第88話 今井 4

着いてから、すでに1時間が過ぎた。その間に店長へ電話を掛け、2社先に来てますと報告を入れて、タバコを吸いながら順番を待った。そうこうしてると最初に入っていた業者が出てきた。知った人なんで、情報を引き出そうと声を掛けた。




「ダメダメ。あいつ、何もされないとタカくくってるからな。謝ったら済むくらいにしか考えてない。ダラダラ支払っていってもらうしかないわ。手間かけるだけムダ。」




そう言い残して、車で去っていった。なかなか今井の牙城を切り崩すのは難しそうだのぉ。次の業者は30分ほどで出てきた。俺の顔を見て、頭を左右にフリフリして悔しそうな顔をして帰っていった。




さて、やっと俺の順番が来た。とりあえず、こんばんわと言いながら玄関を開けると、そこには今井が座ってた。今井はうんざりしてる様子で、なんだお前かよって感じが見て取れた。とりあえず話をしていこうかな。




「今井さん、今日は連絡なかったから来たんやけどどうしたん?社長もえらいご立腹でね。今まで店長が庇って来てたんだけど、それも限界が来てね。全部返してもらえって言うのよ。どうする?」




今井はいつもの感じでニヤニヤしながら、




「全部返せるわけないでしょ。払えるもんなら払っとるわ。そんなこともわからんの?考えてみぃ。今日の分が払えんのに、全部払えるわけないでしょ。」




そりゃ正論だな。かと言って、このまま放置するわけにもいかんしね。




「だったらなんか別な方法取らないかんやろ。そうやね、保証人でも付けてくれたら、今回のことは収めることが出来るけど。家族でいいから、誰か付けてや。」




今井はあきれた顔で、




「嫁もそうだけど、保証人になってくれるなら、とっくになってもらってるわ。」




そりゃそうだな。嫁でも付いたらめっけもんくらいに思ってるだけだけど。さて、どうするかな。とりあえず嫁呼んで来いと言って、そこから話を進めることとなった。嫁がめんどくさそうに出てきたが、まぁそんなことは関係ない。




「奥さんね、ダンナさんはウチからお金借りてるのよ。それを返しにきてないから、今日ここに来たんだけど。借りたものは返すってのが世の中の常識だと思うけどね。それにダンナさんから生活費貰って生活してるんやろ?つまりウチからお金を借りたことで、多少なりともこの家は潤ったことになるやん。それに対して、知らぬ存ぜぬってのは通らんと思うけど。今回のことにしても、ウチは庇って庇って庇った挙句のことだからね。金額もそんなに多額じゃないから、なんとか協力してもらえんだろうか?」




嫁はふーんというような顔をして、




「知りません。」




と言い残し、奥に引っ込んでいった。ガックリ。話をしてもらえさえすれば、多少なりとも突破口が見えてきたりするんだが、この一言だけではどうにもならん。今井はほらねって顔してるし、すんげぇムカついてきた。ムカついてきた俺は、ちょっと声のボリュームを上げて、奥に引っ込んだ嫁に聞こえるように話し始めた。




「今井さん、この状況のままで放置してたら、自分が困るよ?ウチとしても放っとくわけにもいかんし。やりたくないこともやらなきゃならなくなってくるし。そうやね、娘さんとこにでも話に行ってみるかね。」




その言葉に今井の顔は一変した。娘は関係ないじゃろと、まぁ喚く喚く。たしかに関係ないけど、関係ある人間が協力してくれなきゃ、身内である娘さんに協力してもらうしかないわな。そんなやりとりをしてると、奥から嫁が叫んできた。




「アンタ!娘のとこに行かれたら、この家追い出すからね!」




Oh~。娘が泣き所か。他の業者は娘の事を何も言わんかったのかね?娘の家はわからんけど、仕事場はご丁寧に申込用紙へ書いてくれてるからね。そこから手繰ればすぐに家なんぞ特定できる。今井はその場で土下座をし、娘のとこへは行かないでくれと懇願してきた。それを見て俺は今井に声を掛けた。




「あのね、アンタの土下座見たとこで、なんかしてるなーくらいにしか見えんのよ。今までの態度を見て来てるから、その土下座には何の意味も無いよ。心底悪いと思ってしてる土下座じゃないでしょ。そんなただのポーズに何の意味がある?そんなことしても、俺の中にはさざ波一つ立たんよ。」




俺は基本土下座をしてくるやつが嫌いである。それは誠心誠意謝ってるように見えるが、実はそうではない。土下座をしてるやつの心理は、一応謝っておこう、ここは土下座をしてやり過ごしておこう、ここまでしたら支払い待ってくれるやろって感じかな。もっともやってもらったとこで、俺は許しはしないけど。そしてこう考えだす。俺がここまでして謝ってるのに、どうしてこいつは許してくれないんだろうと。恨みさえ抱くこともある。今までの態度を鑑みて、こいつは信用ならんと思ってるから、何をしてきたとこで何も思わんのよね。




