第89話 今井 5

今井の言ってきたことに少々面食らいながらも、そのことを店長に伝えた。




「じょにー、お前ちょっと会って話してこい。金額もそこまででもないし、終わらせれるようなら終わらせてもいいし、なあなあでもいい。」




店長の指示を受け、今井にどこにいるのかと聞いてみたら、自宅にいると言う。今から行くからちょっとそこ動くなよと伝え、俺は会社の車に乗り込み、今井の自宅へ向かった。




今井の自宅へ着いて訪ねると、今井が玄関から出てきた。家の中で話すると嫁がうるさいからとのことだ。どうしたん?と聞いたら、普段飄々としてる感じの今井は鳴りを潜め、ボソボソと話し出した。




「ここんとこタクシーの方がサッパリで、燃料代すらも危うくなって、それに車検が丁度来て、それを払わないと仕事出来ないし。そっち払っちゃったら、いよいよ燃料代すら無くなったのよ。嫁に貸してくれって言ったんだけど、それすらも出してくれなくてね。ホントに困ってお宅に電話掛けたのよ。」




うーむ、燃料代すら出してくれないってのは少々理解に苦しむが、お前いったい何をしたの?と聞くと




「昔トバしてるやつがあったでしょ。それ以前はタクシー業界も景気良くて、結構稼いでたのよね。その時に競輪なんかのギャンブルと女にハマってね。浮気して生活費を入れなかったのよ。それから業界全体の景気も下火になって行って、思い通りに稼げなくなってね。サラ金なんかを借りて、それでも遊んでたのよ。そこで行き詰まっちゃって、家を担保にお金借りちゃって、それも突っ込んじゃったのよね。そしてそれもいよいよ払えなくなって、嫁に打ち明けてたら激怒してね。嫁の両親にお金出してもらって、それでも足りなかったから、丁度二十歳越えたばかりの娘を保証人にして、嫁が銀行から借りてくれて、それで家の担保を外してもらったのよ。その時に名義を全部嫁に変えられてね。娘にも迷惑かけているから、嫁は娘のことになると過敏に反応するのよ。」




なんや、やり切った挙句か。まぁ予想はしてたけどな。一回生活のレベルを上げて遊ぶことを覚えると、なかなか抜け出せんもんだからな。ふーむ、さてどうしたもんかね。まぁ今回は全権を任されているから、俺の好き勝手にやってみるか。今井に車乗れと言って、俺はとりあえずそこを離れた。ちょっと離れたパチンコ屋の駐車場に入り、そこで今後の方針を話し合うことにした。そこで今井は、




「お兄ちゃん悪いんやけど、個人的にお金貸してくれんかね?利息も払うから。他所のお兄ちゃんはトイチで貸してくれたし。」




ん?っと思ったが、俺はすぐに、




「ほぉ。他所は貸してくれたんか。どこの誰が貸してくれたん?しかもトイチって高い利息で借りてんな。」




今井は俺に脈があると思ったんだろう。すぐ会社とそこに勤めてるやつの名前を教えてくれた。おー、確かにそんなやついたわ。俺の嫌いな会社だけど。俺はニヤけながら、




「そっか。けどなウチには社内ルールがあってな。個人的にお金を貸すことは禁止されとんのよ。スマンな。社内ルールさえなければ相談乗ってあげるんだけど、まだクビにはなりたくないんでな。」




今井はガックリと肩を落とした。まぁここで燻っとてもいかんしな。




「うーん、そうやなぁ。お前、俺と一緒に娘のとこに行こう。金額も少額だし、燃料代貸してもらえるかもしれんし。燃料代なかったら仕事も出来んじゃろ。それなら嫁になんとか内緒にしてもらって、借りた方がいいんじゃないか?それともお前が行かんってのなら、今日これから俺が1人で娘んとこに行くけど。お前も一緒に行って頭下げて、俺がしっかり説明する方がいいんちゃうかな?どうする?どっちにしても娘のとこしか行くとこないやろ。」




今井は困った顔をしてたが、嫁にバレないようにするには自分自身も行った方がいいと思ったのだろう。そりゃそうだ。俺1人行ったとこで嫌がらせにしかならんしな。今井も納得はしてないが、今の状況を打破するにはそれしかないと、娘のとこに同行することとなった。




もう時間も夜の20時近い。そろそろ帰ってるやろと思い、娘の自宅へ向かった。娘の自宅はそこから車で20分くらい走ったとこにあった。まぁ普通のマンションなんだが、家賃は安そうな感じだな。着いても躊躇してる今井を促し、やっと5階にある娘の部屋の前に立った。呼び鈴を鳴らしてはみたが、中に誰かいる気配はしない。今井から娘に電話を掛けらしてみると、もうすぐウチに着くとのことだったので、部屋の前で待つことにした。




やがて、エレベーターが動きだし、5階で止まって扉が開いた。こちらに歩いてくる女性が1人。娘だろう。しかし、俺はその顔を見て驚愕した。こちらへ向かって歩いてきたのは、朝青龍に似た女の子・・・。










を連れてきたひとみちゃんだった・・・。




俺はこちらに向かってくるひとみちゃんから急いで目を反らした。しかしひとみちゃんは俺に気が付いてない様子。あの時はコンタクトにして、髪も下ろしていたからな。今は眼鏡を掛けて髪を上げている。印象を変えていたのが功を奏した感じだ。それに会ってから数ヶ月経ってるからな。




