第90話 水原 1

世の中にはいろんな仕事がある。そんな中でも歴史が一番長い職業はだいたい一次産業に分類されるだろう。近年では地球温暖化によって、なかなか厳しい仕事もあると思う。そんな中でも農業をしてる方には頭が下がる思いだ。米が大好きだからである。やはり日本人は米でしょうという考えが、俺の頭の中では支配的だ。




ある日、水原というオッサンがお金を借りにやってきた。まぁウチにサカナを買いにくるやつはおそらくいない。いつものように申込用紙を書かしてる間に、免許証を預かって信用情報&他社に問い合わせをしてもらった。住所を見て少々驚いたのだが、これは俺の地元だ。が、面識はない。歳は60手前。一応女房いるし、子供もいるな。仕事は農業。ニラを作ってるっぽい。ビニールハウスで作ってると思うんだけど、俺はニラが嫌いである。




必要な事を聞いて店長のトコに持って行った。お前コイツ知ってる?っと聞かれたが、俺の実家とは反対側なんで、同じ自治体ってだけで全然知らないと伝えた。信用情報上でも他社問い合わせでも借り入れは多いものの、支払い自体は問題なかった。申込金額は50万とあったが、とりあえず様子見の20万いっとこかーってことで、俺は水原の前に座り話を始めた。




「申込金額が50万ということなんですけど、審査の結果、20万からのスタートとなります。もちろん保証人を付けていただけますと、ご相談には乗れるかと思いますけど、現状では20万が精一杯ですね。先のことはわかりませんが、お付き合い次第では増額やその他のことにも相談に乗れることもあるかと思いますが。いかがいたしますか?」




何千人とこうやってお金を借りに来る人を見てきた俺だが、申込金額に届かなくてもほぼほぼ100%借りていく。まぁだいたいの人が本当に必要な金額よりは、多めに申込金額を言って来る。俺はその態度を見て、必要な金額より多いのか少ないのか、はたまたその使い道を考えるのである。




必要な金額よりこちらが出す金額が少ない場合、駄々をこねるやつが多い。もうちょっとなんとかなりませんかねぇ的なことを言って来る。こういった場合は何か大き目の支払いに充てられることが多い。では、ドンピシャな場合、この場合は素直に借りていく。この場合は日々の支払いに充てられることが多いかな。必要な金額よりこちらが出す金額が多い場合、だいたい驚いたり、ニヤニヤが止まらないことが多い。この場合は趣味とか飲み代に使われるっぽいかなぁ。




水原の場合は素直にお願いしますと言ってきた。日々の支払いは3万くらい。20万ならまぁ次にお金が入ってくるまでのつなぎってとこかな。




水原はニラをJAに出荷してる。お百姓さんにも知り合いがいるから、お金が入ってくるタイミングはわかる。JAは5日に一回入金がある。まぁコンスタントに出荷してればの話だが。入金があるのは5日、10日、15日・・・・っと5日刻みである。まぁ農業ってアホみたいに設備投資にお金がかかる。昔からやってるとか、親から引き継いだってのもあるんだろうけど、放漫経営をしてるとすぐに行き詰ってしまうのである。まぁこれはどの仕事でも一緒なんだがね。




俺は手続きに入った。書類を仕上げてお金を渡し、支払い方の説明をした。まぁすでに7件も日払い借りてるから、大丈夫だろうとは思うけど。説明を終えると、一週間分を払って行った。まぁ少々の懸念事項もあるけど、支払いが増えていかなければ、しばらく持つだろう。




それからは1年くらいは多少のポカなどはあれど、それ以外は滞りなく支払いにも問題なく、書き換えしたりして過ごした。まぁ支払いを問題なくしてくれるのは、俺にとっていいお客様である。




そんなある日、水原は増額を申し込んできた。他所は40~50万ってとこが多いから、額面の低いとこからいってみようってのはなんとなくわかる。まぁこのくらいの支払いになると、今更一日の支払いが千円二千円増えたとこで、そこまで変わらんやろって思っちゃう人が大半なんだよなぁ。だいたい日払い借りること自体が非日常なのに、いつしかそれになれて日常になっていく怖さ。気が付いたときにはにっちもさっちもいかなくなる状況になってることが多い。




店長はちょっと時間をくれと言ってたので、水原には30分後に掛けなおしてくれと伝えた。その30分の間、店長は目を閉じて考えてた。決して、寝てるんじゃね?っと俺は思ったわけではないことを店長の名誉のために言っておこう。まぁここは性格出るとこだからなぁ。迷うなら行けと考える人と迷うならやめとけと考える人。店長は迷うなら行けの人。俺は迷うならやめとけの人。店長が考え込む時は、自分が納得できる貸す理由を考えてる時である。おそらく貸しちゃうんだろなぁっと、俺は考えていた。果たして、店長の答えとは・・・。




