第64話 恵子 6

恵子はボツボツと話を始めた。俺は話が終わるまで、ずっと黙ったままだった。




話は恵子が16歳の時まで遡る。ここからは恵子の話、そのままに書くとしよう。




「私は隣県出身です。両親と私の三人暮らしで、普通に生活してました。私が高校生の時、それは起こりました。16歳の時です。吹奏楽部に入ってた私は、大会が近いこともあって遅くまで練習してました。練習が終わり、同じ部員の人達とも別れて、私は家路を自転車で急ぎました。時刻は21時近くでした。私の住んでる所はそこまで街ではなく、家も人通りもそこまで多くありません。」




「帰ってる最中、私は後ろから車に追突されました。そして、私は気を失いました。気が付いた時、一軒家の空き家みたいな感じだったのですが、私は三人の男に代わる代わる犯されてました。時間がどれほど経ったのかはわかりません。早く終わってくれることだけを願っていましたから。」




「それからしばらくして解放されました。三人の男の顔だけは未だに忘れることは出来ません。私は痛い身体を引き摺りながら、外に出ました。外に出るとそこは見覚えのある景色で、自宅からはちょっと離れた所でした。外に捨ててあった私の自転車を押しながら、自宅までなんとか帰りました。両親に気付かれぬように自分の部屋に入り、そのまま布団をかぶって寝ました。次の日の朝、母親が起こしにきましたが、何も言わずに布団をかぶっていました。それからずっと学校には行っていません。」




「親にも言えなかったので、半年ほど引きこもりになっていました。そんな出来事があってから、3ヶ月ほど経ったある日、生理が来ないことに気付きました。怖くて怖くて、毎日震えて過ごしていました。」




「そこから更に3ヶ月ほど経って、お腹が目立つようになってきた時、母親に気付かれ、両親と話をしました。しかし、その時期になると堕ろすことは出来なくなり、産むしか選択肢がありませんでした。」




「全てを両親に話し、警察へも行きました。警察は今更言ってこられてもねぇという感じで、まともに取り合ってもらうこともなく、話を聞きますねと通された部屋では、まるでこちらが犯罪を犯したかのように扱われ、話を聞いてくれた警察官は40を越えたおじさんで、話しにくいこともズケズケと聞いてきました。そして最後には、半年も前のことだから、たぶん捕まることはないと思いますよと言われ、私は絶望しました。」




「いっそ死のうかと何度考えたかわかりません。でもその勇気はありませんでした。そして両親と話し合いましたが、生まれてくる子は里子に出そうという話になりました。しかし私は自分のお腹を痛めた子供を、どうしても人の手に渡したくはなかったので、反対しました。それから、父親は腫物を見るような目で、私に接するようになってきました。」




「そして出産。17歳の時でした。出産した私は家を出されました。両親に捨てられたのですね。こちらにいる叔父に預けられました。叔父夫婦は子供がいなかったので歓迎してくれてたのですが、半年ほど経ったある日の夜、今度はその叔父に犯されました。その時、両親に言うことも出来ず、頼る人もいない中では我慢することしか出来ませんでした。そしてその生活は2年ほど続きました。そして叔父の奥さんにそのことがバレて、私は幾ばくかのお金を渡され、家を追い出されました。それからその叔父の家には近づいていません。」




「その時に実家へ一度だけ連絡を取りました。母親が亡くなった事をその時知ったのですが、父親は帰って来いとは言ってくれませんでした。実の娘より、世間体の方が大事だったのでしょう。私という存在が全否定されてるような感覚に陥りました。」




「叔父の家を追い出され、貰ったお金でアパートを借り、子供と一緒に生活をする事になりました。仕事もするようにしました。なるべく男性に関わらずに出来る仕事です。工場のラインだったり、食品の加工だったり。1人で黙々と出来る仕事をしてました。長く続けることは出来なかったけど。男性に言い寄られると、どうしてもあの時を思い出して怖くなり、その度に仕事を辞めました。仕事を転々としてますので、生活は正直苦しかったです。この頃から少しずつお金を借りるようになりました。」




「息子はすくすくと大きくなりましたが、顔が段々と似てきたのです。そう私を犯した男にです。寝顔などを見てると首を絞めて殺そうと、手を持って行ったことも一度や二度ではありません。何度かはホントに絞めたこともあります。この子を殺して、自分も死のうと。でもその度に泣きじゃくる子供を見ると、どうしても殺すことは出来ませんでした。」




「息子が中学生くらいになると、私の身長を追い越しました。ますますあの男に似てきて、私はいつも震えて生活をしてきました。力ではすでに敵わなくなっており、生活の為と言って仕事を昼過ぎから朝方までするようになりました。息子が学校へ行ってる時に自宅に帰って寝て、帰ってくる前に仕事に出掛けるという生活を送っていました。必要なことは極力手紙なり、電話なりでやり取りするようになり、高校生にもなると話をすることはおろか、顔を合わす事もほとんど無くなりました。」




