第65話 恵子 7

恵子の実家に向かう途中、ちょっと早まったかなぁという焦燥感に駆られたが、まぁ動かにゃ前に進まんわいと自分を奮い立たし、俺はアクセルを踏んだ。しかしさすが軽四。ちょっと上り坂になるとベタ踏みでも60km/hしか出ねぇ。釣り行くのに乗った時は、あまりの遅さに後ろから煽られまくってたからなぁ。機会があれば、もうちょっと大きめのやつにしてくれと進言してみよう。




途中、サービスエリアに立ち寄り、軽く食事とトイレを済まし、目的の高速出口まで走っていった。道中はそこまでの会話もなく、当たり障りのない話に終始してた。そんな中、俺は父親攻略を考えていた。とはいえ、攻め口は一つしかない。罪悪感を攻めるしかないのである。もし父親が罪悪感を持っていなければ、行くこと自体が無駄に終わる。こればっかりは行ってみて、話をしてみるしかないのである。




高速を出て、走ること30分ほど。やっと恵子の実家に着いた。時刻は22時。家には灯りが点いてるので、まだ家人は起きてるのだろう。恵子にとっては20年ぶりの実家である。いきなり恵子にこんばんはと言わせるのもアレなんで、俺が先に呼び鈴を鳴らしてこんばんはと声を掛けてみた。すると中から物音がしたので、おそらく父親がいるのだろうというのは察した。恵子にはちょっと隠れてもらって、俺が呼ぶまでは出てこないように指示をした。




玄関が開き、年配の男性が顔を出した。目が合った瞬間、俺は感じた。なんとなくだが、この人は生きることをやめている。というか、諦めていると表現した方がいいか・・・。




「こちらは恵子さんのご実家でお間違いないでしょうか?恵子さんのことで少しお話したい事がありまして、伺った次第なのですが・・・。」




父親らしき人は恵子というワードにビクっと反応した。どうやら間違いなさそうだ。




「恵子をご存じなのですか?お話とはどういった事なんでしょうか?恵子に何かあったのでしょうか?」




ふむ。父親は恵子のことを気には掛けてる感じだな。これなら勝算がある。




「ちょっと夜も遅いですし、近所の目もありますので、出来たら中でお話させてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」




父親はどうぞと玄関横にずれた。俺は恵子さんっと声を掛けて出てきてもらった。実に20年ぶりの親子の再会である。父親も恵子も黙って見つめ合い、お互い涙を流していた。俺は積もる話も中でと促し、三人で中に入った。そして応接間に通され、三人で向かい合って座った。ふと見ると仏壇があったので、




「すいません。家にお邪魔させて頂いてるので、先に仏壇へご挨拶をさせて貰ってよろしいでしょうか?」




そう断りを入れ、俺は仏壇を拝ませてもらった。これは隣人の晩ごはんを次から次へと見て行くTV番組で、出演してたタレントがよくやってた手法である。そこで住む人に仏壇を拝むことで安心感を与え、信頼関係を素早く構築できる方法である。機会があれば試してみるよろし。また作法もあるが、18歳までに身内の葬式3個出してる俺に不手際はない。




しばしの沈黙の後、俺から話を始めた。ここは小細工無しの真っ向勝負だ。




「久しぶりにお二人がお会い出来たこの場に不躾で申し訳ありません。ワタシは恵子さんにお金を貸している業者であります。ここに来させてもらった理由は、恵子さんが支払い出来なくなったからではありません。恵子さんが連帯保証人になってる方が支払い不能になりましたので、恵子さんに支払い義務が生じました。その額は50万弱であります。この社会を生きてきたお父さんなら、連帯保証人というものがどういったものかはご理解して頂けると思います。何かあった時は一括で、且つ、全額を即時支払わなければならない。こちらが調べたところ、他にもあと2件ほどあるみたいですが。ウチの社長からも速やかに全額回収するようにと指示が出てます。とはいえ、恵子さんを見る限り、それほどの大金があるとも思えませんし、それほどのお金があれば、ウチで借りる事もないでしょう。一括で返せないという事なので代案をワタシが出しました。1人保証人を付けて頂きたいと。付けて頂ければ支払いやすいように出来ますし、社長にも誠意が伝わりますので、一括じゃなくてもいいよと言って貰えます。いかがでしょうか?」




恵子にはしばらく黙っていてもらってる。まぁこんな場では、なかなか喋れないだろうけど。父親はしばらく目を閉じて考えていた。これはどうしたもんかと思案したが、俺が席を外しても意味なさそうだしなぁ。とはいえ、恵子外してもどうなるか予想もつかんしな。しかし、手応えとしては悪くない。この父親は確実に罪悪感を持ってる。ここは賭けてみるか・・・。