今井はモジモジしながら、話しにくそうにしてる。なんや、キモいおっさんやな。ひとみちゃんは何か用ですか?と聞いてきたが、今井が話をしないので俺は場所を変えることを提案し、三人は非常階段の踊り場に来た。さすがに部屋上げろとは言えんしな。そこで俺は仕事だしと腹を決めて、話を切り出した。




「夜分申し訳ありません。私はお父さんにお金を貸してる業者の者です。とは言ってもそこまで多額ではありません。今までお父さんはしっかり支払っていてくれてたのですが、タクシーの方が芳しくなく、それでウチになんとかなりませんか?と言ってきたのですよね。事情を聞くに、燃料代も無くなってと言ってまして、奥さん、まぁお母さんに燃料代を借りようとしたらしいのですが、突っぱねられたらしいのですよ。ウチもなんとかしてあげたいんですけど、会社の方では一回終わらせてもらえということを言われまして。個人的に貸すことも社内ルールで禁じられていまして、私共の方では何とも出来ないのです。そこで娘さんに協力をお願いできないかと思い、迷惑かと思いましたけど寄らせてもらった次第です。」




ちょっと怯えた感じだったひとみちゃんも、理由を聞いて幾分か緊張をほぐしたようだ。




「ちなみにいくらですか?」




そう聞かれ俺は申し訳なさそうに、




「ウチは残り2万弱です。これくらいなら待ってあげたらいいのにって思われるかもしれませんが、ワタシもサラリーマンですので、上の決定には従わなければならないのですよ。」




ひとみちゃんは金額の少なさに少々呆れてしまった様子だが、すぐに




「それ、私が払います。」




そう言って鞄からサイフを出してきた。まぁ俺としては願ってもないことなんだけど、問題はこれだけではないのよね。とりあえず、お金貰って一抜けしとこう。そこでひとみちゃんから2万を貰い、今井に領収書と借用書を返し、お釣りを渡した。




「ありがとうございます。これでウチの分は全部終わったので。それと少しだけお願いがあります。娘さんとはいえ、さきほどのお金はお父さんに返してもらわなければならないと思うのですが、現状燃料代もないと言ってます。もちろんワタシが言うのは筋違いであるのは重々承知しておりますが、どうかお父さんに燃料代を貸してあげれないでしょうか?仕事をしないとお金が稼げません。お父さんはタクシー運転手なんで、タクシー乗れないとお金が稼げません。お金を稼げなければ、娘さんにお金を返すことも出来ません。ワタシが頼むのも変ですが、どうかお願いします。」




ひとみちゃんはため息をつき、ヤレヤレってな感じで、また財布を取り出し、一万円を今井に手渡した。今井も娘に頭を下げて拝みながら、




「ありがとう。ありがとう。仕事してちゃんと返すからね。あと、お母さんには内緒にしといて。お母さんに知られるとアレだから。」




ハイハイとひとみちゃんも応じて、その場で別れた。俺は今井を家まで送って行き、




「ちゃんと仕事して返してやれよ。それから他のトコもしっかり払うように。」




そう言い残して、俺は今井の家を離れた。帰りながら店長に完済したことを報告した。ついでに今井へトイチで貸してるやつのことも報告した。これにて一件落着!










とはならなかった。まぁこれは俺のプライベートな部分になるのだが、俺のツレがひとみちゃんと付き合ってる。連絡はそれほど頻繁に取ってるわけでもないけど、俺がキッカケで付き合ったのは事実だ。別れたのなら何か言ってきてるはずだが、それがないとなるとまだ付き合ってるのだろう。さて、どうしたもんかな。っと悩んだとこで、どうにもならん。このことを、付き合ってる相手の親父がこうなってることを教えるわけにもいかんしね。ズブズブの個人情報になるし、これを話したとこで俺のツレにどうこうする力はない。




結論からいうと、俺は放っとくことにした。これは店長からの助言もあってのことだが、まぁいずれ俺のツレも気付くだろう。最悪、友達を1人無くすことになるかもしれんけど、これはこれで仕方ない。俺の選んだ道だ。




それから一年ほど経ったある日、俺のツレとひとみちゃんから、結婚披露宴の招待状が届いた。その後ツレから、




「お前があの時誘ってくれたから、こうなったんだし。友人代表の挨拶頼むよ。」




そう請われたが、欠席することも含めて丁重にお断りした。出席できるわけもない。ひとみちゃんはともかく、今井は気付くはずだ。そうなると迷惑かけることになりかねん。あともう一つ、どうしても出席したくない理由もあるしな。お察しの通り、朝青龍だ。友人の門出をその場にいて祝えないのは心苦しいが、まぁ仕方ない。祝電くらいで勘弁してもらおう。




ツレが結婚してからは、なかなか連絡を取れずにいたが、風の噂で翌年子供が生まれたと聞いた。よかったよかった。幸せでいてもらいたいものだ。




さらに数年が経ち、2人は・・・離婚した・・・。どうして離婚したかは知らない・・・。




P.S 今井にトイチで貸してたやつは数ヶ月後いなくなりました。

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