俺は恵子の話を聞き進んでいくうちに、心臓を何かの力でぎゅっと握られた感覚を持った。話を聞いてるだけなのに脈は早く打ち、いろんな事を頭で考えてる内に酸欠の金魚のような感じとなり、慌てて車の窓を開けた。そしてまた、恵子の話に耳を傾けた。




「息子が高校を卒業してからは、息子も気持ちを察してか、就職先の近くにアパートを借り一人暮らしをする事になりました。その引っ越し以来、電話で話したことは数回ありましたが、会って顔を見た事は一度もありません。息子には不憫なことをしてきたと思っています。」




「それからは私も1人暮らしをしながら、借金を返すべく、仕事も頑張ってきましたが、どうしても男性不振は拭えず、それからも仕事を転々としてました。そして、今の職場に辿り着きました。男性がいるにはいますが、ほとんどのパートさんが女性なので、自分には恵まれた環境だと思っています。上辺だけの付き合いだとわかってはいましたが、それでも男性に比べればと思っていました。それが今回こんな事になり、これからどうしていいかもわからなくなってしまいました。」




そこまで話すと恵子はうつむき、泣くのを我慢してたのか震え出した。俺は自分の好奇心を呪った。聞くべきではない、いや、聞いたとこでどうにもならん。俺自身激しく憤りに身を震わせたが、同時に自分がいかに無力かという事を再認識させられた。俺はあくまで第三者。恵子にお金を貸している一業者である。魂の殺人と言われる行為を強いられてきた境遇には心底同情する。が、仕事は仕事だ。同情して、自分の道を見誤ることがあってはならない。




「恵子さんはどうしたい?今の話を聞いてしまった以上、なるべく意向に沿いたい気持ちはあるけど、それはそれ、これはこれだからね。これから取るべき方法として、いくつか選択肢があると思うから、提案させてもらうね。一括って事は無理だろうから、保証人を付ける方向で提案するけど・・・。




①父親


②叔父


③息子




酷な言い方かもしれんけど、現状から考えるにこの3つしかないように思うのね。恵子さんが借りてる他社の事も考えると、保証分含めて200万くらいってとこでしょうか?これをなんとかするように考えなくてはいけません。」




恵子は俯いたまま黙っていた。こうなると息子は難しい。母親の愛情をほとんど受けずに成長してきたのを考えると、とても無理だよなぁ。情で動かすのは至難の業だ。では叔父か?バレた時の行動を考えると、シラを切り通すだろう。しかも20年ほど前の話では、やってきた事に訴えようが、情に訴えようが無理だろう。逆に話をしに行ったこっちが捕まる可能性も出てくる。っとなると、唯一情で動きそうなのは父親しかいないな。もちろん父親のとこに行っても、確実というわけではない。勝算としては分が悪いだろう。それとこの話が作り話だった時は全て終わる。その心配もあったが、俺はこの話を本当の話と決めた。騙されてたらなかなかの役者だし、それを見抜けなかった俺に責任がある。まぁその時はその時で、他の保証人へ全力で取りに行くしかない。




「恵子さん、どうしますか?ここで黙ってても前は開いていかんですよ。可能性としては父親が一番可能性高いと思いますが。もちろん話しにくいとこはありますが、そこは俺が話するようにします。一度行ってみませんか?ダメならダメで、また違う方法考えましょう。」




恵子もこのままではどうにもならないことを認識してるハズである。あまり自信のない顔を向けながら、ゆっくり頷いてくれた。そんな中、店長からちょうど電話が掛かってきた。




「あの終わらせた夫婦な、引っ越ししとったわ。それは明日追うとしても今日はどうにもならんな。他の連中のとこにこれから回ってみるわ。お前の方はどうだ?」




恵子から聞いた話をとりあえずかいつまんで話をした。詳細は明日会社で話するとして、俺は店長に県外へ行くことを伝えた。店長は息子でえぇやんと言ってたが、俺は一番可能性の高いとこに行きますと言い、了承してもらった。時刻は20時前、高速飛ばして隣県までは一時間半。降りてから30分ってとこか。片道2時間、黙りこくっていくのは少々しんどいけど、今話すると俺がいらん事言いそうだからなぁ。まぁ当たり障りのないようにしていこう。明日の朝は佐和子の件で岡林がどうするかってのもあるし、早めに帰ってきたいけど、結果が出なきゃ終わるわけにもいかんしな。




そんなこんなでやっと恵子が動く気になってくれた。俺は恵子に行こうと促し、車のハンドルを持ち、アクセルを高速の入り口に向かって踏んだ・・・。

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