「とりあえず、今日の分持ってこい。」




そう伝えると、今井はポケットの中から千円札を取り出した。あるならさっさと払えや。




「明日からちゃんと払っていってね。今度は無いからな。」




そう言って、俺は今井の自宅を出た。




俺は車に戻ると店長に電話をして、事の成り行きを報告した。そして、今井の泣きどころである娘の会社に電話をして、在籍確認を行った。ふむ、たしかに在籍してるな。まぁ行かないに越したことはないけど、何があるかわからんからね。転ばぬ先のマットレスってやつだ。




翌日、バツの悪そうな顔をしながら今井は支払いにきた。一日分だが、今度は無いと釘を刺したおかげかな。相当娘のとこに行かれるのが嫌と見える。今井にちょっと座れと言って、椅子に座らせた。




「一応言っとくけど、娘さんの住所は申込用紙には書いてないからわからんやろって思わん方がいいよ。ウチら人探しのプロやから(嘘)。人と関わって生きていく以上、どこかしらに痕跡が残るからね。それを手繰って行けばいずれ行き着くから。今までの業者さんがどう接してくれたかは知らんけど、あんまり人を舐めん方がいいぞ。明日からもしっかり払っていってくれよ。」




今井は何度もウンウンと頷きながら帰っていった。これでしばらくはおとなしく払って行くやろ。出来たら終わるまで支払ってもらいたいもんだけどね。




それからの今井はというと、おとなしく支払いにくるようになった。しかも時間内にくるようになり、待ってくれとも言わないし、集金に来てくれということもなくなった。他所はまともに支払ってないみたいだが、店長は娘のことを他社へは黙ってるみたいだった。まぁこれ知れたらせっかく従順になってる今井に対してのアドバンテージが無くなるからな。仲がいいからと言って、そうそう明かせれるものでもない。もちろん他社もこんな大事なことを黙ってやがってと言うことはない。逆に他社もウチに黙ってることも多々ある。まぁお互い様だな。




従順に払っていってる今井の残高は、そろそろ書き換えラインに達しようとしていた。本人もそろそろと思ってることだろう。普段は領収書にサインだけしてそのまま帰ってしまうのに、ここ2,3日は残高どれくらいだろうと見て行くようになった。意識はしてるはずなんだろうけど、今までのことがあるからなぁ。まぁ店長の決定には従うけど、最近暇だから、言ってきたらやっちゃいそうな気がする。売り上げ(?)的なことも考えないといけないから、管理職は辛いねぇ。




それから数日後、今井は案の定書き換えを言ってきた。毎回そうだが、案の定店長も唸りだした。今井の本性は基本嘘つきである。娘というストッパーはあっても、人間の性根というものはそうそう変わるものではない。




これは何の仕事をしてても、生きていく上でもそうかもしれんが、信用というものは得るにはなかなか難しく、失うのは簡単である。今井はすでに信用を失うようなことをしでかした。それを少々の期間真面目に払ったとこで、その信用は簡単に戻るものではない。これはあくまで俺の持論だが、何かやらかす人間は信用を失ってもかまわない、っと思ってやらかすのだろうと思ってる。なら信用されなくても文句言うなやって話なんだけどね。まぁ俺の好きな言葉【因果応報】【自業自得】だ。しかも今井はウチへ来る前にもやらかしてるし、そもそも信用はしてないんだけどね。




店長はしばらく悩んでいたが、保証人が必要と言った。そのまま電話を掛けてきた今井に伝えると、電話口でもわかるくらいガックリしてたな。もうちょい粘ってくるかと思ったが、意外とアッサリしてたな。店長にそのことを伝えると、うーんと考えてたが、すぐに他店へ問い合わせを始めた。しばらくしてそれも終わり、どうでしたか?と聞いたが、




「他店も以前と変わらず、払ったり払わなかったりらしい。まぁタクシー乗ってりゃ、幾ばくかの日銭は稼げると思うんだけど、こう業界内の競争が熾烈だとなかなか思い通りには稼げんのかもしれんな。」




しかし普通に考えれば、今井はもうこの辺で破産しててもおかしくない。ってことは破産出来ん訳でもあるんかね?個人タクシーの免許を取り上げられたり、タクシー自体と取り上げられたりするんかな?実際破産しても車を取り上げられるのは稀である。その物自体に財産的価値が無い事の方が多いからである。もちろんその後、生活保護などを申請するのなら処分しなくてはならないが。処分するのもタダじゃないからなぁ。タクシーってどうなんだろうな。生活の糧となるものだから、大丈夫とは思うんだが。ってことは、他に破産出来ん訳でもあるんかね。まぁ兎にも角にも、これから今井の動向には気を付けておこう。




今井の残高は半分を切った。一応支払いに来てはいるが、そろそろって雰囲気を醸し出している。相も変わらず、他所はのらりくらりという感じ。ウチだけ真面目に払ってるってのは娘だけが理由だろうか?保証人でもなんでもないのにな。嫁のキツさもちょっと気になるとこだな。




そしてついに今井の残高は2万を切った。それまでに何回か書き換えを言って来てたが、ことごとく保証人が必要と言って突っぱねた。




そんなある日、今井はもうお金がないと電話を掛けてきた・・・。

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