にもうまい汁吸わしたるみたいな話もあるみたいだ。政治の世界ってコワーイ。




あと立候補するのをやめろと言ってきてるのは、当落線上にいる方々。選挙やっても、下から数えて5人くらいマジで危ないらしい。田舎の選挙って数票差で落選って話はよくあるからなぁ。生活掛かってるから、みんな必死だわね。落ちたらただのおっさんだからなぁ。当然のように取り巻きも離れていくだろうし。まぁそれで離れていくくらいなら、自分という人間よりは議員という肩書の方に群がってただけだろうし。それはその人の資質だろうから、仕方ないとも言える。




次は寄ってきて取り込もうとしてる方々。まぁ民主主義という耳ざわりのいい言葉は使っても、要は数の暴力である。少しでも自分の政策を通そうとすると、やはり同調してくれる人が欲しいのだろう。まぁその辺の駆け引きは、田舎でも国会でも一緒ってことかもしれんね。田舎の政策なんぞは、まぁ個人的利益ありまくりのやつが多いからなぁ。




田舎へ帰る度に、オカンはそういった類の話を仕入れてきてた。なかなかの情報屋だのぉ。まぁ俺はせっかく立候補するなら、当然のように当選してもらいたいだけなんだけどね。




平日のある日、集金が俺の田舎の方角であったので、そのついでに寄ったことがある。一応オカンがいるかの電話をしてみたが、来るならスーパーで買って来て欲しいものがあるから買って来てと言われて、実家近くのスーパーに立ち寄ってみた。まぁ正直実家周辺はあまりうろつきたくないのである。知り合いに会ったら面倒だしな。




オカンに頼まれたものを探してスーパー内を彷徨っていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと仲本だった。ちょっと驚きつつも、平静を装いながら、




「仕事終わったん?」




と聞いてみた。




「はい。一応終わりましたけど、最近じゃ仕事以外の方が忙しくって。本業の方がちょいちょいおろそかになっています。それよりじょにーさんは、こちらの方でしたか?」




俺はここで、田舎がこっちの方なのよ。っとつい口が滑ってしまった。しまったと思った時には後のカーニバル。仲本はそれを聞き、どこですか?と聞いてきた。まぁ地元の人間しかわからん地名もあるんで、〇〇だよって言うと、仲本は鼻息荒く迫ってきた。




「今度、町会議員に立候補しようと思っていますんで、親御さんや知り合いに応援してもらえるよう、お願いできませんか?」




あ、こいつ、ついに立候補するって宣言しおった。それを聞いた俺は、平静を保ちながら、




「ほぉ。そうなんや。そりゃ頑張ってな。知り合いにも気に掛けとくように言っとくから。」




そう言うと俺は買い物に戻った。お願いしますと手を合わしてくる仲本が、少々気持ち悪かったから。買い物を済ますと、さっさとその場を離れて、実家に向かったのであった。実家に着くと、オカンに頼まれた物を渡しながら話を聞いてみたが、やはり仲本は立候補する方向に入ってるらしい。まぁ本人の口から出てるから、ほぼ間違いないかな。つーか、オカン金払えよ!当たり前のように物を持ち去るな!




翌日出社して、仲本が立候補するのはほぼ確実なことを、俺は店長に報告した。店長も溜息つきながら、うまく当選してくれたらいいなってことは言ってたが。ちなみに俺は仲本を応援するようなことはしない。もちろん知り合いに言うこともない。理由はめんどいし、仲本とヘタに繋がってると思われたくないからである。支払い自体も問題ないが、どうも本業の農業より、議員さんになろうとしてることの方がメインになってるっぽいよなぁ。議員さんになれればいいけど、なれなきゃ坂道転げ落ちるように、窮地へ追いやられるからなぁ。その見極めも大事だが、議員さんになってもらわんと、チャンスは転がってこないしなと、なかなかやきもきした感じになってくるな。




そして、仲本も立候補することを公言し、大方の予想通り、定数プラス1で立候補が出揃ったみたいで、1人落ちの大激戦がはじまったのである。らしい・・・・(そんな話を聞いただけなんで・・・。)




田舎の選挙は、基本地縁血縁、利害関係が主である。そこには浮動票なんぞ、ほとんどないと言っていい。簡単に言えば、政策なんぞどうでもいいのである。要は自分にどれだけ近しい人間か、またどれだけのことをしてくれるかだけで、投票してると言っても過言ではない。また田舎の選挙の特色としては、異常に投票率が高い。田舎ほどその傾向は顕著であり、90%を超すこともザラである。