「恵子さん申し訳ないけど、ちょっとお父さんと2人で話させてくれるかな。済んだら呼ぶから。」




恵子が応接間を出ていくと、明らかにホッとした父親の顔があった・・・。





父親がぼつりぼつりと話し始めた。




「娘をここまで連れて来て頂いて感謝してます。何が起こったかは話を聞いているかと思いますが、自分の取った行動は愚かとしか言えず、未だに後悔しております。世間体の為に娘を弟のところに放り出し、お金を渡すことで自己満足に浸っていました。妻からは帰って来てもらうように何度も言われましたが、どうしてもその考えを変えることが出来ず。あの子を弟の所に預けてから2年ほど経って妻は亡くなりました。最後に娘から連絡があったのは弟の所を出ていくという連絡だけでした。弟になぜ出ていく必要があるのだと聞いてみたのですが、彼氏が出来て結婚すると言って出ていったとしか教えてくれませんでした。」




ふーむ、弟のとこで起こった事は知らんのだろうな。もっとも本当のことは弟も言えんのだろうけど。これは俺が言っていいもんかどうかの判断はつかんな。別な話をしてみようと俺は質問をしてみた。




「すいません。ちょっと聞きにくい事なんですけど、奥さんはひょっとして?」




ピクっと反応し、父親は話してくれた。




「お察しの通り、自殺です。心労がたたったのもあるとは思いますが、私の自己満足で世間体を気にし過ぎた行為が妻を追い詰めていたのでしょう。妻の自殺ですら、私は周辺に病気と称して隠してましたから。そういった世間体を気にし過ぎた行為がいかにバカらしかったことを、それからしばらくして気付きました。それからは自分で命を絶つことも出来ず、ただただ生きてるだけになりました。定年を迎え、何かをする気力も無くなり、ただただ寿命が尽きるのを待ってました・・・。」




お、重すぎる・・・。親子揃って話が重すぎる。こういったヘビー級の話は少々苦手なんだがなぁ。何を話していいか思案してたが、俺は落ち着くためにキョロキョロと部屋を見回した。ジグソーパズルが飾ってある。いろいろ考えても仕方ないと思い、正面突破を試みた。




「お父さんはこれからどうしたいと思います?恵子さんの為に未来を切り開いてあげるのか、はたまた、今まで通り見捨てるかの二択しかないと思いますけど。ワタシがここに恵子さんと来たのは、恵子さんの未来を切り開く為でもあります。もし見捨てる気なら、ワタシは恵子さんを連れて帰らなければなりません。」




父親は俺の話をじっと聞き入り、答えてくれた。




「恵子をこれ以上見捨てることは出来ません。保証人とやらは私がなります。他に保証人になっているのなら、そのお金も出しましょう。自分が願ってる事はただただ娘のために罪滅ぼしがしたいのです。」




俺はとりあえずわかりましたと言い、書類を作りあげた。後は恵子に署名してもらうだけになった。しかし、この父親、罪滅ぼしとは言ってるが、これも自己満足じゃねぇかな?と思ってしまう。お金を出す事だけで修復できるとは思わんけどな。その辺は俺が立ち入る事ではないんだが、ちょっと引っかかるものがある。俺は率直な疑問をぶつけてみた。




「お父さんはこの件が全部終わった後、どうしたいですか?」




父親は少し潤んだ目を俺に向けながら話してきた。




「出来ればここに戻ってきて欲しい。こんなことを言えた義理ではないのですが、今までの事を謝りつつ、普通の親子に戻れたらと思っています。今日ここに連れてきて貰って感謝してます。」




あ、やっぱ自己満足だなと感じた俺は一計を考えた。何かの本で読んだだけなんだけど。俺は断りを入れて飾っていた額に入ってるジグソーパズルを、パズルの部分だけ抜き取り、テーブルの上に持ってきて広げた。聞くと恵子が中学生の時に作ったものらしい。




「すいません。これを持ち上げてもらえます?」




接着剤で止めているから、形は壊れずに父親は持ち上げた。




「手を放してもらえますか?」




下に落としたパズルは無残にもバラバラになった。そして俺は、




「パズルに向かって謝ってもらえますか?」




訝しげに父親はパズルにごめんなさいと謝った。そして俺は、




「どうです?パズルは元に戻りましたか?まぁそういう事です。」




父親はハっとした顔をして俺の顔を見、次の瞬間から号泣しだした。その声に驚いて恵子が応接間に入ってきたが、後でゆっくり説明するからと座らせた。




俺と恵子は父親が落ち着くのを待った。しばらくすると落ち着いたのだろうが、恵子を見るとまた土下座をしながら号泣しだし、すまなかったと何度も何度も何度も謝っていた。恵子は何も言わずにその光景を見てたのだが、まぁそうだろうな。今までの事を考えると、はい許しますとはならんだろうなぁ。




父親が落ち着いたとこで、恵子に書類を仕上げてもらった。お互いの携帯の番号を交換してもらい、完済に向けての段取りを付けてもらうようにした。そして俺は恵子を先に玄関から出し、最後に父親へ声を掛けた。




「あとはお父さん次第ですけど、お金のこと以外でワタシは立ち入ることが出来ません。20年という時間が経っているので、簡単に修復は出来ないとは思いますが、時間をかけて一つ一つ修復していってみてください。相談くらいなら乗れるかもしれませんので、何かあればいつでも連絡ください。」




俺は自分の携帯の番号を教えて、恵子と帰るべく、車に乗り込んだ。時刻は0時を回っていた・・・。

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