保証人が必要って言っといて・・・・だった。




俺はその決断に少々驚いた。今までは長く考えた時はだいたい貸していたんだが、今回は保証人が必要と断った。基本断る時は即断である。長く引っ張って断った場合、客に次の段取りをつける時間が少なくなってしまう。また期待させないってのもあるのだろう。今回はちょっと気になったので聞いてみた。




「うーん、なんだろうなぁ・・・。なんかが引っかかったとしか言えん。その何かがわからんのやけど、まぁしいて言うなら、あいつの人間性かなぁ・・・。そこまで付き合いの長い人間ではないが、なんとなくだな。」




ほぉ・・・、そういうもんなのかねぇ。まぁ長年のカンとかいうもんかね。こればっかりは経験値が違うからなぁ。




「気になるなら、地元探ってみましょうか?」




俺も気にはなる対象だが店長も、




「今日明日どうにかなるもんでもなさそうだし、何かのついでがあったらでいいからな。」




俺はわかりましたと応じ、仕事に戻った。




それから一ヶ月ほどの間、水原は毎日支払いに来た。5日に1回収入のある人間が毎日支払いに来る。まぁハッキリ言ってよろしくない傾向である。基本人間は手間がかかることを嫌がる。5日毎に収入があるなら、それに合わしての支払いか、2,3日に一回とかにするとか、支払いに来る回数を減らすはずである。水原の自宅からウチまで車で片道40分ほど。他所への支払いを考えると、毎日3時間ほどの時間を支払いの為に費やしてることになる。そうなると仕事にも影響が出てくるだろう。また毎日収入があるわけでもないのに支払うってことは、金策をしてるハズである。おそらく細々とした金額を多人数から借りているのであろう。そうなると金策の時間も必要となってくる。従って、余計に仕事の時間が少なくなるという寸法である。




俺はそういったことも考慮に入れて、知り合いに連絡を取り、情報提供を頼んだ。まぁすぐに情報が上がってくるわけではないので、気長に待つしかないのだけどね。




そして更に一ヶ月ほど経ったある日、水原は・・・・




身内を伴って整理をした。お金は親戚一同が出したみたいで、その代表がついてきたって感じだった。お金を受け取り、清算をし、すべての手続きが終わった後、その代表に少し話を聞いてみた。




「もう何度目か忘れるくらいお金出してきました。今回はもう出さんとこうと思ったけど、嫁さんが必死に頼み込んできたんで、ホントに最後ってことでお金を掻き集めて400万出しました。前回お金を出した時も、本人はちゃんとしますと言って、しばらくは仕事をしてたけど、今ではほとんどを嫁さんに仕事をさせてのパチンコ三昧。土台がしっかりしてて、自分の金で行くならまだしも、仕事もせずにお金借りてまでパチンコいくっていう心境がわかりません。もう次はないと思いますので、出来ればもう貸さないでください。商売いうのはわかりますが、もうちょっと考えて貸すこと覚えたらどうです?もし次貸した場合、こちらは一切責任持てませんので。」




なんだ、パチンカスだったんか。何度目かと言ってるくらいだから、親戚で相当お金出してるんだろうなぁ。今回だけで400万くらいっ言ってるから、推定で総額2000~3000万ってとこか。まぁ時間掛けたら、これくらいはパチンコで負けれるだろな。まぁ大人しく仕事してても、親戚への返済も考えると、自分の使う部分はほぼ無いもんなぁ。気持ちはわからんでもないが、楽しんだ分仕方ないわな。とはいえ、水原本人はしょんぼりはしてるものの、反省してるようには見えない。親戚がいる手前、そういうポーズを取ってるって印象だなぁ。とはいえ、親戚の態度にも少々腹立つ。なんか上からモノ言ってる感じなのよね。迷惑かけられてってのはわかるが、こちらを責めるのは筋違いである。お前らが貸すからこんなになるんやと言う前に、本人教育しろよ。




「わかりました。では監視を付けて、外に出ていかないようにしといてください。外に出て他人様に迷惑かけるのも、親戚としては心苦しいかと思いますので。いっそ、ロープで繋いどいたらどうですか?それならそちらも監視できますし、こちらにも迷惑かからないでしょうし。なんなら知り合いのペットショップ、紹介しましょうか?頑丈な首輪売ってるみたいですよ。なんでもかんでもこっちが悪いような言い方はやめてくださいね。こっちが悪いという前に、本人をしっかり監視するなり、教育するなりしたらえぇでしょ。金出してるからって偉そうに言われると少々腹が立つんですよね。金出すより、金を出さざるを得ない状況を作り出したことをお宅ら親戚も学習するべきでは?他人を責めるより、どうしてそうなったか、根本的なことをよく考えるべきです。本日はどうもありがとうございました。」



俺は頭を下げて、さっさと裏に引っ込んだ。こっちの苦労もわからんアホ、ワイは嫌いである。



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