仲本は選挙中とはいえ、支払いには来てた。選挙期間中の支払いを一気に出来ないからである。まぁ関係ない地域とはいえ、選挙中に候補者が街金に支払いにくるなんて姿は、まぁまぁ珍しいとは思う。仲本は支払い時に俺を見掛けると、周囲の人に頼んでおいてねと、なぜか拝んでいった。拝まれたところでねぇ・・・。一応状況を本人から聞いたこともあるが、手応えはあるとしか言わん。まぁオカン情報では当落線上だと言ってはいたが。そりゃそうだろ。1人しか落ちないんだから。もうちょいちゃんとした情報をくれや。




そうこうしてるうちに選挙期間も終わり、投票日になった。その時丁度田舎に帰っていたんで、オカンや周辺の人間は誰に入れるん?って聞いたんだけど、俺の実家周辺は仲本に入れるらしい。議員にして道を直してもらうんだってさ。基準がそこかぁと少々呆れたんだけどね。まぁ俺は選挙権もないし、用事済ましてさっさと帰って、パチンコに行った。




翌日出社して、店長と2人で投票結果を見た。なんと仲本当選!下から数えて2番目だったけど。ちなみに最下位のやつとは17票差。最下位と次点の差はわずか10票と僅差であった。なにはともあれ、仲本議員の誕生である。これで保証人を付けれるメドが出来たな。




しかし、ここで問題が出てきた。仲本が議員になったことで、保証人は頼みやすくなっただろう。しかし、おそらくだが、仲本が保証人を頼むやつって、おそらく俺の田舎の人間なんだよな。知らないやつならどうでもいいが、知ってるやつを連れてくる可能性もある。まぁその時は店長に取りに行ってもらうか。実家がバレる可能性もあるが、まぁ本名を教えてるわけじゃないから大丈夫だろ。




俺の会社では基本本名を使うことがない。これは本名から素性が割れて、自宅等がバレてしまうことを防ぐ為である。この仕事、感謝されることは少ないが、逆恨みされることは多々ある。知ってる話では、名前から自宅がバレて、無言電話はまぁ可愛い方なんだけど、放火されそうなことがあったり、子供を誘拐されそうになったり、仕事辞めた後、ネコの死骸を家の玄関先に投げ入れられたりとまぁ様々である。俺らからしたら完全な逆恨みなんだが、こんな目に会うのは業者のせい、って思ってるやつが多いのも事実である。




仲本は当選してからしばらくすると、金回りもよくなったのか、一週間分をバシバシ払っていきだした。議員報酬が効いてるのかねぇ。見た目もしょぼくれたおっさんが、それらしい恰好をしだしたので、立場によって人は変わるってのはなんとなくわかるな。




んじゃそろそろ保証人を付けとくかねと、店長がタイミングを計りだした。まぁ書き換え言ってきた時がチャンスなんだけど。今は金回りがいいから、一回終わらすかもなぁ。そんなことを思っていたのだが、なぜか書き換えを言ってきたのである。もう息切れかよって思ったけど。どうしても急な出費があって、貸してほしいと言ってきたのである。まぁこちらの計画通り、保証人付けてと言ってみたのだが。しかし、少々疑問がある。議員報酬の他にも、使えそうなお金は支給されてると思うんだけどな。そんなに派手に使うおっさんではないから、そこまで困るってこともないと思うんだけど。そう思って、少々話を聞いてみたのである。




原因は取り巻きのやつらだった。毎晩毎晩飲みに誘われて、支払いは仲本持ちらしい。あー、ここでもいいように使われてるのか。けど、これって何かの法律に引っかからんのかねぇ?まぁどうせ先生先生とおだてられて、いい気になってるんだろうってことは容易に想像できる。まぁ応援してもらってるから、断りにくいってのもあるんだろうけど、限度ってものがあるだろう。いい顔したいのはわかるが、ちょっと考えないかんわな。ってことで保証人付けてねって言ったら、他に頼んでみますと言われた。まぁそれはそれでいいしな。あの感じなら近い将来に言って来るやろ。




しばらくして、仲本はまた書き換えを言ってきた。借り入れを一応聞いてみたが、11件の300万越えだった。アチャー、増えてんなぁと思ったが、最初の方針通りに保証人が必要と断った。保証人つけてくれたら、増額も視野に入れてあげるからと誘い水もしたんだけどね。件数からしたら、ここで手を引いておいても問題ないレベルだし。議員なってからまだ一年経ってないのに、前途多難だのぉ。




こっちが先に終わるか、保証人を先につけるかの勝負って感じだな。ある意味チキンレースである。まぁ嫁は言ってきたことあったけど、さすがに断ったからなぁ。その頃になると、オカン情報でも取り巻きがだいぶ離れていってるみたいって言ってたからな。ここしかチャンスがないと思ったのよね。他所も保証人をつけてって言ってるみたいだし。




そしてそれからしばらくして、実家近辺の道がきれいに舗装されたのである・・・。

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